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Chapter6 : 加速
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〈♠︎〉
彼女の連絡先を手に入れた僕は、家に着いてすぐにお礼のラインをした。
「今日は会えて良かったです。連絡先もありがとうございました。」
そう送って画面を落とし、浴室に向かった。着ていた服を洗濯機に投げ入れて、42度のシャワーで貼り付いた汗を洗い流す。
「あー。」
彼女のことが頭を巡る。ドラマや映画を見返すかのように一つずつ今日のシーンが脳裏に再生されていく。走馬灯のようでもあったか。
彼女から返信があったのは、お風呂から上がりグラスに冷水を注いでいる時だった。スマートフォンが音をあげ、画面がパッと明るくなる。
「こちらこそ。ありがとう。でも、物好きよね。こんな私に会いに来るなんて。」
「僕もこんなに大胆な行動が取れた自分に驚いています。」
返信が来たことの嬉しさで間髪を入れずに返してしまった。こういう時に少し時間を置くような駆け引きが出来たらいいのだろうけど、生憎そんなテクニックは持ち合わせていなかった。
「返信早っ。」
ほら見ろ。案の定拾われた。
「すいません。笑」
「だから、敬語。笑」
「あ。すいません。」
その後笑ったスタンプが押され、それを最後に会話が途切れてしまった。
次にどんな会話をしようか、考えていたら2日が経過していた。とりあえず、なんでもいい。次に会う約束をしなくてはここで関係は終わってしまう。考えに考えた挙句、辿り着いたのは”来週の金曜日にbar Blueで会えませんか?”だった。不安で震える指先を必死に動かしてラインを送った。送って暫くして”OK”のスタンプが押された。ホッとしたのは言うまでもない。仕事終わりに落ち合う約束をして、眠りに就いた。
当日、仕事をささっと片付けてBlueに向かう。そのまま向かってしまうと流石に早すぎるので、某ファストフード店に寄りチーズバーガーセットと単品でテリヤキバーガーを注文。空腹にアルコールを入れるというのも危ないのでね。スマートフォンで適当にニュースを見ながら頬張る。
「今日の夜、雨なんだ。」
結局、Blueにはほぼ開店時刻に着いてしまった。仕事終わりが早い分仕方がないと言えば仕方がない。他の飲み屋で1人で0次会をすれば良かったのかもしれないが、そもそもお酒の弱い僕には無理な話だ。
カランカラン
「いらっしゃい。今日も早いね。」
マスターがニッコリ。
「あはは。仕事終わるの早いので。」
苦笑い。僕は奥から2番目のスツールに腰を下ろし、1番奥のスツールに鞄とコートを置いた。
「あら? 小都子ちゃんと待ち合わせ?」
「はい。」
「仲良いね。ほい。これ置いときな。」
そう言って、”予約席”と書かれたプレートを渡された。
「こんなのあるんですね。」
「こんな時の為に用意しといたんだよ。」
「そうなんですね。予約出来るんですね。このお店。」
「開店10年目にして初めて使ったよ。」
そう言って、マスターはガハハと笑った。
この日の彼女は1時間もしないうちにやってきた。
「航お疲れ様。あ。マスター何か食べるものあったっけ? 私仕事終わってその足で来ちゃったからお腹空いちゃった。」
「稲庭うどんだったらあるよ。」
僕らの頭の上に浮かぶクエッションマーク。
「いや、なんでバーで稲庭うどん?」
僕が言う前に彼女がツッコミを入れる。
「この仕事拘束時間長いからさ、お腹すいた時用に冷凍庫に。」
そう言うと、マスターは頭を掻きながら舌を出してはにかんだ。てへ。
グツグツグツ。まだ僕ら3人しか居ないバーで、響き渡るうどんを茹でる音。それをじっと眺める3人。今思うとなかなかシュールな光景だったと思う。そんな時、彼女が何かに気付いた。
「ねぇ。なんで3人前なの。」
「いや、ほら、航も食べると思ったから。
」
「ありがとうございます。」
「いや、だからなんで3人前なの。」
「小都子ちゃんだろ、航、それと、、、俺。」
「マスターも食べるんかい!」
そういうと彼女がケラケラと笑った。
「だって、2人が食べてて俺だけお預けってのも酷な話だろう。」
そう言って膨れるもんだから、僕も吹き出して笑ってしまった。
「マスター夕飯まだだったの?」
「さっき食べたよ」
「食べたんかい!」
茹で上がったうどんを丼によそい、麺つゆを掛けて出来上がり。なぜバーに丼が3つもあったのか謎で仕方がなかったが、せっかくのうどんが冷めてしまうので、割り箸を割り、口に運ぶ。最近の冷凍食品はバカにできないと言うが、本当に美味しかった。さっきハンバーガー食べたのにね。うどんは別腹ってやつか。どこ腹よ。
ゆっくり口元に運び、そこから豪快に啜り上げる彼女。猫舌なのか、ひたすらハフハフしているマスター。その対比が可笑しかった。僕も負けじと口に運ぶ。他のお客さんが来る前に食べ切らねばならないのだ。一刻の猶予もない。
カランカラン
ドアが開いてスーツ姿の男女が入って来て、1番手前のスツールに腰を下ろした。
僕らは、無事稲庭うどんを食べ切り、マスターに至っては洗い物までやり遂げていた。完璧だ。完全犯罪だ。丼を片した後の、マスターのちょっと得意気な顔までセットで完全犯罪成立だ。
お腹を満たした僕たちは、一度烏龍茶を挟み、モヒートとビールで夜を始めた。
「改めて。お疲れ様。」
「あはは。ありがとう。」
「マスターじゃないの。航に言ったの。」
「あはは。ごめん。ごめん。」
「はい。航お疲れ様。」
小気味よくグラスを交わす。
「お疲れ様です。」
「あれ。今日から敬語は無しじゃなかったかしら。」
「あ。すいませ、、、ごめん。」
彼女がケタケタと笑う。小悪魔だ。
この日僕らは出逢ってから4日目だった。俗に言う”4回目までに何もなかったら友達になってしまう。”の4回目だ。是が非でも何かしら仕掛けなければいけなかった。こちらから気があることを伝える又は勘づかせなくては。後半のロスタイムで投入されたストライカーの如く、僕の眼光は鋭くなった。(気がした。)
金曜日を指定したのも、翌日2人とも休みという浅はかな考えもあってだ。会話のパスを繋ぎながら、なんとか終電時刻間際までやってきた。
ここで彼女があることに気付いた。
「あれ。航今日はまだ帰らないのね。」
不自然な沈黙が流れる。1分近く続いただろうか。漸く意を決して口を開く。
「小都子さんちょっといいですか。」
そう言って彼女をお店の外まで連れ出す。
「あの。きょ、きょ、今日は帰りたくない。」
「それ女の子から言うセリフじゃない? もう気分が台無し。飲み直すよ。」
そう言って彼女は僕の肩をポンポンと叩いた。今まで見たこともないような、満面の笑みで。ゴール。いや、まだ気は早いか。僕たちは意気揚々とBlueに戻り、そそくさと会計を済ませた。
彼女の連絡先を手に入れた僕は、家に着いてすぐにお礼のラインをした。
「今日は会えて良かったです。連絡先もありがとうございました。」
そう送って画面を落とし、浴室に向かった。着ていた服を洗濯機に投げ入れて、42度のシャワーで貼り付いた汗を洗い流す。
「あー。」
彼女のことが頭を巡る。ドラマや映画を見返すかのように一つずつ今日のシーンが脳裏に再生されていく。走馬灯のようでもあったか。
彼女から返信があったのは、お風呂から上がりグラスに冷水を注いでいる時だった。スマートフォンが音をあげ、画面がパッと明るくなる。
「こちらこそ。ありがとう。でも、物好きよね。こんな私に会いに来るなんて。」
「僕もこんなに大胆な行動が取れた自分に驚いています。」
返信が来たことの嬉しさで間髪を入れずに返してしまった。こういう時に少し時間を置くような駆け引きが出来たらいいのだろうけど、生憎そんなテクニックは持ち合わせていなかった。
「返信早っ。」
ほら見ろ。案の定拾われた。
「すいません。笑」
「だから、敬語。笑」
「あ。すいません。」
その後笑ったスタンプが押され、それを最後に会話が途切れてしまった。
次にどんな会話をしようか、考えていたら2日が経過していた。とりあえず、なんでもいい。次に会う約束をしなくてはここで関係は終わってしまう。考えに考えた挙句、辿り着いたのは”来週の金曜日にbar Blueで会えませんか?”だった。不安で震える指先を必死に動かしてラインを送った。送って暫くして”OK”のスタンプが押された。ホッとしたのは言うまでもない。仕事終わりに落ち合う約束をして、眠りに就いた。
当日、仕事をささっと片付けてBlueに向かう。そのまま向かってしまうと流石に早すぎるので、某ファストフード店に寄りチーズバーガーセットと単品でテリヤキバーガーを注文。空腹にアルコールを入れるというのも危ないのでね。スマートフォンで適当にニュースを見ながら頬張る。
「今日の夜、雨なんだ。」
結局、Blueにはほぼ開店時刻に着いてしまった。仕事終わりが早い分仕方がないと言えば仕方がない。他の飲み屋で1人で0次会をすれば良かったのかもしれないが、そもそもお酒の弱い僕には無理な話だ。
カランカラン
「いらっしゃい。今日も早いね。」
マスターがニッコリ。
「あはは。仕事終わるの早いので。」
苦笑い。僕は奥から2番目のスツールに腰を下ろし、1番奥のスツールに鞄とコートを置いた。
「あら? 小都子ちゃんと待ち合わせ?」
「はい。」
「仲良いね。ほい。これ置いときな。」
そう言って、”予約席”と書かれたプレートを渡された。
「こんなのあるんですね。」
「こんな時の為に用意しといたんだよ。」
「そうなんですね。予約出来るんですね。このお店。」
「開店10年目にして初めて使ったよ。」
そう言って、マスターはガハハと笑った。
この日の彼女は1時間もしないうちにやってきた。
「航お疲れ様。あ。マスター何か食べるものあったっけ? 私仕事終わってその足で来ちゃったからお腹空いちゃった。」
「稲庭うどんだったらあるよ。」
僕らの頭の上に浮かぶクエッションマーク。
「いや、なんでバーで稲庭うどん?」
僕が言う前に彼女がツッコミを入れる。
「この仕事拘束時間長いからさ、お腹すいた時用に冷凍庫に。」
そう言うと、マスターは頭を掻きながら舌を出してはにかんだ。てへ。
グツグツグツ。まだ僕ら3人しか居ないバーで、響き渡るうどんを茹でる音。それをじっと眺める3人。今思うとなかなかシュールな光景だったと思う。そんな時、彼女が何かに気付いた。
「ねぇ。なんで3人前なの。」
「いや、ほら、航も食べると思ったから。
」
「ありがとうございます。」
「いや、だからなんで3人前なの。」
「小都子ちゃんだろ、航、それと、、、俺。」
「マスターも食べるんかい!」
そういうと彼女がケラケラと笑った。
「だって、2人が食べてて俺だけお預けってのも酷な話だろう。」
そう言って膨れるもんだから、僕も吹き出して笑ってしまった。
「マスター夕飯まだだったの?」
「さっき食べたよ」
「食べたんかい!」
茹で上がったうどんを丼によそい、麺つゆを掛けて出来上がり。なぜバーに丼が3つもあったのか謎で仕方がなかったが、せっかくのうどんが冷めてしまうので、割り箸を割り、口に運ぶ。最近の冷凍食品はバカにできないと言うが、本当に美味しかった。さっきハンバーガー食べたのにね。うどんは別腹ってやつか。どこ腹よ。
ゆっくり口元に運び、そこから豪快に啜り上げる彼女。猫舌なのか、ひたすらハフハフしているマスター。その対比が可笑しかった。僕も負けじと口に運ぶ。他のお客さんが来る前に食べ切らねばならないのだ。一刻の猶予もない。
カランカラン
ドアが開いてスーツ姿の男女が入って来て、1番手前のスツールに腰を下ろした。
僕らは、無事稲庭うどんを食べ切り、マスターに至っては洗い物までやり遂げていた。完璧だ。完全犯罪だ。丼を片した後の、マスターのちょっと得意気な顔までセットで完全犯罪成立だ。
お腹を満たした僕たちは、一度烏龍茶を挟み、モヒートとビールで夜を始めた。
「改めて。お疲れ様。」
「あはは。ありがとう。」
「マスターじゃないの。航に言ったの。」
「あはは。ごめん。ごめん。」
「はい。航お疲れ様。」
小気味よくグラスを交わす。
「お疲れ様です。」
「あれ。今日から敬語は無しじゃなかったかしら。」
「あ。すいませ、、、ごめん。」
彼女がケタケタと笑う。小悪魔だ。
この日僕らは出逢ってから4日目だった。俗に言う”4回目までに何もなかったら友達になってしまう。”の4回目だ。是が非でも何かしら仕掛けなければいけなかった。こちらから気があることを伝える又は勘づかせなくては。後半のロスタイムで投入されたストライカーの如く、僕の眼光は鋭くなった。(気がした。)
金曜日を指定したのも、翌日2人とも休みという浅はかな考えもあってだ。会話のパスを繋ぎながら、なんとか終電時刻間際までやってきた。
ここで彼女があることに気付いた。
「あれ。航今日はまだ帰らないのね。」
不自然な沈黙が流れる。1分近く続いただろうか。漸く意を決して口を開く。
「小都子さんちょっといいですか。」
そう言って彼女をお店の外まで連れ出す。
「あの。きょ、きょ、今日は帰りたくない。」
「それ女の子から言うセリフじゃない? もう気分が台無し。飲み直すよ。」
そう言って彼女は僕の肩をポンポンと叩いた。今まで見たこともないような、満面の笑みで。ゴール。いや、まだ気は早いか。僕たちは意気揚々とBlueに戻り、そそくさと会計を済ませた。
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