その香り。その瞳。

京 みやこ

文字の大きさ
35 / 200

(33)SIDE:奏太

しおりを挟む
 それから十五分ほどして、キッチンに向かった斗輝が戻ってきた。
 彼が手にしているトレイに乗せられている器から、湯気がユラユラと立ち上っている。
「コーンポタージュと、ホットサンドだ」
 ソファ前にあるローテーブルに、斗輝がトレイを置いた。
 僕が知っているコーンポタージュは、お湯で溶くインスタントタイプか、紙パック入りの鍋で温めるタイプ。そのどちらも結構好きで、よく食べている。
 しかし目の前にあるコーンポタージュは黄色味が強く、またトロリとしていて見るからに美味しそうだ。おまけにクルトンとドライパセリが散らされていて、とてもおしゃれだ。
 カップの横には、切れ目が綺麗なホットサンド。赤みのお肉は、牛だろうか。これはハムではなく、薄切りのステーキのようだ。
 スープにクルトンを浮かべたりステーキをパンに挟む発想を持ち合わせていない田舎者の僕は、見ただけで嬉しくなってしまう。
「わぁ、美味しそう!」
 思わず料理に目を奪われていたら、隣に腰を下ろした斗輝がクスッと笑った。
「喜んでもらえてよかった」
「ありがとうございます」
 すかさずお礼を言うと、彼が苦笑いを浮かべる。
「いや、作ったのは系列ホテルのコックで、手配したのは清水だ。俺はスープを温めたり、サンドイッチをトースターで焼いたくらいしかしていない」
 それでも、十分ではないだろうか。
 たくさんの人に傅(かしず)かれ、それこそ、なにもしなくても周りの人が動いてくれる立場にある彼が、僕のためにキッチンで作業してくれた。
 それだけでも、とんでもなく価値がある行為である。
 そう話をすると、斗輝は眩しいものを見るように目を細めた。
「そう言ってもらえると、嬉しいよ。だが、こんなことで礼を言われると、かえって照れくさいな」
 彼の笑顔に胸がときめいてしまい、僕は頬を火照らせながら小さく首を横に振る。
「斗輝が僕のために動いてくれたから、お礼を言うのは当然です」
 そう返すと、僕の左側から腕が伸びてきた。そして逞しい腕が僕の右肩を掴み、グイッと引き寄せる。
 広い胸に凭れかかると、こめかみにキスをされた。
「本当に、奏太は可愛いな」
 特別なこと言っていないし、してもいない。
 それなのに可愛いと言われて、僕のほうこそ照れくさくなる。
 体に巻き付けている上掛けを握ったり放したりしながら、ふと、あることに気が付いた。
「あの、食事の支度って、お手伝いさんがするのでは? それか、清水先輩に任せたりしなかったんですか?」
 大した手間ではなかったとしても、澤泉家の人間がキッチンに立つこと自体がありえないのだ。
 たとえ斗輝が家事万能人間だとしても、彼の立場や周囲の者が、それを許さないはず。
 そう問いかけると、またしてもこめかみにキスをされた。
「発情期が終わっていない奏太がここにいるんだから、俺以外の者を入れる訳にはいかないだろう」
「そうは言っても、このリビングとキッチンは扉で仕切られているので、僕の姿は見えないはずですけど」
 すると、肩に回されている腕に力が込められる。
「リビングだけではなく、この家に俺以外の誰かがいること自体が許せないんだ。初日に清水がここであれこれ動いてくれたことは、非常事態ということでギリギリ許容範囲だが」
 どうやら、片腕である清水先輩ですら、今の僕には近付けたくないらしい。
 なんでもないように言いながらも、その独占欲の深さに、またしても照れくささがこみ上げる。
 俯いてモジモジしていたら、つむじにキスが落された。
「とにかく、飯にしよう。冷めたら、味が落ちる」
「はい、いただきます」
 僕は上掛けの合わせ目から右手を出し、スープカップへと伸ばす。
 ところが、僕の手がカップに触れる前に、斗輝の左手がカップを持ち上げた。
 長い指を取っ手に掛け、僕の口元へと差し出してくる。
「へ?」
 驚いてカップと斗輝を交互に見遣っていると、切れ長の目がユルリと細くなった。
「たぶん、今の奏太はカップも持てないと思うぞ」
「そ、そんなはずは……」
 ポタージュが八文目まで注がれているカップは陶器製だが、持てないほど重いというはずはないだろう。
 二、三歳の子供ならともかく、僕は大学一年生だ。普段だって、マグカップくらい片手で持つくらい余裕なのだ。
「なら、試しに持ってみるか?」
 そう促され、僕はふたたび右手をカップへと伸ばした。
 斗輝が少し向きを変えてくれたので、取っ手に指を引っかけてみる。
「いいか、放すぞ」
 僕が頷くと、彼の指がスッと取っ手から離れた。
 その瞬間、マグカップが重力に従って下降する。
「あっ」
 しかし、僕が声を出すよりも早く、斗輝の手がカップを鷲掴みにした。
「だから言っただろう」
 クスクスと笑いながら、彼は改めて取っ手に指を掛ける。
「このカップ、なにでできているんですか? 陶器だったら、こんなに重くないですよね?」
 まだ地元にいた頃、兄たち二人が体を鍛えるために色々なものを買い込んでいた。
 ダンベルやエキスパンダーはもちろんのこと、手首や足首に巻き付けるベルト状の重りなどもあった。
 日常生活でも鍛錬を怠らないためか、茶わんや箸などもやたらに重かったのである。そんな食器たちの中に、これと同じような重たいマグカップもあった。
 しかし、僕の腕力を鍛えてどうするつもりだろうか。
 首を捻りながら隣に視線を向けると、彼の苦笑が深まった。
「いや、これは普通のマグカップだ。今、奏太の腕力が極端に落ちているから、重く感じるんだよ」
「腕力が落ちてるって、それも発情期の症状ですか?」
 僕の問いかけに、斗輝の視線が僅かに泳ぐ。
「そうじゃなくて……、俺がさんざん奏太を抱き潰したから、それで、力が入らないだけだ」
 このカップが鉛内蔵タイプではなく、僕の腕が脱力しているだけと説明され、照れくささが倍増した。

――脱力している原因が恥ずかしすぎる!

 思わず俯いて悶絶していると、斗輝が改めて謝罪してくる。
「本当に済まない、ここまで自分の理性が吹っ飛ぶなんて思わなかった。いや、それは言い訳に過ぎないな。もっと、奏太を気遣ってやるべきだったのに……」
 顔を伏せたのは不貞腐れたか、怒ったからだと思ったらしく、彼の声は沈んでいた。
 全身が怠くなるほど彼に愛されたことは、僕にとって喜びでしかない。不機嫌になることも、腹を立てることでもないのだ。
 僕はいったん放してしまった手をふたたびカップへ伸ばし、取っ手を持つ彼の手に触れる。
「……斗輝にたくさん抱いてもらったこと、すごく嬉しいです。理性が飛ぶほど僕を欲しがってくれたことは、番として幸せなことですよ。だから、気にしないでください」
 体の力を完全に抜いて広い胸に凭れかかると、彼は僕のつむじに何度もキスを落としてきた。
「こんな不甲斐ない俺を許してくれるなんて、奏太は優しいな」
 気分が浮上した彼の様子に、僕はホッと息を吐く。
 そして、トントンと彼の手を叩いた。
「その美味しそうなスープ、飲ませてもらえませんか?」 
「ああ、任せろ」
 最後に音を立ててつむじにキスを落とした斗輝は、カップを僕の唇に宛がう。慎重に傾け、コーンスープを口内へと注ぎこんだ。
 少量ずつ注がれたことで、とろみの強いスープでも火傷しないで済む。
 コクリと一口嚥下した僕は、パッと笑顔を浮かべる。
「美味しいです!」
 斗輝に笑顔を向けると、凛々しい顔立ちがゆっくりと近付いてきて、僕の唇の端をペロリと舐めた。
「うん、美味いな。そのうち、このスープを作ったホテルのレストランで食事をしよう」
「……は、はい」 
 突然唇を舐められたことや嬉しそうな斗輝の顔に、僕の頬がスープよりも熱を持った。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...