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21、地の三番目の巫子
第218話 塔のあと
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夕日に照らされ、石造りの狭い渡り廊下に濃く影が落ちる。
手すり下の表面に彫られた文様は陰影を浮かべ、透かしで抜かれた四つ葉の模様はオレンジ色の日の光を通し、ポツポツと床にきれいに並んでいた。
魔導師の長ルークが、ふと歩みを止める。
廊下から庭に出てその先にある井戸に目をとめた。
その井戸は、騒ぎのあとからなぜか水が途切れ、貴重な水だけにどうした物か占って欲しいと話があった井戸だ。
以前は塔に住まう魔導師たちが主に使っていた。
高台に城があるだけに、深い井戸だという事だが、恐らく地の精霊に手を借りたのだと思う。
水の魔導師シャラナの見立てでは、水脈に変化はないものの何かおかしいと言うので、日の良い時に占う事になっている。
シャラナが術の名残を感じるとつぶやいていたのを思い出し、井戸の前に来ると廊下の先を振り返って息をついた。
渡り廊下の先、城の再奥にあるそこは魔導師の塔があった場所だ。
再建を目指して崩れた一部の石が職人によって奥の空いた土地に山積みされ、埋めつくさんとしている。
だが、工事の途中石が思いがけない方に崩れて何度も事故があり、作業は中断されたまま再開のめどは立っていなかった。
事故と、水の流れの変化。
暗く深い井戸をのぞき込むのも薄ら寒い気がして、辺りをうかがう。
それでも覗いてみると井戸の中はただぽっかりと底なしのように深淵を写している。
手をかざし、目を閉じる。
ひとしきりのあと、小さく頷きクスッと笑った。
「ふうん……なるほど、私がここに住んでた時は普通の井戸だったが……
ここをトランの魔導師と繋いであの子を操っていたのか……術の気配だけ残っているな。
他の魔導師には悟られないよう、道を作って用のある時以外は閉じていたんだろう。
歪みが残っているな、これは水の神殿の手を借りればまた使えるかな?」
一人解釈して、つぶやきつつ魔導師の塔のあとに歩みを進め、まだほとんど手つかずの残骸の山に目をやる。
ニードによれば、その遙か下には何か部屋があるらしいと言う。
城は元々小高い山を削り、街を見下ろす高台にして立っている。
相当の難工事だったと言い伝えにはあり、建物は古く歴史も古い。
昔は侵略戦争も多く、城には隠し通路が複数あると聞いている。
「城というのは物々しいのが当たり前だが、アトラーナは平和な時が長すぎた……」
魔導師の長である自分にもほとんどこの城の秘めた事柄は伝わっていない。
書で残っているはずだが、塔が崩れたために行方知れずになってしまった。
口伝もほとんどが忘れ去られ、それを探求することも無かったのだろう。
先代たちの府抜けた魔導師の姿を見てもよくわかる。
権威に傘を着て守りさえ穴だらけだった。
あの人が長をしていたのだ、その程度の物さ。
心でつぶやいて、クスリと笑う。
しかしふと、自分の手を見て目を閉じ、襟を正した。
とは言え、封印を一つ破られたのは私の失態だ。
顔を上げ、塔が崩れたあとに来て、ブツブツつぶやき髪を一本抜いてフッと残骸の方へ飛ばす。
髪は変化して、一匹の瑠璃色のトカゲとなって残骸の中へするりと入り込んでいった。
杖に身を任せ、目を閉じる。
トカゲの目となり瓦礫の中を探った。
「そこで、何をしている?」
声をかけられ、心で舌打ちして振り向く。
声が遠くで聞こえていたが、自分を見つけて急いできたのだろう。
「これは王子、お久しぶりでございます。
このような所へ何用においでなされました?」
「問いで返すな、無礼者。ここで何をしている。」
「は、レスラカーン様のお付きの方より、中に埋まっている杖をどうにか出せないかと相談を受けまして、調べている次第でございます。
ここには貴重な品もありますので、早く瓦礫の撤去を進めて頂きたいのですが……」
一礼しつつ見ると、キアナルーサが最近気に入りの騎士や貴族をぞろぞろと引き連れて、腕組みして見下ろしていた。
以前はおおかたいつもゼブリスと小姓数人だったのに、最近は人が変わったように社交的で弁が立ち人を引きつけている。
トランへの対応が生ぬるいと不満がある者は、こぞって王子に近寄っているらしい。
死者が出ても、隣国トランの魔導師がその原因だとわかっても、事を起こそうとしない王たちに、それだけ不満がたまっていたのだろう。
トランからはかなりの賠償が送られるだろうが、血気盛んな者には満足できまい。
オオ!……オオオ!
遠くで兵たちのかけ声が響いて聞こえる。
この平和に慣れきったアトラーナで、国内外から血気盛んな者を集め、王子は金に任せて自らの下に置く王子直属の部隊を作り始めた。
先日は城下の闘技場で競技会も開いて、上位の者をごっそり雇ったらしい。
城下町はおかげで人が増え、商売も景気が良くなったと出入りの業者が下女と話しているのを聞いた。
王子の人気は城下の人々にもそこそこに上がってきているようだ。
しかし、安易に隣国の者を一人殺せば、戦争にまで発展するのはよくあることだ。
王は憂慮して軍の強化は必要ないと仰っていたが、宰相は心動かされたのか共に王を説得し、結果的に王子に一時的な軍の強化を許可された。
王子の急激な変化は親には心配なことだろう。
「そう言えば、ゼブリス様はまだ行方知らずでございますか?」
何気なく聞いた問いに、キアナルーサの顔色が変わった。
手すり下の表面に彫られた文様は陰影を浮かべ、透かしで抜かれた四つ葉の模様はオレンジ色の日の光を通し、ポツポツと床にきれいに並んでいた。
魔導師の長ルークが、ふと歩みを止める。
廊下から庭に出てその先にある井戸に目をとめた。
その井戸は、騒ぎのあとからなぜか水が途切れ、貴重な水だけにどうした物か占って欲しいと話があった井戸だ。
以前は塔に住まう魔導師たちが主に使っていた。
高台に城があるだけに、深い井戸だという事だが、恐らく地の精霊に手を借りたのだと思う。
水の魔導師シャラナの見立てでは、水脈に変化はないものの何かおかしいと言うので、日の良い時に占う事になっている。
シャラナが術の名残を感じるとつぶやいていたのを思い出し、井戸の前に来ると廊下の先を振り返って息をついた。
渡り廊下の先、城の再奥にあるそこは魔導師の塔があった場所だ。
再建を目指して崩れた一部の石が職人によって奥の空いた土地に山積みされ、埋めつくさんとしている。
だが、工事の途中石が思いがけない方に崩れて何度も事故があり、作業は中断されたまま再開のめどは立っていなかった。
事故と、水の流れの変化。
暗く深い井戸をのぞき込むのも薄ら寒い気がして、辺りをうかがう。
それでも覗いてみると井戸の中はただぽっかりと底なしのように深淵を写している。
手をかざし、目を閉じる。
ひとしきりのあと、小さく頷きクスッと笑った。
「ふうん……なるほど、私がここに住んでた時は普通の井戸だったが……
ここをトランの魔導師と繋いであの子を操っていたのか……術の気配だけ残っているな。
他の魔導師には悟られないよう、道を作って用のある時以外は閉じていたんだろう。
歪みが残っているな、これは水の神殿の手を借りればまた使えるかな?」
一人解釈して、つぶやきつつ魔導師の塔のあとに歩みを進め、まだほとんど手つかずの残骸の山に目をやる。
ニードによれば、その遙か下には何か部屋があるらしいと言う。
城は元々小高い山を削り、街を見下ろす高台にして立っている。
相当の難工事だったと言い伝えにはあり、建物は古く歴史も古い。
昔は侵略戦争も多く、城には隠し通路が複数あると聞いている。
「城というのは物々しいのが当たり前だが、アトラーナは平和な時が長すぎた……」
魔導師の長である自分にもほとんどこの城の秘めた事柄は伝わっていない。
書で残っているはずだが、塔が崩れたために行方知れずになってしまった。
口伝もほとんどが忘れ去られ、それを探求することも無かったのだろう。
先代たちの府抜けた魔導師の姿を見てもよくわかる。
権威に傘を着て守りさえ穴だらけだった。
あの人が長をしていたのだ、その程度の物さ。
心でつぶやいて、クスリと笑う。
しかしふと、自分の手を見て目を閉じ、襟を正した。
とは言え、封印を一つ破られたのは私の失態だ。
顔を上げ、塔が崩れたあとに来て、ブツブツつぶやき髪を一本抜いてフッと残骸の方へ飛ばす。
髪は変化して、一匹の瑠璃色のトカゲとなって残骸の中へするりと入り込んでいった。
杖に身を任せ、目を閉じる。
トカゲの目となり瓦礫の中を探った。
「そこで、何をしている?」
声をかけられ、心で舌打ちして振り向く。
声が遠くで聞こえていたが、自分を見つけて急いできたのだろう。
「これは王子、お久しぶりでございます。
このような所へ何用においでなされました?」
「問いで返すな、無礼者。ここで何をしている。」
「は、レスラカーン様のお付きの方より、中に埋まっている杖をどうにか出せないかと相談を受けまして、調べている次第でございます。
ここには貴重な品もありますので、早く瓦礫の撤去を進めて頂きたいのですが……」
一礼しつつ見ると、キアナルーサが最近気に入りの騎士や貴族をぞろぞろと引き連れて、腕組みして見下ろしていた。
以前はおおかたいつもゼブリスと小姓数人だったのに、最近は人が変わったように社交的で弁が立ち人を引きつけている。
トランへの対応が生ぬるいと不満がある者は、こぞって王子に近寄っているらしい。
死者が出ても、隣国トランの魔導師がその原因だとわかっても、事を起こそうとしない王たちに、それだけ不満がたまっていたのだろう。
トランからはかなりの賠償が送られるだろうが、血気盛んな者には満足できまい。
オオ!……オオオ!
遠くで兵たちのかけ声が響いて聞こえる。
この平和に慣れきったアトラーナで、国内外から血気盛んな者を集め、王子は金に任せて自らの下に置く王子直属の部隊を作り始めた。
先日は城下の闘技場で競技会も開いて、上位の者をごっそり雇ったらしい。
城下町はおかげで人が増え、商売も景気が良くなったと出入りの業者が下女と話しているのを聞いた。
王子の人気は城下の人々にもそこそこに上がってきているようだ。
しかし、安易に隣国の者を一人殺せば、戦争にまで発展するのはよくあることだ。
王は憂慮して軍の強化は必要ないと仰っていたが、宰相は心動かされたのか共に王を説得し、結果的に王子に一時的な軍の強化を許可された。
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