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8、隣国の脅威
46、レナント城
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レナントの城を穏やかな風が吹き、庭園の木々がざわめく。
静かな中に、時折聞こえてくる女たちの笑い声が、どこか緊張した中で気持ちをほっとさせる。
リリスが深呼吸して、髪をかき上げ腰の剣に手を触れた。
ここのところはずっと部屋に休み、身体を癒すことだけを考えていた。
まだ身体は怠いが、今日は少し気分もいい。
昨夜は初めて部屋を出て食堂でガーラントと食事を取っていると、王都ルランから共に来た騎士がリリスに無言で会釈してきた。
本城では考えられないことだ。
プライドの高い騎士が頭を下げるなどあり得ない。
しかし旅の途中での戦いに、彼らも魔導師として認めてくれたのかもしれない。
この身の内にあるリリサレーンの手を借りたとしても、それは一つ目的への階段を上がったような気がした。
「どうした?」
「いえ」
リリスが、ガーラントに連れられ城の中を案内されてゆく。
昼食の前に、一通り見たいと希望したからだが、ガーラントもそれは同意して歩き出した。
この城は高台の、一方の面を崖の上にした場所に建っている。
本城と似たような作りだが、小さな山を切り崩して作るのが常だったのかもしれない。
正面を入るとそこが南の本館。一番大きな、主に客をもてなすことに重視を置いた城だ。
客はここでもてなされ、歓待され、時には隣国との商談も取り持つ。
それを過ぎて左右の庭園を眺め中央の回廊を進むと、城主である領主が居城する北の館に続く。
執務や会議は主にここで執り行われる。
そして庭園の奥の両端は塔。
崖に面した東の塔には主に魔導師が住まい、西の塔は北の館と一部が繋がり、物見と戦略を図る会議の間などがあった。
一番最初に案内された庭園には、花が咲き乱れた中に大きな穴が開き、美しい羽根のある女性像の彫刻は首が落ちて羽根がもがれていた。
つる薔薇は踏み荒らされ、激しい戦いのあとが見て取れる。
リリスが息を飲み言葉を失う。
城内はあちらこちらでそういった戦いのあとが見られ、兵たちはひどく緊張して用心深い。
援軍が本城を出た頃から、頻繁に得体の知れない魔物が現れ始めたというのだ。
先日聞いた、ガルシアの言葉が思い出され、この城の置かれた現状はかなり危ういのだと容易に想像できた。
「私もここまで内部への攻撃が激しいとは思わなかった。すでに戦いで兵が8人、魔導師が2人亡くなったそうだ。」
「えっ?魔導師の方は1人、御病気でとお聞きしましたが……」
「さあな、リリス殿には知らされなかったのか……さて。
ただ最初の方は胸を押さえ、急死されたと聞く。
しかしそれも、本当に病死であったのかは不明だ。」
「ああ、それは本当に残念です。
なんでも守りを司っていらしたとか。私も結界ははれますが、ここまで大きなお城だと広範囲には無理です。」
「……そうか……」
ガーラントは何か口惜しそうな表情をして、また歩き出す。
リリスは無言で付いていったが、回廊で少し疲れた顔で問いかけた。
「次はどちらへ?行かれるのでしょうか?」
肩に留まるヨーコが、心配そうに覗き込む。
できるだけ不審に思われぬよう口を閉ざしていたが、ヨーコもたまらず叫んだ。
「リリスを、少し休ませて!」
バタバタ飛び立ち、ガーラントの顔を遮る。
煩わしそうにそれを手で払い、振り向くとリリスは確かに息を切らし具合が悪そうにしていた。
「ああ、気が回らず済まなかった。あと一カ所、是非見せておきたいんだが。
西の塔の上の方なのだ。
訳あって通路が閉じられ、下からしか行けないようになっている。
辛ければ私の背に乗るがよい、おぶってやろう。」
ガーラントが腰を下ろして背を向ける。
「えっ!と、とんでもありません!もう子供ではないのですから、私は大丈夫です、歩きます!」
驚いてシャンと歩き出す彼に、ガーラントがククッと笑う。
「きゃ」
突然突風が横から吹き、よろめいたリリスが座り込んだ。
「ああ……精霊に無理をするなと怒られました。私は本当に疲れているようです。
何故でしょう、もう日がたつというのに疲れがこんなに取れないのは初めてです。」
「そうだな、では明日にするか。」
「いいえ、現状を把握しておきたいので、どうかお連れ下さい。
城内の案内もかねてですから、これは必要なことでございましょう。」
「わかった。ではその一カ所を見て、それから食事に行こうか。」
「はい。」
「ではどうぞ。」
ガーラントがまた座ってリリスに背を向ける。
リリスは戸惑いながら、しかしおとなしく彼の背にもたれ、背負って貰った。
「わあ……なんて気持ちよいのでしょう。うふふ、うふふ……
今日はとってもステキな日です。」
「なんだ、大げさだな。このくらいで。」
「ええ、申し訳ありません……人の背に乗るなんて……もういつの事だったでしょう……」
うとうと、吸い込まれるように睡魔に襲われる。
暖かく、頼りがいのある背中。
父上がいたら、こんな感じなのかな……
最後に背負ってもらったのは、誰の背だったろう。
ああ、ザレルだったっけ、大きな大きな背中……
人に甘えてはならぬと、きつく言われ続けてきたけど……
私にも、こういう時間が許されても良いのでしょうか……母上様……
すれ違う女達が、頭を下げながらクスリと笑う。
回廊を過ぎて西の塔に入り、降ろそうかとガーラントが振り向くと、耳元に静かな寝息が聞こえた。
なんだ、眠ってしまったのか。
あとにすれば良かったかと、足を止める。
引き返すことも考え始めた時、後ろから「おう」と声をかけられた。
振り向くと、一緒に王都から来た騎士のギルバがニヤニヤして後ろにいる。
彼は騎士でも一番年長のひげを蓄えた、血気盛んな男だ。
横にはまだ若い騎士がぺこりと頭を下げた。
「坊やはおねむかね?貴方も騎士のくせに、奴隷を背負うなど成り下がったもんだ。」
相変わらず嫌みを言って、リリスをチラリと見てはフンと息を吐く。
ガーラントがすました顔で、歩みを進めた。
「そう言えばギルバ殿は、お年に勝てずたいそうお疲れのご様子。
足腰立たぬと今までお休みであったとか。
お体はもうよろしいのか?」
ギルバがむうっと口を尖らせる。
「口の減らない奴だ、それが年長者に語ることか?
皆あの事件ですっかり疲れ果てていたが、今では剣の稽古も怠りない。
それにしても、何度見ても気味の悪いガキだ。
よくそんな奴を背負っていられるな、お主の神経を疑う。」
ガーラントが、大きなため息をついて無言で足を進める。
ギルバは戦いで気を失ったリリスを、率先して殺そうとした騎士だ。
ガーラントは迫る生き残りの騎士達を懸命に説得し、何とかその場を乗り切って意識のないリリスをレナントへと連れてきた。
「おい、無視するな失礼だろうが!」
ギルバが慌ててガーラントを追ってくる。
「先を急いでいるので失礼する。それにこの方はガキではない、魔導師のリリス殿だ。」
「ふん、指輪も持たぬ魔導師など魔導師ではない。
何が急いでだ、どうせ城の案内役だろう。寝てる相手に案内もないもんだ。」
「やれやれ、頭の固いお方だ。私が見せたいのは一室のみ。寝ていてもかまわん。」
ギルバは別に用もないが、見せたい一室というのが気になってついて行く。
ぞろぞろ階段を上がっていると、前に老人がフウフウ言って上っているのに追いついた。
静かな中に、時折聞こえてくる女たちの笑い声が、どこか緊張した中で気持ちをほっとさせる。
リリスが深呼吸して、髪をかき上げ腰の剣に手を触れた。
ここのところはずっと部屋に休み、身体を癒すことだけを考えていた。
まだ身体は怠いが、今日は少し気分もいい。
昨夜は初めて部屋を出て食堂でガーラントと食事を取っていると、王都ルランから共に来た騎士がリリスに無言で会釈してきた。
本城では考えられないことだ。
プライドの高い騎士が頭を下げるなどあり得ない。
しかし旅の途中での戦いに、彼らも魔導師として認めてくれたのかもしれない。
この身の内にあるリリサレーンの手を借りたとしても、それは一つ目的への階段を上がったような気がした。
「どうした?」
「いえ」
リリスが、ガーラントに連れられ城の中を案内されてゆく。
昼食の前に、一通り見たいと希望したからだが、ガーラントもそれは同意して歩き出した。
この城は高台の、一方の面を崖の上にした場所に建っている。
本城と似たような作りだが、小さな山を切り崩して作るのが常だったのかもしれない。
正面を入るとそこが南の本館。一番大きな、主に客をもてなすことに重視を置いた城だ。
客はここでもてなされ、歓待され、時には隣国との商談も取り持つ。
それを過ぎて左右の庭園を眺め中央の回廊を進むと、城主である領主が居城する北の館に続く。
執務や会議は主にここで執り行われる。
そして庭園の奥の両端は塔。
崖に面した東の塔には主に魔導師が住まい、西の塔は北の館と一部が繋がり、物見と戦略を図る会議の間などがあった。
一番最初に案内された庭園には、花が咲き乱れた中に大きな穴が開き、美しい羽根のある女性像の彫刻は首が落ちて羽根がもがれていた。
つる薔薇は踏み荒らされ、激しい戦いのあとが見て取れる。
リリスが息を飲み言葉を失う。
城内はあちらこちらでそういった戦いのあとが見られ、兵たちはひどく緊張して用心深い。
援軍が本城を出た頃から、頻繁に得体の知れない魔物が現れ始めたというのだ。
先日聞いた、ガルシアの言葉が思い出され、この城の置かれた現状はかなり危ういのだと容易に想像できた。
「私もここまで内部への攻撃が激しいとは思わなかった。すでに戦いで兵が8人、魔導師が2人亡くなったそうだ。」
「えっ?魔導師の方は1人、御病気でとお聞きしましたが……」
「さあな、リリス殿には知らされなかったのか……さて。
ただ最初の方は胸を押さえ、急死されたと聞く。
しかしそれも、本当に病死であったのかは不明だ。」
「ああ、それは本当に残念です。
なんでも守りを司っていらしたとか。私も結界ははれますが、ここまで大きなお城だと広範囲には無理です。」
「……そうか……」
ガーラントは何か口惜しそうな表情をして、また歩き出す。
リリスは無言で付いていったが、回廊で少し疲れた顔で問いかけた。
「次はどちらへ?行かれるのでしょうか?」
肩に留まるヨーコが、心配そうに覗き込む。
できるだけ不審に思われぬよう口を閉ざしていたが、ヨーコもたまらず叫んだ。
「リリスを、少し休ませて!」
バタバタ飛び立ち、ガーラントの顔を遮る。
煩わしそうにそれを手で払い、振り向くとリリスは確かに息を切らし具合が悪そうにしていた。
「ああ、気が回らず済まなかった。あと一カ所、是非見せておきたいんだが。
西の塔の上の方なのだ。
訳あって通路が閉じられ、下からしか行けないようになっている。
辛ければ私の背に乗るがよい、おぶってやろう。」
ガーラントが腰を下ろして背を向ける。
「えっ!と、とんでもありません!もう子供ではないのですから、私は大丈夫です、歩きます!」
驚いてシャンと歩き出す彼に、ガーラントがククッと笑う。
「きゃ」
突然突風が横から吹き、よろめいたリリスが座り込んだ。
「ああ……精霊に無理をするなと怒られました。私は本当に疲れているようです。
何故でしょう、もう日がたつというのに疲れがこんなに取れないのは初めてです。」
「そうだな、では明日にするか。」
「いいえ、現状を把握しておきたいので、どうかお連れ下さい。
城内の案内もかねてですから、これは必要なことでございましょう。」
「わかった。ではその一カ所を見て、それから食事に行こうか。」
「はい。」
「ではどうぞ。」
ガーラントがまた座ってリリスに背を向ける。
リリスは戸惑いながら、しかしおとなしく彼の背にもたれ、背負って貰った。
「わあ……なんて気持ちよいのでしょう。うふふ、うふふ……
今日はとってもステキな日です。」
「なんだ、大げさだな。このくらいで。」
「ええ、申し訳ありません……人の背に乗るなんて……もういつの事だったでしょう……」
うとうと、吸い込まれるように睡魔に襲われる。
暖かく、頼りがいのある背中。
父上がいたら、こんな感じなのかな……
最後に背負ってもらったのは、誰の背だったろう。
ああ、ザレルだったっけ、大きな大きな背中……
人に甘えてはならぬと、きつく言われ続けてきたけど……
私にも、こういう時間が許されても良いのでしょうか……母上様……
すれ違う女達が、頭を下げながらクスリと笑う。
回廊を過ぎて西の塔に入り、降ろそうかとガーラントが振り向くと、耳元に静かな寝息が聞こえた。
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振り向くと、一緒に王都から来た騎士のギルバがニヤニヤして後ろにいる。
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横にはまだ若い騎士がぺこりと頭を下げた。
「坊やはおねむかね?貴方も騎士のくせに、奴隷を背負うなど成り下がったもんだ。」
相変わらず嫌みを言って、リリスをチラリと見てはフンと息を吐く。
ガーラントがすました顔で、歩みを進めた。
「そう言えばギルバ殿は、お年に勝てずたいそうお疲れのご様子。
足腰立たぬと今までお休みであったとか。
お体はもうよろしいのか?」
ギルバがむうっと口を尖らせる。
「口の減らない奴だ、それが年長者に語ることか?
皆あの事件ですっかり疲れ果てていたが、今では剣の稽古も怠りない。
それにしても、何度見ても気味の悪いガキだ。
よくそんな奴を背負っていられるな、お主の神経を疑う。」
ガーラントが、大きなため息をついて無言で足を進める。
ギルバは戦いで気を失ったリリスを、率先して殺そうとした騎士だ。
ガーラントは迫る生き残りの騎士達を懸命に説得し、何とかその場を乗り切って意識のないリリスをレナントへと連れてきた。
「おい、無視するな失礼だろうが!」
ギルバが慌ててガーラントを追ってくる。
「先を急いでいるので失礼する。それにこの方はガキではない、魔導師のリリス殿だ。」
「ふん、指輪も持たぬ魔導師など魔導師ではない。
何が急いでだ、どうせ城の案内役だろう。寝てる相手に案内もないもんだ。」
「やれやれ、頭の固いお方だ。私が見せたいのは一室のみ。寝ていてもかまわん。」
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