その香り。その瞳。

京 みやこ

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(34)SIDE:奏太

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 本来なら世話をされる立場の斗輝に甲斐甲斐しく面倒を見てもらいながら、僕はおしゃれで美味しい食事を楽しむ。
 誰かの世話をするのが初めてだという彼だが、その手つきはなかなかのものだと思う。アルファということで、こういった部分も優秀なのだろうか。
 はじめは世話を焼かれることに申し訳なさを感じていたものの、斗輝がやたらと嬉しそうにスープやホットサンドを口元に運んでくる様子を見ているうちに、「斗輝が楽しんでいるなら、まぁ、いいか」という気分になってきた。
 この時の僕は完全に発情期から抜けた訳ではなかったので、アルファが甘やかしてくれることに喜びを感じていたのだろう。平常時であったら、彼に世話を焼かれるという状況を落ち着いて受け入れられないはずだ。
 僕が食べるペースに合わせ、斗輝がタイミングよく食べ物を運び、水を飲ませ、その合間にたくさんキスをしてくる。
 なにをされても嬉しくて、僕は微笑みながらモグモグと口を動かしていた。
「奏太が可愛すぎる。このまま、永遠に餌付けしたい」
 チラリと横に視線を向けたら、ほんのりと目元を赤く染めている斗輝の顔がある。
 ゴクンと口の中のものを呑み込んだ僕は、コテンと首を傾げた。
「餌付け?」
「ああ。俺の手から食事をする奏太は無防備で、それでいて俺のことを信頼してくれているのが伝わってくるから、本当に可愛いんだよ。いつまででも見ていられる」
 心底楽しそうな表情を浮かべている斗輝は、次のホットサンドへと手を伸ばした。
 それを僕の口元に運んできたのだが、入りそうにない。
「もう、食べられないです」
 特別小食という訳ではないのだが、スープをマグカップに一杯、ホットサンドを二切れ食べ終えた今は、かなりお腹がパンパンだ。
 初めての発情期のせいで体が驚いているのか、怠すぎて胃腸がうまく働いていないのか、それとも、芸術品のように美しい彼が間近で微笑んでいることで胸がときめいて苦しいのか、とにかく、これ以上は食べられそうになかった。
「ごちそう様です。すごく美味しかったです」
 ペコリと頭を下げたら、斗輝が少し寂しそうな表情を浮かべる。
「もっと奏太に食べさせたかったんだが……。無理をさせると体調を崩すだろうから、今はこのくらいにしておくか」
 そう呟いた彼は僕の唇にキスをしてから、ウェットティッシュで口元を拭ってくれた。
 そして自分の手も拭うと、ギュウッと僕を抱き締めてくる。
「発情期が終わった奏太は、俺の膝の上で大人しくしてくれないんだろうな。恥ずかしいとか、困るとか言って」
 お腹が膨れて落ち着いた僕は、ウトウトと舟をこぎ始める。だから、彼がなにを言ったのか、はっきり聞き取れなかった。
「斗輝?」
 シパシパと瞬きをしながら見上げたら、両瞼にキスを落とされる。
「発情期の間に世話を焼きまくったら、いくらかでも慣れてくるか? そうしたら、正気に戻っても大げさに恥ずかしがらないかもしれないな」
「……とき?」
 本格的に眠くなってきた僕は、舌っ足らずな声で彼を呼んだ。
 すると、もう一度両瞼にキスをされる。
「少し眠ったほうがいい。起きたら、風呂に入ろう」
「んー、おふろ?」
 半分ほど瞼を落とした状態で問い返すと、斗輝が切れ長の目を細めた。
「そうだ。とりあえず体は拭いたが、風呂に入ってさっぱりしたいだろ?」
 彼は僕の額にキスをしながら、片手で髪を優しく撫でてくる。
 長い指が髪を梳き、適度な力加減で指先が地肌の上を滑った。何度も繰り返されるその感触が心地よく、よりいっそう眠りに誘われてしまう。

――ごはん、よういしてもらったから、おさらくらいは、あらわなくちゃ……

 そう思っているのに、瞼がドンドン重くなってきた。
 頑張って起きようとするものの、もう目も開けられない。
「と、き……。ご、めんな、さい……」
「なにを謝っているんだ?」
「おさら……」
「ああ、俺が片付けておくから、気にしなくていい」
 クスッと笑った彼は、唇にキスをしてくる。
「でも……」
 起きられないくせに反論する僕の唇を斗輝は自身の唇で塞ぎ、おまけに舌をスルリと侵入させてきた。
 駄々っ子をあやすようにユルユルと舌を絡ませ、静かに口内を掻き混ぜる。
 頭を撫でる手の仕草も、しっとりと絡み付く舌の動きも、伝わってくる彼の体温も、とにかく優しくて安心できるものだった。
 最後にクチュリと小さな水音を立てて口内を掻き混ぜた舌が、ゆっくりと後退していく。
「おやすみ、奏太」
 蕩けるほどに甘い声に抗えず、僕はすうっと意識を手放した。



 ふとなにかの音が聞こえてきて、僕は眠りの淵に沈んでいた意識を浮上させる。
 カタカタカタ、パサリ。カタカタ、パサリ、パサリ。
 不規則に繰り返されている小さく乾いた音の合間に、柔らかい「なにか」が時折唇を覆った。
 その「なにか」の感触は心地よく、離れてしまうと寂しさを覚えてしまう。
 追いかけるようにあご先を上げたら、すぐに「なにか」が戻ってきて、僕の唇に重なった。

――きもち、いい……。それに、なんか、うれしくなる…… 

 無意識のうちに微笑むと、「なにか」は唇を離れ、額に押し当てられる。
「奏太、起きたのか?」
 その声に誘われて、僕はソッと目を開けた。
 至近距離に斗輝の顔があって、僕の目を覗き込んでいる。
「起こしてしまってすまない。奏太の寝顔があまりに可愛いから、我慢できずにキスをしてしまった」
「……え?」
 寝起きの僕はポヤンとした表情で整った顔を眺めていると、チュッと音を立てて唇が啄まれた。
 そして、斗輝がフワリと微笑む。
 綺麗な笑顔に照れていたら、また啄むようにキスをされた。
 そのキスがやたらと気恥ずかしくて、顔を隠すようにガバリと俯く。
 すると、肌触りのいい布地が頬に当たった。それは、斗輝が纏っているバスローブだった。
 僕が眠る前まで、彼は黒のボクサーブリーフ一枚という姿だった。
 いつの間に着替えたのかという疑問と同時に、どうして自分はベッドに寝ていないのかという疑問も湧き上がる。
 伏せていた顔を上げて辺りを見回すと、そこは食事をしたリビングだった。
 彼の膝の上に横向きで座り、左腕で背中を支えてもらっている体勢も変わっていない。あと、僕が裸で毛布にくるまっているのも変わっていなかった。 
 変わっていたのは彼の服装と、目の前にあるローテーブルに何枚もの書類とノートパソコンが置かれていることだった。
 ローテーブルに視線を向けたら、「うるさくして済まない、どうしても急ぎの仕事があってな」と謝られる。
「奏太がいきなり発情期に入ったから、仕事がうまく調整できなかったんだ。ほとんどの仕事は他の者に回したんだが、それでもいくつかの案件は早急に俺が片付けなくてはならなかったんだよ」
 そう言って、斗輝は右手に持っていた書類を置き、両腕で僕を抱き締めてきた。
「次の発情期には、きっちり調整しておくから」
 許しを請うようにギュウッと抱きついてくる彼に対し、僕は首を横に振る。
「いえ、目が覚めたのは喉が渇いたからなので。でも、お仕事があるなら、僕をベッドで寝かせておいたらよかったのに」 
 左腕で僕を抱きながら右手での作業は、相当やりにくかっただろう。
 それとも、寝ぼけた僕が斗輝に『放さないで』とわがままを言ったのだろうか。
 ジッと彼の顔を見つめていると、凛々しい眉がしょんぼりと下がった。。
「俺が、奏太を手放せなかったんだ。ほんの少しの時間でさえも、奏太と離れたくなかった。物音が奏太の眠りを妨げるとしても」
 それが、あの不自然な仕事風景だったというのか。
 どれほど時間が経ったのか分からないが、グッタリ力を抜いて眠る僕を左腕だけで支え続けた彼の逞しさに驚く。
 もちろん、これっぽっちも怒っていなくて、小さく苦笑を零した。
「僕はいったん眠ってしまうと、めったなことでは目を覚まさないんです。あの程度の音で起きてしまうほど、デリケートではないんですよ」
 あまりにしょげる斗輝が可愛くて、よしよしと頭を撫でてやった。
「それに……、僕と離れたくなかったって言ってもらえて、すごく嬉しいです」
 はにかみながら伝えると、彼は腕の力を強め、さらには僕の頬にキスをする。
「奏太は優しすぎる」
 そう言って、僕の顔中にキスを落とす斗輝だった。

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