その香り。その瞳。

京 みやこ

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(174)SIDE:奏太

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 学食を出たところで、斗輝は改めて僕に告げる。

「本社での用事は、二時間程度で終わるはずだ。必ず、俺の迎えを待っているんだぞ」

「分かってます。浅見さんにわがまま言って、電車で帰ったりしませんから」

 そう答える僕の髪を、彼の大きな手がクシャリと掻き混ぜた。

「では、行ってくる」

「いってらっしゃい」

 斗輝は名残惜しそうに僕の髪から手を放し、清水先輩と一緒に歩いて行った。

「では、奏太君。俺たちも行きましょう」

 浅見さんに促され、次の講義が行われる教室まで並んで歩く。



――さっきよりも、見られているなぁ。



 僕に向けられる視線の数が、昼休み前よりも増えた。

 それも、そうだろう。

 お弁当を食べている間、あれだけ斗輝と密着していたし、アルファの先輩たちと親しくさせてもらったのだ。

 僕に興味を持つ人が増えるのも仕方がない。

 また、周囲の人たちの思惑がどういうものなのか見極めるためにも、仕方がなかったことだ。

 それが分かっているから、僕はただ苦笑を零すだけ。

 浅見さんは穏やかな微笑みを浮かべつつも、警戒を怠らない。

 鈍い僕でさえも、彼の視線が油断なく辺りを探っているのを感じる。

 そのことに戸惑いを覚えるものの、恐怖心は薄い。

 別に、僕がこの状況を楽観的に捉えているということではない。

 浅見さんが僕をしっかり守ってくれているし、河原先輩や海野先輩という強力な見方を得たということもあり、恐怖でがんじがらめにならずに済んでいるのだ。

 講義が始まっても、相変わらず僕に向けられる視線は多かった。

 でも、そんなことを気にしている場合ではない。

 地元から遠く離れたこの大学に送り出してくれた家族のためにも、僕はしっかりと勉強しなくては。

 留年はもちろん、赤点を取ることも絶対に駄目だ。

 そのためには、しっかりと講義に集中するべきである。

 僕は気合を入れて、教授の話に耳を傾けていた。







 今日の講義がすべて終わり、僕たちはまた学食にいた。

 さっき斗輝から連絡が入り、急きょ打合せすることになってしまったとのことで、あと一時間はこちらに来られないということだ。

 だからといって浅見さんと帰るわけにはいかないから、学食で時間を潰すことにしたのである。

 それと、一週間振りにみっちり講義を受けたこと、たくさんの視線を向けられたことで、僕はちょっと疲れていたのだ。

 これは甘いものでも食べて、一息入れる必要がある。

 購買でカップ入りのバニラアイスを買った僕は、学食内の椅子に座って、さっそく冷たくて甘いアイスを味わっていた。

 浅見さんはアイスを食べていないものの、コーヒーを飲みながら一息入れている。

 昼食時ではないから、僕たちの周りにはほとんど人がいない。

 おかげで、ノンビリとアイスを食べる余裕がある。



――んー、美味しい。



 税込み百二十円のアイスは、食べ慣れた味で安心する。

 斗輝と一緒に食べる贅沢な食事はもちろん美味しいけれど、庶民としてこの年まで育ってきたから、舌が高級品に慣れていないのだ。



――そうだ。斗輝と駄菓子屋に行く約束をしたっけ。



 僕には馴染みのある味でも、超が付くほどの御曹司である彼にはどうだろうか。

 だけど、斗輝自身が食べたいと願っているので、それを僕が退けてしまうのは可愛そうなのかもしれない。



――舌が真っ赤になるイチゴ飴とか、やたらと甘い風船ガムとか、どんな顔で食べるのかな?



 それを想像すると、つい笑ってしまう。

「奏太君、なんだか楽しそうですね」

 昼休みの時とは違い、僕の向かい側に座っている浅見さんが声をかけてきた。

 僕が今しがた考えていたことを話すと、浅見さんの目が柔らかく弧を描く。

「斗輝様は駄菓子を召し上がったことがないでしょうから、どのような反応をされるのか楽しみですね。駄菓子特有の甘さは、なかなか強烈ですし」

 浅見さんはアルファではあるものの、一般家庭で育ってきたので、駄菓子の味は知っているとのことだ。

「確かに、独特な甘さですよね。だから、澤泉の御曹司に、駄菓子を食べさせてもいいのかなって。もしかしたら、誰かに反対されそうな気もしますけど。斗輝の健康を考えて料理を作ってくれている人たちからすると、本当は駄目なのかと思って」

 いくら斗輝自身が食べたいと望んでも、砂糖や着色料がそれなりに使われて駄菓子は体に悪いと心配されそうだ。

 僕の言葉に、浅見さん優しく答えてくれる。

「きちんと販売されているものですから、食べることは問題ありませんよ。斗輝様はそれほど甘いものがお好きではないので、食べ過ぎることもないでしょう」

「そうですよね。斗輝は小さな子供じゃないですし、僕が心配しすぎでしたね」

 ヘヘッと笑った僕は、木製の平たいスプーンで掬ったアイスを口に運ぶ。

 そんな僕を浅見さんが穏やかな笑顔で見つめる。

「今日一日、奏太君と接して、斗輝様と本当によくお似合いだと実感しました」

「え?」

 もう一口アイスを食べようとしたところでそんなことを言われ、僕は手を止めて正面に視線を向けた。

 軽く首を傾げる僕へと、浅見さんはさらに話しかける。

「斗輝様とお近付きになりたいと考える方たちは、見た目が豪華で値の張る物を斗輝様に贈ろうとなさっていました。そのような物では、斗輝様が喜ばないとも考えずに」

「まぁ、そうですよね。澤泉より財力がある家は、日本にはそうそうないですし。大抵のものなら、斗輝はすでに持っているでしょうしね」

 斗輝を満足させるほど質も値段も高い品を手に入れるなんて、簡単なことではないだろう。

 僕の言葉に、浅見さんがユルリと首を横に振った。

「いえ、そういうことではないんですよ。金額や珍しさは、関係ありません。どれだけ斗輝様のことを思っているのかという点が重要ですから。そういった肝心なことが分からないから斗輝様に見向きもされないのだと、どうしていまだに理解されないのでしょうかねぇ」

 最後のほうは、ため息まじりになっていた。

 僕は以前に斗輝から聞いた話を思い出す。



『そのような者たちは、俺自身ではなく、澤泉が持つ権力や財力が欲しいだけだ』



 そう告げる彼の顔は、どこか寂しそうだったのだ。

 もうそんな顔を見たくないと思うものの、僕が斗輝を喜ばせるにはどうしたらいいのか、いまいち分かっていない。

 それを浅見さんに話すと、クスッと小さく笑われた。

「奏太君が悩むことはないですよ。なにしろ、自然にそういったことができていますからね。だからこそ、斗輝様が奏太君を選んだのですよ」

「はぁ……」

 浅見さんの言われたことが僕にはピンと来なくて、気の抜けた一言を返したら、浅見さんはまたクスッと笑った。

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