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(181)SIDE:奏太
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それからも、斗輝が手にしている機械から、式部さんの話し声が流れ続けた。
チノパンのボタンに仕込まれた盗聴器は、こんなに小さいのに性能が抜群に素晴らしい。声がはっきりと録音されていて、途切れることもなかった。
『こっちはそれなりに危険を冒して、君を攫ったんだよ。頼まれたからって、あっさり解放するわけないでしょ。田舎者って、単純だなぁ』
そこで、斗輝が機械を止めた。
「ここにははっきりと、奏太を攫ったというお前の発言が残っている。奏太と助けようとしていたなどと、よくもまぁ、抜け抜けと」
「い、いえ、あの……、それは、誤解で……」
ここにきても、式部さんは媚びた視線を斗輝に向け、なんとか言い逃れしようとしている。
とはいえ、誰が聞いても式部さんだと分かる声が、『こっちはそれなりに危険を冒して、君を攫ったんだよ』と言っていたのだ。
どうしたって、誤魔化せるはずがなかった。
「なにが誤解だ? 録音されたものがお前の声ではないと言うのなら、すぐにでも声紋分析にかけてもいいんだが」
斗輝がそう告げると、式部さんが顔を歪め、悔しそうに下唇を噛む。
そんな彼に、斗輝がよりいっそう鋭さを増した声をぶつける。
「奏太を誘拐しただけでも腹立たしいのに、お前はそこに転がっているアルファたちを使って奏太を襲うつもりだったらしいな。実際にはそうならなかったが、その計画を立てただけでも許しがたい。澤泉を敵に回した恐ろしさを、己の身を持って知るがいい!」
斗輝がそう言い放ったと同時に、式部さんを押さえつけていた護衛官が強引に彼を立たせた。
観念したのか、式部さんは暴れることもなく、喚くこともなく、斗輝に媚を売ることもない。
そのまま、アルファたちと一緒に、この部屋から連れ出されていった。
部屋に残っているのは、僕と斗輝、清水先輩、浅見さん、深沢さん、そして、篠岡二葉先生だった。
「念のために、奏太を診てもらえないか」
斗輝が声をかけると、よくある黒い診察バッグを持った二葉先生がこちらにやってくる。
いつもニコニコと穏やかな微笑みを浮かべているのに、今の先生はどこか泣きそうな顔をしていた。
「奏太君、大丈夫だったかい?」
先生に問われ、コクンと頷き返した。
「はい。特には、問題ないかと」
「トイレで攫われた時、薬品を嗅がされた?」
「そうですね」
「どんな匂いだった?」
「ええと……」
僕はあの時の状況を思い出し、先生に問われるままに答えていく。
そのあとは、ほんの少し赤くなってしまった手首を消毒してもらった。
「今の奏太君は体調におかしな点はないし、話からしても、それほど深刻なものではなさそうだね。薬品の後遺症も出ないはずだし、精密検査を受ける必要はないんじゃないかな。とにかく、ゆっくり休んで」
それを聞いて、僕以上に斗輝がホッとした表情を浮かべる。
次いで、手当された僕の手首に触れてきた。優しい手つきで、何度も何度も撫でてくる。
斗輝の態度に、二葉先生がクスッと笑う。
「こっちは怪我の具合を診ただけだというのに、わざわざ『消毒』するかねぇ」
「診察だとしても、奏太に触れてほしくないからな」
その言葉に、先生がまたクスッと笑った。
「はいはい、その気持ちはよく分かるなぁ。アルファって、そういう気質だし」
ヒョイと肩をすくめた先生は、横から僕の顔を覗き込む。
「奏太君、よく頑張ったね。今度ご褒美に、飛び切り美味しいチョコレートケーキをごちそうするから」
先生は診察バッグを持ち、ヒラリと手を振って部屋から出て行った。
「斗輝様、そろそろ移動いたしませんか。奏太様を落ち着ける場所に移動させたほうがよろしいかと」
清水先輩の声に、斗輝が頷く。
「そうだな」
短く答え、彼は椅子に座っている僕を軽々と横抱きにした。
普段なら人前でこんなことをされると、恥ずかしさのあまりに大騒ぎする僕だけど、今は斗輝のぬくもりがありがたかった。
覚悟していたとはいえ、誘拐されたことはやっぱり怖かったから。
彼の肩口に顔を埋め、ゆっくりと息を吸い込む。
――この香り、好きだなぁ。
基本的には彼が放つ香りは心臓がドキドキしたり、お腹の奥がムズムズしたりするけれど、ほんのりと感じる甘い香りに、心が徐々に凪いでいく。
斗輝に抱き付いたら、彼は僕の髪にキスを落としたのち、静かに歩き出した。
そのあとに、皆がついてくる。
部屋を出た瞬間、前に深沢さん、後ろに浅見さん、左隣に清水先輩という並びになった。
きっと、辺りを警戒してしてのことだろう。
当初の目的であった式部さんをうまく炙り出せたものの、まだまだ油断はできないらしい。
無意識のうちに、僕の体が強張る。
次の瞬間、斗輝がギュウッと僕を抱き締めてきた。
「奏太、もう大丈夫だ」
彼の声に、僕の体からフッと力が抜ける。
――うん、そうだよね。
式部さんたちは澤泉の護衛官に連れていかれ、深沢さんと浅見さんと清水さんが僕たちを守ってくれている。
なにより、世界で一番安心できる斗輝の腕の中にいるのだ。怖いことなんて、もうなにもない。
このあと、状況説明の場が控えているけれど、とりあえずという形ながらも、僕の誘拐事件は解決したのだった。
チノパンのボタンに仕込まれた盗聴器は、こんなに小さいのに性能が抜群に素晴らしい。声がはっきりと録音されていて、途切れることもなかった。
『こっちはそれなりに危険を冒して、君を攫ったんだよ。頼まれたからって、あっさり解放するわけないでしょ。田舎者って、単純だなぁ』
そこで、斗輝が機械を止めた。
「ここにははっきりと、奏太を攫ったというお前の発言が残っている。奏太と助けようとしていたなどと、よくもまぁ、抜け抜けと」
「い、いえ、あの……、それは、誤解で……」
ここにきても、式部さんは媚びた視線を斗輝に向け、なんとか言い逃れしようとしている。
とはいえ、誰が聞いても式部さんだと分かる声が、『こっちはそれなりに危険を冒して、君を攫ったんだよ』と言っていたのだ。
どうしたって、誤魔化せるはずがなかった。
「なにが誤解だ? 録音されたものがお前の声ではないと言うのなら、すぐにでも声紋分析にかけてもいいんだが」
斗輝がそう告げると、式部さんが顔を歪め、悔しそうに下唇を噛む。
そんな彼に、斗輝がよりいっそう鋭さを増した声をぶつける。
「奏太を誘拐しただけでも腹立たしいのに、お前はそこに転がっているアルファたちを使って奏太を襲うつもりだったらしいな。実際にはそうならなかったが、その計画を立てただけでも許しがたい。澤泉を敵に回した恐ろしさを、己の身を持って知るがいい!」
斗輝がそう言い放ったと同時に、式部さんを押さえつけていた護衛官が強引に彼を立たせた。
観念したのか、式部さんは暴れることもなく、喚くこともなく、斗輝に媚を売ることもない。
そのまま、アルファたちと一緒に、この部屋から連れ出されていった。
部屋に残っているのは、僕と斗輝、清水先輩、浅見さん、深沢さん、そして、篠岡二葉先生だった。
「念のために、奏太を診てもらえないか」
斗輝が声をかけると、よくある黒い診察バッグを持った二葉先生がこちらにやってくる。
いつもニコニコと穏やかな微笑みを浮かべているのに、今の先生はどこか泣きそうな顔をしていた。
「奏太君、大丈夫だったかい?」
先生に問われ、コクンと頷き返した。
「はい。特には、問題ないかと」
「トイレで攫われた時、薬品を嗅がされた?」
「そうですね」
「どんな匂いだった?」
「ええと……」
僕はあの時の状況を思い出し、先生に問われるままに答えていく。
そのあとは、ほんの少し赤くなってしまった手首を消毒してもらった。
「今の奏太君は体調におかしな点はないし、話からしても、それほど深刻なものではなさそうだね。薬品の後遺症も出ないはずだし、精密検査を受ける必要はないんじゃないかな。とにかく、ゆっくり休んで」
それを聞いて、僕以上に斗輝がホッとした表情を浮かべる。
次いで、手当された僕の手首に触れてきた。優しい手つきで、何度も何度も撫でてくる。
斗輝の態度に、二葉先生がクスッと笑う。
「こっちは怪我の具合を診ただけだというのに、わざわざ『消毒』するかねぇ」
「診察だとしても、奏太に触れてほしくないからな」
その言葉に、先生がまたクスッと笑った。
「はいはい、その気持ちはよく分かるなぁ。アルファって、そういう気質だし」
ヒョイと肩をすくめた先生は、横から僕の顔を覗き込む。
「奏太君、よく頑張ったね。今度ご褒美に、飛び切り美味しいチョコレートケーキをごちそうするから」
先生は診察バッグを持ち、ヒラリと手を振って部屋から出て行った。
「斗輝様、そろそろ移動いたしませんか。奏太様を落ち着ける場所に移動させたほうがよろしいかと」
清水先輩の声に、斗輝が頷く。
「そうだな」
短く答え、彼は椅子に座っている僕を軽々と横抱きにした。
普段なら人前でこんなことをされると、恥ずかしさのあまりに大騒ぎする僕だけど、今は斗輝のぬくもりがありがたかった。
覚悟していたとはいえ、誘拐されたことはやっぱり怖かったから。
彼の肩口に顔を埋め、ゆっくりと息を吸い込む。
――この香り、好きだなぁ。
基本的には彼が放つ香りは心臓がドキドキしたり、お腹の奥がムズムズしたりするけれど、ほんのりと感じる甘い香りに、心が徐々に凪いでいく。
斗輝に抱き付いたら、彼は僕の髪にキスを落としたのち、静かに歩き出した。
そのあとに、皆がついてくる。
部屋を出た瞬間、前に深沢さん、後ろに浅見さん、左隣に清水先輩という並びになった。
きっと、辺りを警戒してしてのことだろう。
当初の目的であった式部さんをうまく炙り出せたものの、まだまだ油断はできないらしい。
無意識のうちに、僕の体が強張る。
次の瞬間、斗輝がギュウッと僕を抱き締めてきた。
「奏太、もう大丈夫だ」
彼の声に、僕の体からフッと力が抜ける。
――うん、そうだよね。
式部さんたちは澤泉の護衛官に連れていかれ、深沢さんと浅見さんと清水さんが僕たちを守ってくれている。
なにより、世界で一番安心できる斗輝の腕の中にいるのだ。怖いことなんて、もうなにもない。
このあと、状況説明の場が控えているけれど、とりあえずという形ながらも、僕の誘拐事件は解決したのだった。
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