赤い髪のリリス 戦いの風

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16、トラン動乱

第169話 セレス、陽動

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身体が動かない事に戸惑う騎士達の頭に、ルビーの声が響いた。

『ここにいて下さい、動かないで』

それと同時に、ルビーが一人セレスの元に駆け寄る。
腰の短剣に手を回しながら、抜刀せず無言でセレスの背に背を合わせて後ろを守った。
しかし突然の緊張した事態に、王子は戸惑いながら父王に歩み寄る。
チラリと魔導師を見て、父にそっと耳打ちした。

「父上、セレスの話も聞こうではありませんか。
それが本当であれば、大変な問題です。」

「  うるさい   皆下がれ  」

聞く耳持たず、王は左手にすがる仮面の魔導師の手を握りしめる。
彼には今、その魔導師の声がすべてで他のなにより勝る物だった。
仮面の魔導師がニヤリと笑い、戸惑う王子に目を向ける。
まるで上下が逆転しているように、彼に命令した。

「王はあの巫子の顔も見とうないと仰せでございます。どうかお引き取りを。」

「しかし……」


「くすっ、クスクス……クク」


セレスがうつむいて腕を組み、口に右の人差し指の背を当て、小さく笑う。
そしてその妖しくも美しい顔をゆっくりと巡らせ、流し目で王をチラリと見た。

「トラン王ルシェール、なんというお姿。
武勇に優れ、豪傑で名を馳せたあの素敵なお姿の面影もない。
一夜を忍んでお見えになるほど愛して頂きましたのに、このセレスに帰れと仰るのですか?」

王子がセレスの突拍子もない恥ずかしい言葉に、真っ赤な顔で横の父王を見る。
父王はヒゲに覆われた口をポカンと開き、セレスを凝視した。

「陛下!」

横から仮面の魔導師がグイと腕を引くが、その目はセレスに捕らわれ気がつかない様子だ。
最近では身の回りの世話も侍女達にろくにさせない父は、見るからにみすぼらしく色事から遠い。
だが、思い起こせば父は若いときから女好きで、死んだ母はいつもため息混じりに愚痴をこぼしていた。
そう言う事を、すっかり忘れるほどに、父は変わってしまった。

この魔導師が現れてから。

「ああ、おいたわしやトラン王。
そのような魔導師に惑わされ、あなたはすっかり変わっておしまいになられた。
このセレスに微笑み一つお見せにならない。
私は悲しゅうございます。私はあなた様に会いに参りましたのに。」

王子が芝居がかった言葉を並べるセレスに怪訝な顔で目を向けると、彼が手を伸ばして王子に向けて指をパチンと鳴らす。
その瞬間、王子の視界がまぶしくはじけ、暗い室内が一皮剥けたように鮮明に見えた。

「なんという無礼な事を!王子!」
「王子!」

下座で小さくなって立つ、今は遠ざけられてしまった王の側近であった者達が声を上げている。
目を移すと、白いローブの魔導師達は皆、セレスを直視しないようになのか、皆一様に顔を背けていた。


なんだこれは?
なんだ?この気味の悪い魔導師達は。

頭の中に、ぼんやりとそれまでのいきさつが頭に浮かぶ。
それまで心広く家臣の意見を聞くのが常だった父王が、意見を告げた家臣を次々と遠ざけていった。
しかも、その側にはそれを少しも不思議に思わない自分がいたのだ。

なにか、なにかおかしい。
なぜ、父は忠実な家臣を下座に追いやっているんだ?
そう言えば自分には家臣の声さえ聞こえなかった。
おかしい。この状態。
何もおかしく思わなかった、自分もおかしい。

セレスがチラリと目で合図する。
頭の中に、彼の声が微かに聞こえた。

父王がうつろな目で声を上げようと、ゆっくり手を上げ息づかいが変わる。
王子はそれを遮るように、兵に向けて声を上げた。

「セレスを捕らえ、牢に入れよ!
たとえ巫子といえど無礼の数々許すこと出来ぬ。
アトラーナの騎士達は捕らえてトランからの即刻退去を命ずる!」

兵が即時に反応し、セレスを取り囲みルビーとの間に槍を差し込み二人を離した。
ルビーがその槍を掴み、腰の剣を抜こうと柄を取る。

「ならぬ、控えよ。」

「しかし!」

ルビーの手が、剣の柄から離れない。
だが、彼を守りたい気持ちと裏腹に、ルビーは兵にどんどん離されてしまう。

「セレス様、我らはあなた様に手を触れるのも恐れ多くございます。
どうかここは……」

兵の一人がセレスにささやく。
セレスは微笑んでうなずき、ルビーに振り向いた。

「ルビー、彼らを確かに本国に戻せ。よいな」

ルビーの戸惑う顔に、セレスが行けと目配せして兵の案内する方へ歩き始める。

「馬鹿な!我らはセレス様の護衛として参った者!
セレス様を捕らえるなら共に捕らえよ!」

ルビーが、声を上げながら兵に抗うアトラーナの騎士たちに目をやり、そして迷いながらセレスの背を見送る。


セレス様に何かしらのお考えがあるのはわかる。
だが、何か違うのだ。今までと。
今あの方から離れると、取り返しのつかないことになるような気がしてならない。


ルビーが服の胸元を掴み、ギュッと唇を噛む。
主の命は絶対だ。
こう言う時…………兄ならどうするか……
サファイアなら……………

不安が大きいのはアトラーナの騎士たちも同じだ。
セレスはすぐに行動に出ることはないと思う。
ならば、こちらを急ぐか……それとも…………

ルビーが意を決め、アトラーナの騎士たちを説得して素直にトラン王子の命令に従うよう促す。
セレスが何か行動に出ることは明白だ。
恐らくは、それに自分たちは足手まといになるとお考えなのだ。
ならば、騎士達は確かに無事を確保しなければ。
ルビーは彼らを説得し、ひとまずはこの場を引く事に収めた。



とんぼ返りとなってしまった彼らを気使い、エルガルドが自分に出来るだけの事をと馬車や食料の手配をしてくれた。
それを待つ間も、簡単に手を引いてしまったことに、納得出来ない様子でゴートがルビーにささやく。
命がけで守る決意を持っていたのに、これではおめおめレナントには帰れない。

「ルビー殿、我らはあの方をお守りするために来たのだ。
どうしてわかって頂けない?!」

「それは私も同じ。ですが今、恐らくあの方に何かお考えがあるのです。
つまり我らの仕事はここまで、後は任せよと言う事なのでしょう。
これまでお供してきた時も、トランではセレス様は大地の神の巫子としてたいへん大事にされておられました。
恐らく危害を加えられることもないと思います。
ここは一旦引きましょう。」

「あなたは、どうなされるおつもりで?」

ゴートの問いにルビーは、ただ真顔でうなずき口に指を立てる。

「監視の目があります。ひとまずは馬車でここをお立ち下さい。」

「わかった。」

見送るエルガルドに一礼し、レナントの騎士達は馬車に乗って城をあとにした。
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