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Chapter10 : 幕開
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〈♠〉
目を覚ますと彼女が朝食を準備していた。”頭痛ーい”と嘆きながら。
昨夜(というより日付変更線を超えてたからもう今日なのだけれど)のことは珍しく鮮明に覚えていた。というより、忘れないように脳裏に書き留めたような感覚だ。思い出そうとすると、ニヤけてしまうような甘いひとときだった。
一夜にして、僕の初めてのほとんどを彼女は奪っていった。”男は女の最初を求め、女は男の最後を求める。” どこかでそんなことを聞いたことがあるが、僕は僕の最初を奪っていった彼女がこのまま最後になればいいとさえ思った。それ程までに僕は彼女に溺れていた。
上半身を起こし、スマートフォンを見ると、時刻は朝の7時を回ったところだった。一先ず壁とベッドの隙間に落ちていた下着を身に付け、ソファーの方へ。カーテンが開けられ柔らかな光が差し込む部屋で、彼女が机の上にトーストとホットコーヒーとヨーグルトを並べている。
「航起きた。朝ごはん出来たよ。」
「ありがとう。」
トーストとコーヒーの芳ばしい香りが鼻先に届く。心地良い朝だ。
「あ。おはよう。」
「おはよう。」
同棲をしているカップルみたいで、ちょっと、いや、かなり嬉しかった。照れてニヤけてしまいそうになるのを必死で堪える。
「いただきます。」
トーストをひと齧りして、コーヒーを啜ったタイミングで彼女の目が泳いでいることに気付く。これは多分昨日のことを気にしているな。可愛い。柔らかな朝のひとときで静かな時が流れる。
「航。あのさ、昨日、」
彼女が気を遣って何かを言い出そうとしのを被せるように僕が制止した。
「小都子さん。」
彼女が目を丸くして僕を見ている。
「付き合ってくれませんか。」
「え。」
「気付いてたかもしれないけど。」
「うん。気付いてた。」
「え。ホントに。」
「バレバレ。もう、そんなんだから私も好きになっちゃったじゃない。責任とってよ。」
「う、うん。」
一瞬見つめ合い、そこからほぐれるようにクスクスと笑った。部屋に差し込む白い朝の光が、僕達を祝福をしてくれているかのような気がした。
この日は土曜日で二人とも休みだったので、上野辺りを散策することにした。まぁ多分昼飲みにでもなるだろう。そんなことを考えて広尾の駅に向かい歩いている時だった。Blueの方面から見慣れた大柄な男性が歩いてきた。隣にはそれはそれは見覚えのある女の子がいた。
「あれ。マスター。それに、早紀? なんで?」
久々に見る彼女は、長くて綺麗だった髪をバッサリと切り、印象が全然違った。それに少し痩せたように見える。
「昨日Blueに来てくれたんだけど、そのまま潰れて寝ちゃってさ、それでこの時間になっちゃっ、」
マスターの状況説明の途中で、遮るように彼女が僕の胸に飛び込んできた。目に涙を浮かべながら。
「航。私もう駄目みたい。間違えちゃった。いつもそばに居てくれたのは航だったのに、その大切さに気付けなかった。」
腕の中で咽び泣く彼女の肩をそっと抱く。
「ねぇ航。私、航がいい。そばにいて。お願い。」
〈♥〉
目を覚ましてきた航は、今まで見てきたどんな航とも違いやけに落ち着いていた。ちょっと怖いくらい。手早く朝食を並べ、食べ始める。居心地の悪い無言の時間が続き、我慢できずに口を開こうとしたところを航に遮られた。とりあえず謝ろうと思ったのに。次の瞬間には告白されていた。突然のことに驚きはしたけど、なんとなくこうなる気もしていた。それにしても、朝に告白されたのは初めてかもしれない。胸の中がじんわりと熱を帯びていくような感覚に襲われる。これも初めての経験だった。
そこからはなんだか恥ずかしくなっちゃって、茶化すように返事した。航と付き合うことになった。航が彼氏になった。あの航が。出会った頃の私に話しても信じてはくれないだろうな。
この日は二人とも予定がなかったので、予定を作って駅に向かって歩いていた。最後の信号を渡り、駅が近付いたところで、どこかで見たことがあるような女の子とマスターが前から歩いて来た。あれ。誰だっけな。
「あれ。航。小都子ちゃん。」
呑気にあくびをしながらマスターが言った。航のリアクションを見て、漸くその女の子が誰なのかが分かった。初めて航とBlueで会った時に一緒に来ていた女の子だ。マスターが状況説明をし始めた次の瞬間、彼女は航の胸に飛び込んでいった。
「え。」
一瞬私の思考は停止する。なんだこれ。一歩ずつ無意識のうちに航から遠ざかろうとする私をマスターが止めた。
「大丈夫だから。ちゃんと見ててあげて。航の姿。」
「う、うん。」
彼女が航の胸で咽び泣いている。航は諭すかのように優しく抱きしめた。強張る私の体を今度はマスターが支える。
「どうしたんだよ。」
「もう私、航しか信じられない。」
「また淳か。あの馬鹿。」
「だから、そばに居て。航そばに居て。」
私にはあまりに衝撃的な展開すぎて、頭が追いついていかない。でも、航の次の言葉でそんな焦りとも呼べる感情は、安堵感に変わる。
「早紀。ごめん。俺今好きな人がいるんだ。」
航の顔に、声に、心にブレは一切無かった。
「誰。そこの女の人?」
静かに頷く航。
「私じゃダメなの。」
「うん。ごめん。他の人じゃ駄目なんだ。」
彼女は鼻を啜りながら泣いている。私も私で浮かんでくる涙を必死で堪えた。そんなことを言われたのは初めてだったから。
「早紀。俺さ、小都子さんのことちゃんと大切にしたいと思ってる。」
「・・・・」
彼女がマスターに飛びつく。私を突き飛ばして。透かさず航が私を支える。
「航ごめんな。相当酔ってるみたいでさ。」
「大丈夫ですよ。それにしてもそんなに取り乱す早紀初めて見ました。」
なんで。なんで私なんだろう。航が好きだったのは早紀ちゃんだったじゃないか。それなのになんで私なんだろう。
”ポンポン”
疑問が頭を巡っていたところで航が私の頭を叩き、そのあとでぎゅっと抱き締めた。それが全ての答えだった。
「さあ。行こっか。」
〈了〉
※この作品はフィクションであり、実在する人物・団体とは一切関係ありません。
目を覚ますと彼女が朝食を準備していた。”頭痛ーい”と嘆きながら。
昨夜(というより日付変更線を超えてたからもう今日なのだけれど)のことは珍しく鮮明に覚えていた。というより、忘れないように脳裏に書き留めたような感覚だ。思い出そうとすると、ニヤけてしまうような甘いひとときだった。
一夜にして、僕の初めてのほとんどを彼女は奪っていった。”男は女の最初を求め、女は男の最後を求める。” どこかでそんなことを聞いたことがあるが、僕は僕の最初を奪っていった彼女がこのまま最後になればいいとさえ思った。それ程までに僕は彼女に溺れていた。
上半身を起こし、スマートフォンを見ると、時刻は朝の7時を回ったところだった。一先ず壁とベッドの隙間に落ちていた下着を身に付け、ソファーの方へ。カーテンが開けられ柔らかな光が差し込む部屋で、彼女が机の上にトーストとホットコーヒーとヨーグルトを並べている。
「航起きた。朝ごはん出来たよ。」
「ありがとう。」
トーストとコーヒーの芳ばしい香りが鼻先に届く。心地良い朝だ。
「あ。おはよう。」
「おはよう。」
同棲をしているカップルみたいで、ちょっと、いや、かなり嬉しかった。照れてニヤけてしまいそうになるのを必死で堪える。
「いただきます。」
トーストをひと齧りして、コーヒーを啜ったタイミングで彼女の目が泳いでいることに気付く。これは多分昨日のことを気にしているな。可愛い。柔らかな朝のひとときで静かな時が流れる。
「航。あのさ、昨日、」
彼女が気を遣って何かを言い出そうとしのを被せるように僕が制止した。
「小都子さん。」
彼女が目を丸くして僕を見ている。
「付き合ってくれませんか。」
「え。」
「気付いてたかもしれないけど。」
「うん。気付いてた。」
「え。ホントに。」
「バレバレ。もう、そんなんだから私も好きになっちゃったじゃない。責任とってよ。」
「う、うん。」
一瞬見つめ合い、そこからほぐれるようにクスクスと笑った。部屋に差し込む白い朝の光が、僕達を祝福をしてくれているかのような気がした。
この日は土曜日で二人とも休みだったので、上野辺りを散策することにした。まぁ多分昼飲みにでもなるだろう。そんなことを考えて広尾の駅に向かい歩いている時だった。Blueの方面から見慣れた大柄な男性が歩いてきた。隣にはそれはそれは見覚えのある女の子がいた。
「あれ。マスター。それに、早紀? なんで?」
久々に見る彼女は、長くて綺麗だった髪をバッサリと切り、印象が全然違った。それに少し痩せたように見える。
「昨日Blueに来てくれたんだけど、そのまま潰れて寝ちゃってさ、それでこの時間になっちゃっ、」
マスターの状況説明の途中で、遮るように彼女が僕の胸に飛び込んできた。目に涙を浮かべながら。
「航。私もう駄目みたい。間違えちゃった。いつもそばに居てくれたのは航だったのに、その大切さに気付けなかった。」
腕の中で咽び泣く彼女の肩をそっと抱く。
「ねぇ航。私、航がいい。そばにいて。お願い。」
〈♥〉
目を覚ましてきた航は、今まで見てきたどんな航とも違いやけに落ち着いていた。ちょっと怖いくらい。手早く朝食を並べ、食べ始める。居心地の悪い無言の時間が続き、我慢できずに口を開こうとしたところを航に遮られた。とりあえず謝ろうと思ったのに。次の瞬間には告白されていた。突然のことに驚きはしたけど、なんとなくこうなる気もしていた。それにしても、朝に告白されたのは初めてかもしれない。胸の中がじんわりと熱を帯びていくような感覚に襲われる。これも初めての経験だった。
そこからはなんだか恥ずかしくなっちゃって、茶化すように返事した。航と付き合うことになった。航が彼氏になった。あの航が。出会った頃の私に話しても信じてはくれないだろうな。
この日は二人とも予定がなかったので、予定を作って駅に向かって歩いていた。最後の信号を渡り、駅が近付いたところで、どこかで見たことがあるような女の子とマスターが前から歩いて来た。あれ。誰だっけな。
「あれ。航。小都子ちゃん。」
呑気にあくびをしながらマスターが言った。航のリアクションを見て、漸くその女の子が誰なのかが分かった。初めて航とBlueで会った時に一緒に来ていた女の子だ。マスターが状況説明をし始めた次の瞬間、彼女は航の胸に飛び込んでいった。
「え。」
一瞬私の思考は停止する。なんだこれ。一歩ずつ無意識のうちに航から遠ざかろうとする私をマスターが止めた。
「大丈夫だから。ちゃんと見ててあげて。航の姿。」
「う、うん。」
彼女が航の胸で咽び泣いている。航は諭すかのように優しく抱きしめた。強張る私の体を今度はマスターが支える。
「どうしたんだよ。」
「もう私、航しか信じられない。」
「また淳か。あの馬鹿。」
「だから、そばに居て。航そばに居て。」
私にはあまりに衝撃的な展開すぎて、頭が追いついていかない。でも、航の次の言葉でそんな焦りとも呼べる感情は、安堵感に変わる。
「早紀。ごめん。俺今好きな人がいるんだ。」
航の顔に、声に、心にブレは一切無かった。
「誰。そこの女の人?」
静かに頷く航。
「私じゃダメなの。」
「うん。ごめん。他の人じゃ駄目なんだ。」
彼女は鼻を啜りながら泣いている。私も私で浮かんでくる涙を必死で堪えた。そんなことを言われたのは初めてだったから。
「早紀。俺さ、小都子さんのことちゃんと大切にしたいと思ってる。」
「・・・・」
彼女がマスターに飛びつく。私を突き飛ばして。透かさず航が私を支える。
「航ごめんな。相当酔ってるみたいでさ。」
「大丈夫ですよ。それにしてもそんなに取り乱す早紀初めて見ました。」
なんで。なんで私なんだろう。航が好きだったのは早紀ちゃんだったじゃないか。それなのになんで私なんだろう。
”ポンポン”
疑問が頭を巡っていたところで航が私の頭を叩き、そのあとでぎゅっと抱き締めた。それが全ての答えだった。
「さあ。行こっか。」
〈了〉
※この作品はフィクションであり、実在する人物・団体とは一切関係ありません。
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