最低な恋の終わり、最高の恋の始まり

榊 海獺(さかき らっこ)

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Chapter7 : 追風

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<♥>
 航があんなに積極的だとは思わなかった。いや、きっと頑張ったんだよね。うん。マスターから”航君には小都子ちゃんみたいなタイプが合うと思う。”と聞いてから、私も意識をしてしまっていたみたいで、気付くと航のことを考える時間が増えた。考えると言うか気にかけるというか。そんな感じ。
「小都子さんこれお願いします。」
「え。あ。はい。」
 あれ、私、仕事が手についてない? ううん。きっと気のせいよ。気のせい。
 最初は顔立ちや背格好は悪くないけど、幼すぎるというか、可愛すぎるというかそんな印象だった。でも、あからさまな好意を向けられて、本人は気付いてないんだろうけど、強引で猪突猛進なところがちょっと男らしかったりして、そんなのを見せられたら、なんだか妙な気持ちになってきた。こんなの初めて。いつも私から追いかけるばかりで追いかけられたことはなかったからなのかな。不思議な感覚。でも決して嫌じゃない。航だからなのかな。
「小都子さん。」
「あ。はい。はい。」
 やっぱり仕事が手についてない?



 航が”帰りたくない。”と言うので、近くにある私の家に招いた。え。連れ込んだんだろって? そんなこと私の口からは言えないなぁ。そもそも、あの時間から他に行ける場所もなかったからね。航に何かプランがあったなら別だけど、そんな感じしなかったし。
 Blueから広尾の駅を抜けて、2つ目の信号を右に曲がり、3つ目の路地を左に入ったところにある築30年のマンション。そこが私の家。築30年のわりにフルリノベーションされているから、古さを感じさせない内装。でも、エレベーターは年季物というギャップにやられてここを選んだ。お気に入りのマンション。4階の3号室。2部屋しか無いのに3号室。4階の2号室は42「死に」で縁起が悪いからと3号室になったらしい。
「いやいや、4階の3号室だって43で”黄泉”じゃないか。」
 心の中でそうツッコんだのを覚えている。でも、面白かったからそのままこの部屋を借りることにした。今のところ、極楽浄土とはいかないが、それなりに快適に生活は出来ている。私だけの空間。私だけの世界。そんな私だけの世界の初めての来訪者が航になるなんて思いもしなかった。これまでの彼氏は、いつもバーからのホテルだったからさ。

 私の家に向かう道中、家に何も無い事に気付き、駅前のファミリーマートに寄ることにした。自動ドアを潜ると聞き慣れたメロディが響く。とりあえず飲み物とつまみを買わねばと、350ml缶のハイボール4本とスモークタンと6Pチーズを籠に入れた。そこに航が満面の笑みでポテトチップスを2つ持ってきた。
「やっぱりポテチはいるでしょ。コンソメパンチとのり塩。どっちがいい?」
「うーん。余計な味は好きじゃないから、うすしおで。」
「了解!」
 うすしおのポテトチップスと適当なチョコレートも買うことにした。
「うすしおは湖池屋とカルビーどっちがいい?」
「どっちでもいいわ!」
 結局チップスターになった。

 ビニール袋を腕にぶら下げて、誰もいない真夜中を歩いていく。響く二つの足音が妙に心地良かった。こうして誰かと真夜中を歩くのはいつ振りだろう。想い出そうとする気も起きないくらいどうでもいい。ただこの雰囲気に飲まれていたかった。
 あっという間に家に着いてしまった。こういう時に駅近は不便である。駅から精々10分くらいだもんな。
「ここが私の家。」
「凄いところに住んでるんだね。立地というか。」
 航がきらきらした目で見上げている。
「まぁその分古いマンションなんだけどね。」
 エレベーターで4階へ行きドアの前へ。自分の家だと言うのにこの緊張感はなんだろうか。
「今開けるからちょっと待ってね。」
 ポケット中を探って鍵を探す。とうとう私だけの世界が誰かに知られてしまう。そのことに少しの心惜しさを感じつつも、鍵をポケットから取り出す。鍵に付いたキーホルダーがジャラジャラと音を上げる。
 その時だった。航の視線が私の手元にあることが分かった。そして、一瞬表情が曇った気がした。なんだろう。
 誰かを家に呼ぶなんて考えてなかったけど、幸い部屋は日頃から気を使って片付けていたので大丈夫だった。清潔感のある暮らしを心掛けているから。スリッパを航に差し出し、中へ入る。



〈♠︎〉
 ”帰りたくない”とは言ってみたものの、そこから先はノープランだった。何かアクションを起こせばゴールで、何が動き出すのだと思っていた。何が動き出すというのか。こっちが聞きたいわ。
 結局、土地勘のある彼女に委ねる形になった。しかしながら、時間が時間だったのでお店には行かず、彼女の家に行くことになった。大人になってから初めての女性宅へ。高揚感と先行きの不安が頭の中でぐるぐると渦を巻いている。途中のコンビニでお酒とつまみを買い込み、彼女の家を目指し歩き出した。あまりの緊張感に道中何を話していたかは覚えていない。ただ、気付いたら手を繋いでいた。こういうときにお酒の力の有り難さを感じる。

 彼女の家は広尾の駅から歩いて10分も掛からないところにあった。外壁がネイビーのマンション。古い建物だと言っていたが、外壁を塗り替えたのだろうか、見た目では古さは感じなかった。内装も築浅物件と変わらないくらいの綺麗さである。リノベーション物件か。
「エレベーターは年季物なの。」
 彼女はそう言っていたが、それは間違いなかった。エレベーターの中に貼られた燻んだ銘板がそれを物語っている。
 四階でエレベーターを降り、左側の扉。そこが彼女の部屋だった。4階には2部屋しかないに3号室。なんとなく事情は分かったから敢えて聞きはしなかった。
 彼女がポケットを探り、家の鍵を取り出したその時だった。僕の目にはハッキリと鍵についたGTRのキーとシルバーのリングが見えた。どういうことだろうか。彼女が車を所持しているようには見えない。結婚をしているとも、結婚していたとも聞いていない。男か。男なのか。でも、彼氏は居ないと言っていた。ん。彼氏”は”いない。ということは。
 そんなことが頭の中を渦巻く最中、鍵が開いて中へ通される。
「入って。スリッパ1人分しかないから使っていいよ。」
「ありがとう。」
 差し出されたスリッパに足を通し、中へ進む。


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