その香り。その瞳。

京 みやこ

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(158)SIDE:奏太

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 僕を横抱きにした斗輝は、危なげない足取りで寝室へと向かう。

 これから眠るわけではないので、遮光カーテンは大きく開けられている。

 そのため、照明を付けなくても、レースカーテン越しの日差しによって、寝室内は適度に明るい。

 大きなベッドの中央に下ろされた僕の隣で彼が横になり、僕のことを優しく抱き寄せた。

 それからは、彼が言ったようにおしゃべりをしながら、時々キスをされたり、強く抱きしめられたりといった時間を過ごす。

 一糸まとわぬ姿で斗輝と一つに繋がる行為も彼の存在を感じることができるけれど、こうして穏やかにお互いの温もりを味わうもの、また格別な幸せだ。

 斗輝は僕の髪を撫でたり、キスをしてきながら、僕に料理を教えてくれそうな人に声を掛けてみると約束してくれた。

「よろしくお願いします。でも、僕は本当に素人だから、あまり本格的な人を紹介されても、きっと迷惑をかけてしまうかもしれません」

 苦笑を浮かべる僕の鼻先に、斗輝は優しくキスをする。

「俺なりに奏太の性格を把握しているから、心配しなくていい。第一候補は、俺の家のコックなんだが。長く調理場を仕切ってくれている人で、腕は確かだぞ」

 それを聞いて、僕は恐縮してしまう。

「で、ですが……、そのような人が、僕に料理を教えるなんて……。ありがたいですけど、失礼に当たりませんか?」

 僕は斗輝と付き合っているけれど、恋人になってから、まだ日も浅い。

 それに、畑が広がる地方出身で、お金には困っていないものの、裕福だと胸を張ることが難しい一般家庭だ。

 その僕が、そんな立派な人に料理を教えてもらえるなんて、考えていなかった。

 オズオズと問いかける僕に、斗輝が形のいい目を細める。

「失礼なことなど、あるものか。むしろ、大歓迎されるぞ。なにしろ、俺の心を射止めた奏太だからな」

 ニッコリと微笑みかけられ、僕はなんとなく居心地が悪い。



 僕が東京の大学に入ろうと思ったもの、斗輝に出逢ったのも、幸せな偶然が重なったに過ぎない。

 それだけのことなのに、大歓迎される理由が分からない。

 それと、斗輝が僕を好きになってくれたのも、偶然な出来事のうちの一つだ。

 斗輝の番になりたいと必死に努力してきた他のオメガさんたちから見たら、僕の今の立場は、ただただ、運がよかっただけだということになるだろう。

 そして、まだ僕と顔を会わせていない斗輝の関係者も、『運がいいだけの田舎者オメガ』という印象を抱いているのではないだろうか。



 斗輝の手前、皆、僕には親しみを持って接してくれると思う。

 だけど、心の中では、笑顔とは反対の表情を浮かべるかもしれない。

 そのことを考えると、ちょっとだけ怖気づいてしまう。



「……本当に、歓迎されますか?」

 そう問いかけてから、僕は失言に気付いた。

「あ、あの、ごめんなさい。えっと、別に、澤泉の家で働いている人たちを疑っているとか、そういうことじゃなくて……」

 会ったこともない上に、どういう人かも知らない相手を疑うなんて、僕は本当に失礼な人間だ。

 それは、斗輝に対しても失礼なことだろう。彼のことを信じていないということに繋がるのだから。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 繰り返し謝罪を述べていたら、彼が僕の唇をサッとキスで塞いだ。

 驚いてしまった僕が身じろぎすると、彼の右手が素早く僕の後頭部を押さえ込んできたため、僕と斗輝の唇がしっかりと重なった。

 おまけに、斗輝がのしかかるような体勢に変えたので、さらに唇同士の密着度が増す。

 僕はなにも言うことができず、大人しくしているしかなかった。







 やがて斗輝がゆっくりとキスを解き、微笑みを浮かべつつ、ジッと僕を見つめる。

「もう、謝ることはしないな?」

 穏やかな声で問われ、僕はコクンと頷き返した。

 すると、彼の右手が僕の髪を静かに撫でる。

「そもそも、奏太が謝ることはないんだがな」

 そう言ってポンポンと僕の頭を軽く叩いた彼は、さっきみたいに僕の隣にゴロリと横になった。

 改めて腕の中に僕を抱き込み、斗輝は僕のおでこにキスをする。

「一般家庭で育った奏太が、澤泉の名を持つ者だけではなく、そこで働く者たちに対しても緊張をするのは分からなくもない。だが、彼らは、奏太の味方になってくれると思うぞ」

「そうでしょうか? いえ、斗輝の言葉や、皆さんのことを信用していないということではないですけど……」

 つい返してしまった言葉に慌てて付け加えると、斗輝が笑みを深めた。

「顔を会わせていないのだから、心配してしまうのも仕方がないことだろう。だが、会ってみたら、その心配が杞憂だと分かるぞ。現に、買い物の際に護衛してくれた者たちや、ショッピングモールの洋食店で挨拶してくれた千堂は、奏太に好意的だったじゃないか」

 思い返してみると、彼の言う通りである。



 とはいえ、それは澤泉に関係している人たちのほんの一握りだ。

 たまたま、僕に優しい人たちと会っただけかもしれない。



 僕が小さく苦笑をしていると、斗輝がまた僕のおでこにキスをした。

「澤泉で働く者たちは、自分の仕事と立場にプライドを持っている。ああ、プライドと言っても、鼻持ちならない高慢さとは違う。自分たちが仕える主あるじやその家族が憂いなく過ごせることを、己の誇りとしているんだ。そういう者たちだから、父の番である母にも穏やかに接してくれている」

 彼のお母さんは僕と同じ立場のようなものだから、それを聞いて僕は少し安心できた。

 フフッと声を出さずに笑うと、斗輝は僕の髪をクシャリと掻き混ぜる。

「ウチで働く者たちすべての言動を把握しているわけではないから、全員が奏太にとって『いい人』だとは言い切れない部分がある。だが、澤泉の金欲しさに近付いてくる厄介なオメガを何人も見ているから、そういった者と奏太が違うのは、すぐに分かるはずだ」

 そして、斗輝が顔を寄せてきて、僕の唇をソッと啄む。

「素直で健気な奏太を見たら、皆、受け入れてくれるに決まっている。第一、偏った見方しかできない者を雇ってやるほど、澤泉は優しくない。仕事の能力の高さはもちろん、人柄も重要視しているからな」

 もう一度僕の唇を啄んだ彼は、フワリと目を細めた。

「だから、奏太はなにも心配しなくていい。料理を教わる人材だけではなく、他のことも。ただ、さっき言ったように、関係者すべてが奏太を受け入れるとは限らないから、その時は俺にきちんと知らせてくれ。その者がどういった意図を持っているのか、探る必要があるからな」

「分かりました。色々と、ありがとうございます」

 斗輝の話によって、安心感がさらに膨らんだ。

 フニャリと頬を緩めたら、頭にあった彼の右手が僕の左頬を包み込む。

「今のように、なんでも俺に言ってほしい。俺も、奏太に色々と話を聞いてほしいから、これはお互い様だ。遠慮しないでくれ」

「はい」

 僕は笑顔と共に大きく頷き返した。
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