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Chapter8 : 夜凪
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彼女の部屋は1Kだった。ドアを開けるとまず玄関に木目調のシューズボックスと海外の街並みが描かれた絵画が置かれていた。靴は全てシューズボックスに仕舞われているようで、見えるところに靴は一足も無かった。完璧に整理されている。
そんな玄関の先にはキッチンと水回りがあり、その先がリビング。磨りガラスがあしらわれたドアを潜りリビングへ。リビングは白い壁に白いフローリングというワントーンのシンプルな作り。中央にはブラウンのカーペットが敷かれ、そこに黒塗りのテーブルとダークグレーのソファーが置かれていた。向かいの壁には薄型のテレビが貼り付けてある。そして、入り口から見て一番奥にベッドがあった。
部屋に入るなりコンビニのビニール袋をテーブルにどかっと置き、テーブルに置かれた小物入れからヘアゴムを取り、彼女は長い髪をキュッと結んだ。
「グラスとお皿出すからちょっと待ってね。航適当に座っといて。」
「うん。分かった。」
彼女の姿が扉の向こうのキッチンへと消えると、さっきの光景が蘇ってきた。
「GTRってスポーツカーだったよな。」
「え。何か言った?」
「ううん。何でもない。独り言。」
心の声が漏れていた。危ない。危ない。それにしても、ドア一枚挟んだ向こうまで聞こえるくらいの声で呟いていたことに驚く。
「おまたせ。」
彼女がグラスとお皿を抱えて戻ってきた。手慣れた様子でお皿に買ってきたものを盛っていく。これはきっと自炊してるな。そのくらい手際が良かった。僕はその間にグラスにハイボールを注いだ。コポコポとグラスの中で炭酸の泡が弾ける音がする。
「よし。OK。改めて乾杯。」
「乾杯。」
この日何度目かの乾杯をして、夜の続きを始めた。
「そうだ。テレビ何かつけていい? 無音ってのもあれじゃない。」
「確かにそうだね。」
「Prime Video入ってるんだけど、何観る? それともテレビにする?」
「任せるよ。Prime Video使ったことないから、何があるか分からないや。」
「OK。」
そう言って映し出されたのは映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』だった。
「私ジム・ジャームッシュが好きなんだ。」
そう言うと彼女は綺麗に笑った。ウィナノライダー顔負けの美しさだ。
ナイト・オン・ザ・プラネットはタクシードライバーが主人公の映画とあって、またさっきの光景が脳裏をチラつく。洗い流すようにハイボールを飲む。それを何度も繰り返し、なんとか堪えていたが、グラスに注いだハイボールが三分の一ほどとなったタイミングで限界が来て口を開いた。
「あのさ、ちょっといい?」
「うん。どうしたの?」
彼女の視線が一瞬僕を捉え、すぐに画面に戻る。
「さっきちょっと見えちゃったんだけどさ。」
「さっきって。」
「ドアを開ける時。鍵見せてくれない?」
「鍵? 別にいいけど。」
そう言うと彼女は鞄から鍵を取り出して僕に渡した。
「これって。」
そう言って僕はGTRの鍵とシルバーのリングを順に指差した。
「あ。それね。」
彼女がばつが悪そうな表情を浮かべた。
「隠しててもいつかバレちゃうだろうから、ちゃんと話しとくね。」
〈♥〉
「鍵を見せてくれない?」
家の鍵を開ける時に、航の表情が曇った理由は私の家の鍵のことだった。鍵に付いたGTRのキーと指輪の付いたキーホルダー。それが気になったらしい。隠していても面倒だから、正直に伝えた。
「航あのね。引かないで欲しいんだけど。」
「うん。」
航が神妙な面持ちでこちらを見つめている。
「私さ。ガチャガチャってつい見ちゃうタイプなんだよね。」
「へ? ガチャガチャ? 」
航が不思議そうな顔で首を傾げている。
「そう。ガチャガチャ。これ本物の車のキーじゃなくてガチャガチャなんだ。」
「あ。そうなんだ。」
航はホッとしたような笑みを浮かべたあとで、ケラケラと笑った。
「だから正直何の車の鍵なのかも分かってないのよ。スポーツカーみたいな奴ってのはなんとなく分かるんだけど。」
「そうそう。GTRはスポーツカーだよ。じゃあこの指輪もガチャガチャ?」
「あ。指輪は違う。これはお婆ちゃんの遺品整理で出てきたやつなの。それをお守り代わりに付けてるの。」
「なんだ。そういうことだったのか。」
見る見る航の表情が晴れていく。
「結婚してるとでも思ったの?」
「うん。もしかしてと。」
「まぁ勘違いするのも無理ないよね。それが狙いだからね。」
「狙い?」
「軽い女に見られない為の道具。」
「あはは。そういうことか。まんまと術中にハマってしまった。でも、鍵見せる場面なんてそうなくない?」
「そういうときは鞄の持ち手に付けてるのよ。鍵を。そうすると目につくでしょ。」
「なるほど。頭良いね。」
二人ほぼ同じタイミングで1杯目のハイボールを飲み干してしまったので、2杯目を取りにキッチンに向かった。立ち上がった時に足元がふらつく。気付けばBlueでうどんを食べてからずっとお酒を飲んでいた。酔いが回っていても無理はない。結構酔いが回っているからなのか、身体も若干熱を帯びている気がした。少し冷ますために着ていたブラウスの上から二つ目のボタンを外す。リビングに戻る時にもう一度止めればいいか。そうだ。グラスに氷を入れてもいい。
グラスに冷凍庫の氷を入れハイボールを注いだ。氷を入れた分、ハイボールがグラスに入りきらない。余ったハイボールはそのまま持って行って、グラスの方を飲み干したらそこにまた注げばいいか。二人分のグラスと余ったハイボールを抱えてリビングに戻る。
彼女の部屋は1Kだった。ドアを開けるとまず玄関に木目調のシューズボックスと海外の街並みが描かれた絵画が置かれていた。靴は全てシューズボックスに仕舞われているようで、見えるところに靴は一足も無かった。完璧に整理されている。
そんな玄関の先にはキッチンと水回りがあり、その先がリビング。磨りガラスがあしらわれたドアを潜りリビングへ。リビングは白い壁に白いフローリングというワントーンのシンプルな作り。中央にはブラウンのカーペットが敷かれ、そこに黒塗りのテーブルとダークグレーのソファーが置かれていた。向かいの壁には薄型のテレビが貼り付けてある。そして、入り口から見て一番奥にベッドがあった。
部屋に入るなりコンビニのビニール袋をテーブルにどかっと置き、テーブルに置かれた小物入れからヘアゴムを取り、彼女は長い髪をキュッと結んだ。
「グラスとお皿出すからちょっと待ってね。航適当に座っといて。」
「うん。分かった。」
彼女の姿が扉の向こうのキッチンへと消えると、さっきの光景が蘇ってきた。
「GTRってスポーツカーだったよな。」
「え。何か言った?」
「ううん。何でもない。独り言。」
心の声が漏れていた。危ない。危ない。それにしても、ドア一枚挟んだ向こうまで聞こえるくらいの声で呟いていたことに驚く。
「おまたせ。」
彼女がグラスとお皿を抱えて戻ってきた。手慣れた様子でお皿に買ってきたものを盛っていく。これはきっと自炊してるな。そのくらい手際が良かった。僕はその間にグラスにハイボールを注いだ。コポコポとグラスの中で炭酸の泡が弾ける音がする。
「よし。OK。改めて乾杯。」
「乾杯。」
この日何度目かの乾杯をして、夜の続きを始めた。
「そうだ。テレビ何かつけていい? 無音ってのもあれじゃない。」
「確かにそうだね。」
「Prime Video入ってるんだけど、何観る? それともテレビにする?」
「任せるよ。Prime Video使ったことないから、何があるか分からないや。」
「OK。」
そう言って映し出されたのは映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』だった。
「私ジム・ジャームッシュが好きなんだ。」
そう言うと彼女は綺麗に笑った。ウィナノライダー顔負けの美しさだ。
ナイト・オン・ザ・プラネットはタクシードライバーが主人公の映画とあって、またさっきの光景が脳裏をチラつく。洗い流すようにハイボールを飲む。それを何度も繰り返し、なんとか堪えていたが、グラスに注いだハイボールが三分の一ほどとなったタイミングで限界が来て口を開いた。
「あのさ、ちょっといい?」
「うん。どうしたの?」
彼女の視線が一瞬僕を捉え、すぐに画面に戻る。
「さっきちょっと見えちゃったんだけどさ。」
「さっきって。」
「ドアを開ける時。鍵見せてくれない?」
「鍵? 別にいいけど。」
そう言うと彼女は鞄から鍵を取り出して僕に渡した。
「これって。」
そう言って僕はGTRの鍵とシルバーのリングを順に指差した。
「あ。それね。」
彼女がばつが悪そうな表情を浮かべた。
「隠しててもいつかバレちゃうだろうから、ちゃんと話しとくね。」
〈♥〉
「鍵を見せてくれない?」
家の鍵を開ける時に、航の表情が曇った理由は私の家の鍵のことだった。鍵に付いたGTRのキーと指輪の付いたキーホルダー。それが気になったらしい。隠していても面倒だから、正直に伝えた。
「航あのね。引かないで欲しいんだけど。」
「うん。」
航が神妙な面持ちでこちらを見つめている。
「私さ。ガチャガチャってつい見ちゃうタイプなんだよね。」
「へ? ガチャガチャ? 」
航が不思議そうな顔で首を傾げている。
「そう。ガチャガチャ。これ本物の車のキーじゃなくてガチャガチャなんだ。」
「あ。そうなんだ。」
航はホッとしたような笑みを浮かべたあとで、ケラケラと笑った。
「だから正直何の車の鍵なのかも分かってないのよ。スポーツカーみたいな奴ってのはなんとなく分かるんだけど。」
「そうそう。GTRはスポーツカーだよ。じゃあこの指輪もガチャガチャ?」
「あ。指輪は違う。これはお婆ちゃんの遺品整理で出てきたやつなの。それをお守り代わりに付けてるの。」
「なんだ。そういうことだったのか。」
見る見る航の表情が晴れていく。
「結婚してるとでも思ったの?」
「うん。もしかしてと。」
「まぁ勘違いするのも無理ないよね。それが狙いだからね。」
「狙い?」
「軽い女に見られない為の道具。」
「あはは。そういうことか。まんまと術中にハマってしまった。でも、鍵見せる場面なんてそうなくない?」
「そういうときは鞄の持ち手に付けてるのよ。鍵を。そうすると目につくでしょ。」
「なるほど。頭良いね。」
二人ほぼ同じタイミングで1杯目のハイボールを飲み干してしまったので、2杯目を取りにキッチンに向かった。立ち上がった時に足元がふらつく。気付けばBlueでうどんを食べてからずっとお酒を飲んでいた。酔いが回っていても無理はない。結構酔いが回っているからなのか、身体も若干熱を帯びている気がした。少し冷ますために着ていたブラウスの上から二つ目のボタンを外す。リビングに戻る時にもう一度止めればいいか。そうだ。グラスに氷を入れてもいい。
グラスに冷凍庫の氷を入れハイボールを注いだ。氷を入れた分、ハイボールがグラスに入りきらない。余ったハイボールはそのまま持って行って、グラスの方を飲み干したらそこにまた注げばいいか。二人分のグラスと余ったハイボールを抱えてリビングに戻る。
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