赤い髪のリリス 戦いの風

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11、アトラーナの秘め事

92、入れ物

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小鳥がさえずり、頬にポタリと葉露が落ちる。
ふと、森の中で目を覚ましたメイスはゆっくりと身体を起こした。

ここは……どこだっけ?

身体からは、昨夜感じた燃えさかるような強烈な熱がすっかり消え去り、身体の芯から冷え切っている。
今まで簡単に火を操れたことがウソのように、リューズから与えられた力の片鱗も残っていない。
身体を抱きしめ、ブルリと震えてよろめきながら立ち上がった。

「リューズ様……」

辺りを見回しても、誰もいない。

「リューズ様!!」

自分はリューズの加護で城から逃げ出し、国境の森を飛んでいたはずだ。
何が起きたのか、いつ落ちたのか、記憶が定かではない。
まだトラン領内ではないかもしれない。
それでも、アトラーナ兵に見つかることさえ忘れて声の限り叫ぶ。
木の陰から、ふわりふわりといくつもの小さな光が漏れる。
見ると、何か小さな鳥のような、小人のような、形容しがたいものがこちらをおずおずとのぞき込んでいた。


『ハコダ ハコダヨ キレイダネ』

『コンナトコニ イレモノダヨ ハジメテミタヨ』


「な、なに?魔物?怖い、誰か!」

恐怖に後ろへよろめいて、木の根に足を取られ尻餅をついた。

「いたっ」

腕や足が痛み、額を押さえると血が流れている。
なぜか普通のことに、ホッとして心が落ち着いた。

「血が……腕を切られた時は、身体から火がこぼれたのに。」

目を見開き空を見上げ、大きく息を吸う。
落ち着くと共に、昨夜の様子がありありと思い出された。


セレスに負け、その場を一旦逃げようとして、それから……

城を出て、空を飛び一息にトランのリューズの元へ帰ろうとした自分の前に立ちふさがった物は……

あれは……大きな、赤い炎の固まり?

いや、違う。
あれは炎の……何か動物だった。


『あれを、頼ってはならぬ』


そう……確かに、あの炎に包まれた動物はそう言った。

そして、その口から吐き出される赤い炎。
それを浴びたとたん、意識を失いここに落ちたのだ。
手を広げ、手の平を、そして手の甲を見る。
袖をまくり上げ、くるくると回して探した。

トカゲの入れ墨が……無い。

焦って探し、服をめくって裂けた所を破り捨てた。

「無い、無い!あ、ああ、あああ!!」

服を脱ぎ捨て、身体中を探す。

無い、無い、無い!

背中は?背中は見えない!

「私の、私の火トカゲ!どこに行った?!出ておいで!
どこに行った?出てくるんだ!出てこい!」

身体は白く、荒れていた手は綺麗になっている。切られた腕は、肘から下が無くなっていた。
なにか違和感があるほどに、身体が空っぽになっているような、空虚な清々しさが気持ち悪い。
何か足りないような不安感が、更にパニックを助長した。

「これは?これは一体なんだ?違う、私の身体なのか?
何が変わった?
リューズ様!リューズ様!助けて下さい!リューズ様!」

叫ぶメイスの前に、ポッと青い炎が現れた。

「……あ、ああ……」

ホッとするメイスが、胸に手を当て請うように膝をつく。
やがてその炎は大きく広がり、顔の無い魔導士が現れた。

「リュ、リューズ様は?」

「オ前ハ失敗シタ。
りゅーず様ハ、オ怒リデアル。」

その言葉に、メイスの身体がサッと冷たくなった。
こんな所で、こんな状況で見捨てられたら、自分はまた物乞いをして生きなければならない。
また、あの地獄のような、虫のように追い払われながら寝る場所さえ探してさまよう日々を送るなら、いっそ崖から飛び降りた方がマシだ。

「お願い、お願いします。もう一度お力を!
どうかもう一度行かせて下さい。
今度は必ず使者を殺してきましょう!あの、地の巫子やリリスも殺します!」

必死ですがり、合わせるように片手を立てる。
しかしそれを煩わしく思ったか、顔の無い魔導師は手の杖で、メイスの身体を叩いて払った。

「どうか、どうかお許しを!あっ!ああっ!!」

何度も、何度も打ち据えられる。

「無様ナ薄汚レタがきヨ、我ニ触レルナ!
オ前、下僕ノ印ハイカガシタ。
アレヲ無クスハ裏切リノシルシ、りゅーず様ニハ御報告スル。ドコヘナリトモ消エヨ!」

「お願いします!
どうかリューズ様に会わせて下さい!
なんでも……なんでもやりますから!」

「ナンデモ……カ?」

顔の無い魔導師の声が、更に歪んで聞こえる。

「手ヲ出セ」

ハッと顔を上げると、魔導師がメイスに杖の先を向ける。

「下僕ノ証、我ガ主ノ名ノ下ニ」

メイスが恐る恐る出す手に、ベチャリと黒い泥の固まりのような物が、杖からどろりと注がれた。

「ひっ!」

「我ノ血ヲ飲メ、オ前ガ我ラニ忠誠ヲ誓ウトイウノナラ。」

手の黒くドロドロした物は、ゾロリとうごめき手首を這い上がる。
払い落としたくなる気持ち悪さに耐えながら、震える手を怖々と口元に寄せる。

イヤだ!イヤだ!誰か助けて!

「ククク、サア、飲ミ込メ!飲ンデ、我ニソノ身ヲ寄越セ!
ヨク見ルト、ナント美シイ入レ物カ!
早ク!早ク!早ク!ヨコセ!」

メイスがギュッと目を閉じ思い止まろうとしたとき、黒い固まりは意志を持ったようにメイスの口へと飛び込んで行く。

「あっ!うぐっ!

ひっ!……うぐあっ!ひいっ!!
いあああああっっ!!」

そして、慌てて吐き出す間もなく、それはまるで身体中を浸食していくがごとく暴れ回り、身体を内から食い尽くされているような激しい痛みにメイスは悲鳴を上げて転げ回った。

「りゅーず様ノ気ニ入リカ知ラヌガ、生意気ナ人間メ。
印ガ無ケレバ、りゅーず様ノ目モ届クマイ。
ソノ身体、私ノ物ニシテクレヨウ。」

次第に意識が遠のくメイスをのぞき込み、顔の無い魔導師がその白いローブを大きく広げる。
その中身は何もなく、ただ小さなトカゲから生えた、人の大きさの爬虫類のような手が杖を握っていた。

「りゅーず様ハ、我ラニ手シカ与エテ下サラヌ。
功績ヲ上ゲレバト言ウガ、モウ待テヌ。
オ前ノ身体ヲヨコセ!オオオ……何トイウ幸運、オ前がコノヨウニ美シイ入レ物トハ!」

声を上げ、姿のない魔導師のローブがメイスに覆い被さる。
そしてバサリと彼の身体にローブが落ち、杖が横に転がった。
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