Baseball Side Story

榊 海獺(さかき らっこ)

文字の大きさ
9 / 37

としまえん

しおりを挟む
 打球よりも怖いものがそこにあった。

 少年野球チームに加入してから二年が経ったある日、監督に手招きで呼ばれた。
「お前もとしまえん行ってみるか。」

 僕の所属していたチームでは、夏になると選抜メンバーでとしまえんに行くことが恒例行事となっていた。とうとう僕も呼ばれる日が来たことが嬉しくて堪らなかった。ワクワクした気持ちを抱き、その日を待ち望みながら日々の練習に励んでいた。

「としまえん(のプール)には飛び込み台があってな、全員一回そこから飛び込むことになってるんだよ。」
 数日後、また監督に手招きで呼ばれ何事かと思ったらそう告げられた。寝耳に水だった。そもそも水泳は大の苦手で、学校の授業の飛び込みスタートすらやったことがないのに、いきなり飛び込み台から飛ぶなど出来るはずがない。しかしながら、せっかくとしまえん選抜メンバーに選ばれたのにここで引くのも癪に触る。とりあえずふんわりと承諾し、その日が来るのをビクビクしながら待った。寧ろ雨でも降ってくれとすら思っていた。

 当日。天気良好。気分曇り空。これで飛び込みは逃れられなくなった。不安いっぱいで電車に揺られ、としまえんへ。着替えを済ませプールの方へ。その時だった。
 ちらっと飛び込み台が目に入った。思ったより小じんまりとしている。これは行ける。行けるぞ。
 全然ダメだった。近付いたら普通にそこそこの高さがあった。飛び込み台は3mと5mの二つがあったのだけれど、3mですらダメだった。恐る恐る飛び込み台のに立ってはみたものの、結局最後まで飛べなかった。この時初めて自分は高所恐怖症なのだと悟った。
 これはきっと「ビビり」の烙印が押されてしまう。なんてブルーな気持ちでいっぱいだったのだけれど、途中で吹っ切れて「ビビり」の烙印すら華麗に着こなしてやる。くらいに思っていた。しかしながら、これには続きがあった。

 プールで一通り遊び尽くした僕らは、としまえんの遊園地の方に行くことになった。そう。ジェットコースターだ。
 みんなは意気揚々とジェットコースターの列に飛び込んでいく。僕はその輪に入ることは出来なかった。これで「ビビり」の烙印はまたレベルアップしてしまう。再びブルーな気持ちに襲われそうになる。そんな僕を救ってくれたのは監督だった。
「なぁ。あっちにゲームコーナーあるから行ってみよう。」
 としまえんには遊園地の脇にアーケードゲームが出来るコーナーがあった。その中で僕が目を付けたのは、パクパクと口を動かしている動物の口にゴムボールを投げ込むゲームだった。野球をやっている身としては送球のコントロールが試される良い機会だ。くらいに思っていた。監督に話すと、監督が1ゲーム分のお金を出してくれた。
 いざゲームスタート。これまた全然ダメだった。「いかに上手く口の中にボールを入れられるか」ならそこそこ良い感じに出来たと思う。しかしながらこのゲームで試されるのは「いかに多くのボールを口に入れられるか」だった。周りを見渡すと、海で水飛沫を上げ楽しむレディー達のように、バシャバシャと沢山のボールを動物目掛けて放つ人達が居た。きっとこのゲームではあれが正解なのだ。途中から監督の力も借り思いっきりバシャバシャやってみた。結果は大したことなかったのだが、凄く楽しかったのを覚えている。

 ゲームコーナーを出ると、すぐ目の前にボートに乗ってコースを回るアトラクションがあった。
「あれなら乗れるんじゃないか。船に乗って回ってくだけだ。」
 監督がにっこり笑って提案してくれたので、笑って頷いた。
 実際に乗ってみると、確かに船に乗りゆったり流れていくだけだった。隣に監督を乗せ、ゆったりと流れていく。それもそれでなんだか少し恥ずかしかった。ちょっとした坂を上がったり、ちょっとした坂を上がったりもした。ん? 何かがおかしい。ひたすら船が坂を上がり続けている。そのことに気付いた時にはもう遅かった。

 ストン。

スプラッシュマウンテン並みに落ちた。(気がした。) 隣を見ると、監督が悪い顔をしてケラケラと笑っている。これはやりやがったな。
 僕がとしまえんに行ったのはこの日が最初で最後。打球よりも怖いものがそこにはあった。でも、エッセイに出来るくらい印象的で、良い想い出で良かったと思う。この日の出来事はいつまでも大切に持っていようと思う。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...