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(1)出会いは雨上がり

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 この高校に入って二ヶ月半が経った。つまり、今は梅雨の時期である。
 だけど最近の梅雨はシトシトと小雨が長い間降るような天気ではなく、短時間で強めに降った後に雨が上がる傾向が強い。
 今日もそうだ。
 午前中はどしゃ降りだったのに、お昼休みに入る頃にはすっかり晴れ上がっている。
 私 木野(きの)真知子(まちこ)は、急いでお弁当を食べた後、お気に入りの裏庭へと向かった。

 この学校は敷地内にたくさんの緑があって、今の時期は一段と草木の色が濃い。
 特に今から向かう裏庭は、噴水を囲むように大きな木がたくさん植えられていて、その光景は本当に圧巻なのだ。
 子供の頃、おばあちゃん家(ち)のそばにある裏山で泥だらけになって遊んでいた私は、こうして木や草に囲まれている環境が好きである。
 そんな私が一番大好きな場所が、校舎をグルッと回った西手にある裏庭だった。
 濡れた下草で足を滑らせないよう慎重に駆け通して辿り着いた裏庭は、降り注ぐ日差しが葉っぱに溜まった滴に反射して、辺り一面がキラキラと輝いていた。
「うわぁ‼」
 その様子がまるでファンタジー映画のワンシーンのようで、私は感激のあまり大きな声を出してしまう。
 おまけにテンションが上がりまくって、両腕を広げてその場でクルクルと回り始める。
「綺麗! 綺麗!」
 時折風に吹かれて落ちてくる滴が冷たいけれど、そんなことなど気にならないくらいに、私は生命力あふれる光景に感動していた。
 この春めでたく高校一年生になったというのに、まるで小さい子供のようなはしゃぎっぷりは、人様にはとてもじゃないが見せられない。
 だが、今ここにいるのは私一人だ。存分にはしゃいでもいいではないか。

 と思っていたところに、なぜか視線を感じた。

 ハッとして振り返ると、この裏庭の入口辺りに制服姿の男の人が立っていた。
 いきなり現れた人物に固まっていると、向こうはそれほど驚いた様子はない。それでも、なにも言うことなく、静かに立っている。
 しばし見つめ合う私たち。といっても、全然色っぽいとか甘い感じじゃなくて、単に私が呆然としていただけなんだけど。
 視線の先にいる人は、凄く背の高い人だった。百五十センチの私よりも、きっと頭二つは高いはず。
 でもヒョロヒョロではなくて、きっと筋肉はそれなりについていると思う。パッと見た感じは細いけれど、肩幅もしっかりある。
 それと印象的なのは、日差しが当たって艶々と輝いている黒髪。私はちょっと茶色の髪でフワフワ落ち着かないクセ毛なので、サラサラの黒髪に憧れを抱いている。その理想的な髪が、彼の頭にあった。
 そして次に目に飛び込んできたのは、その顔立ち。鼻筋が絶妙に通っていて、唇は薄いものの、形はいいかもしれない。
 中でも特徴的なのは、その目だった。
 奥二重なのか、すっきりした目はやや細く、目尻が上がっていて、やたら迫力がある。ただそこに立っているだけなのに、無言の美形とはなんとも表しがたい迫力があるのだ。
 特にひたすらこちらをまっすぐに見つめている今は、すさまじい圧力を感じた。
 私は上げていた腕をゆっくりと下ろし、ゴクリと息を呑む。

――もしかしなくても、あの人だよね?

 この迫力ある美形様は、先輩だった。
 入学して二ヶ月ほどの私でも、情報に疎い私でも、色恋沙汰に鈍感な私でも、あまりに有名な彼の事は知っていた。
 名前は鮫尾(さめお)帆白(ほしろ)さんで、二年生だ。つまり、一年先輩に当たる。
 彼のこの珍しい名前は、父親の強い思い入れによるものらしい。
 ヨットに乗ることが趣味だという彼の父親は、青い海原を走るヨットの白い帆をいたく気に入っているようで、それもあって息子に帆白と名付けたのだとか。
 これは、あらゆる情報に敏い友達の茜(あかね)ちゃんが教えてくれた。
 それにしても、学校でも一番と言っていいほど有名人の鮫尾先輩が、なぜ、ここにいるのだろうか。しかも、やたらと私を凝視している。
 異常な圧迫感に、息苦しさを感じる私。これ以上の重苦しい空気に耐え切れず、思い切って口を開いた。

――ここは先輩の縄張りですか? もしくは、これから決闘ですか?

 と言いそうになったのを、瞬時に堪えた。見た目が怖そうでも、先輩は不良ではないらしい。ただ、ケンカは負けなしとのこと。
 名前からして強そうだもんね。ホオジロザメって、魚類で一番凶悪だって聞いたことがあるよ。
先輩の名前と苗字をひっくり返してみると、『ほしろ さめお』になって、『ホオジロザメ』みたいになるでしょ。まさに、その名に恥じぬ腕っぷしの強さだとか。
 でも、自分からケンカを吹っ掛けることはないんだって。向こうから勝手にケンカを仕掛けてくるらしいんだ。先輩は普通の表情をしていても、あの目つきがケンカを売っているように見えるとか。 それって、ちょっと可哀想。
 いやいやいや、今はそんな事を考えている場合じゃなくて。
「あ、あの……。私、なにかご迷惑をお掛けしたでしょうか?」
 唇どころか足までガックガク震わせながら、鮫尾先輩に問いかけた。
すると、
「いや」
 と、一言返ってきた。
 そしてまた沈黙。もちろん、先輩は相変わらず私を凝視。

――えー、もう、なんなの!?

 意味の分からない状況にパニックになりかけたその時、スカートのポケットに入れていたスマートフォンがメールを着信した。
 タイミングがいいのか悪いのか、その着メロは『ジョー●のテーマ』。鮫が出てくる、世界的に有名なあの恐怖映画のテーマ曲だ
 ちなみに、二つ離れた兄からのメールを着信すると、この曲が流れるように設定してあった。

――なにも、こんな時にこの曲が流れなくても!

 状況にピッタリすぎる音楽に、私の額にはジワリと嫌な汗が滲む。
 しかし、この着信音のおかげで全身の硬直が解けた。

「わ、わた、私、用があるので、し、失礼します!」
 これ幸いとばかりに頭を下げ、私は先輩が立っていない反対側にある出入り口から全速力でその場を後にしたのだった。

 これが、私と鮫尾先輩の初めての遭遇である。



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