誕生日にほしいものは

京 みやこ

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(6)これが運命の出会いってことかな

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 八年前のある日のことを、シリルはぼんやりと思い出す。

 その日も商談に出向く父についていき、馬車の中で待っていた。

 はじめのうちは大人しくしていたシリルだったが、子犬の鳴き声を耳にしたような気がした。

 馬車から顔を覗かせると、すぐそばにフワフワとした茶色の毛並みを持つ愛らしい子犬がいたのだ。

 その可愛さに、思わずシリルは馬車から降りてしまう。

 子犬はちょうどいい遊び相手が見つかったとばかりに、嬉しそうに吠えながら走り出した。

 シリルは子犬を追いかけ、時に追いかけられ、しばらくの間、子犬と戯れる。

 周りの景色など目に入らないほど、夢中になって一人と一匹は駆け回っていた。



 子犬を追いかけていたシリルの息が上がり、ふと足を止める。

 そこでやっと、自分は色とりどりの花が咲き誇る庭園に迷い込んでいたことに気付いたのだ。

 ここまで広大で手入れが行き届いている庭は、貴族の持ち物である。

 幼いシリルでも、そのくらいは理解できた。



 そして、ここからどうやって出たらいいのか分からないことも理解できた。



 遊び疲れた子犬は、シリルの足元で寝てしまった。

 道案内を頼むことはできないし、もとより、子犬に頼んだところで無意味だろう。

 辺りを見回しても、人の気配はない。

 それに、平民のシリルが勝手に庭に入ったことを知られたら、間違いなく騒ぎになる。

 この家の貴族が腹を立てて、父との取り引きをやめてしまうかもしれない。



――どうしよう、どうしよう。約束通り、馬車で待っていればよかった……。



 シリルの目に涙が浮かぶ。

 だが、必死にこらえた。

 同年代の子に比べて体が小さく背も低いシリルは、いつもからかわれていた。

 おまけに泣き虫だったため、よけいに周りからからかわれてしまうのだ。

 将来、凛々しくて立派な騎士になりたいと夢見ていたシリルは、絶対に泣かないと十歳の誕生日を迎えた時に己に誓ったのだが、その誓いが破られそうになっていた。



――どうしよう……。お父さん、お父さん……。



 心の中で父に呼び掛けていたその時、咲き誇るバラの茂みを避けるようにして誰かがやってきた。

「ティト、どこにいるの?」

 誰かがなにかに呼び掛けながら、こちらにやってくる。

 ハッとなって顔を上げたシリルの目に、自分よりも少し背が高い男の子の姿が映った。

 艶のある薄茶色の髪、新緑を思わせる澄んだ瞳、幼いながらも整った顔立ちの男の子だ。

 着ている服や上品なしぐさから、すぐに貴族の子供だと分かった。



――怒られる!



 シリルは上着の裾をギュッと握り締め、唇を噛み締める。

 そんなシリルに男の子は怒鳴ったり怖がったりすることはなく、それどころかいきなり抱きついてきたのだ。

「可愛い!」

「…………え?」

 シリルが呆気に取られてしまうのも無理はない。

 平民が許可なく敷地内にいた場合、このようなことにはならないのだ。 

 しきりに「え? え?」と繰り返すシリルを、美少年がなおもギュウギュウと抱き締める。

「泣くのを我慢している顔、すごく可愛いね。ああ、僕の心臓、ドキドキしてる。これが運命の出会いってことかな」

「え、えっと……」

 あまりにも予測不能な事態に、シリルの目に滲んでいた涙が引っ込んだ。



――怒られなくてよかったけど、でも、どういうこと?



 パチパチと瞬きを繰り返すシリルの顔を、美少年がジッと覗き込む。

「ねぇ、君、名前は? 何歳? どうして、ここにいるの?」

 混乱から抜け出せていないシリルは何度もつっかえながら、どうにか問いかけに答えた。

「そっか。君は父さんと商談している人の子供なんだね。抜け出したティトを連れ戻してくれて、どうもありがとう」

 ニッコリと笑う美少年に、シリルは小さく首を横に振って見せる。

「あ、あの……、連れ戻したっていうわけじゃ……。それより、勝手に入ったこと、怒らないの?」

 貴族に対して丁寧に話さなくてはならないと父に言われていたシリルだが、この時はそれどころではなかった。

 そして、そんなシリルの口調に、美少年はいっさい怒る様子もない。

 むしろ、ニコニコと笑って嬉しそうである。

「もとはと言えば、ティトから目を離した僕が悪いから。そろそろ商談も終わるだろうし、行こうか」

 美少年は戸惑っているシリルの手を取り、ゆっくりと歩き出す。

 子犬は飼い主の声を聞いたこともあってか、すっかり目を覚まし、二人の周りをぐるぐる回りながらついてくる。



 美少年に連れられたシリルは、無事に父親のもとへと案内された。

 また、この家の主人である貴族にも怒られなかった。美少年が丁寧に説明をしてくれたおかげである。

 幼いながらも恩を感じたシリルは、翌日、父と共にこの屋敷へとやってきた。

 あの美少年に改めて礼を言うためだ。

「昨日は、本当にありがとうございました」

 ペコリと頭を下げたシリルは、一番の宝物であるピカピカに磨いた薄緑色の石を差し出す。その色は、美少年の瞳の色によく似ていた。

 このようなものは、貴族の美少年にとってゴミかもしれないが、子供のシリルにできる一番のお礼だった。

「わぁ、綺麗! もらっていいの?」

 美少年は怪訝な顔をするどころか、輝くような笑顔を浮かべた。

 それに対してコクコクと頷いたシリルは、改めて石を差し出す。

 その小さな手を、僅かに大きな手が包み込む。

「ありがとう、大事にするね」

「い、いえ……、つまらないものですが……、受け取っていただけて、よかったです……」

 昨日と違い、シリルは丁寧な言葉で返すことができた。

 安堵しているシリルとは反対に、美少年はすねたように唇を尖らせる。

「その言葉使い、なんか嫌だな。昨日みたいにしゃべって」

 シリルは顔をこわばらせ、フルフルと首を横に振った。

「そ、それは……、できません……」

「えー、なんで? 僕は構わないよ」

 美少年の笑顔はとても明るいものでありながら、断ることを許さない表情だ。



――ど、どうしよう。



「あ、あの……」

 困ったシリルはうろうろと視線をさまよわせる。



 その時、割って入る声があった。



「エディフェルド、相手を困らせてはいけないぞ」

 やたら威厳のある男性にそう言われて、美少年の唇がさらに尖る。

「だって」

「だって、ではない」

「……はい」

 渋々といった感じで、美少年が頷く。シリルの手を強く握り締めたまま。

 それを見て、男性が呆れたようにため息を零す。

「いい加減、その手を放してあげなさい」

「いやだ」

 これまた、エディフェルドと呼ばれた美少年が即答した。

 ふたたび、男性がため息を零す。

「いやだ、ではない」

 静かな声だったが、やたらと迫力がある。

 ややあってから、美少年が渋々といった感じで口を開く。

「…………はい」

 整った顔に『不服』と大きく描いた美少年は、名残惜しそうにシリルの手を放したのだった。 

 

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