黒豹注意報

京 みやこ

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連載

●番外編:竹若と留美の出会い(竹若視点) 

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 入学式から三日が過ぎた。
 大学内の購買は、教科書を買い求める新入生達で賑わっている。
 私は周囲の女性たちからやたら熱い視線を寄せられる中、それに気を取られることもなく講義に必要な教科書や参考書を選んでいた。
 その時、よく後ろを確認せず振り返ったために誰かとぶつかってしまい、一冊の教科書を落としてしまった。
 それをぶつかってしまった女性が自分よりも素早く拾い上げて、こちらに渡してくれる。
「ありがとうございます。それから、こちらの不注意でぶつかってしまいまして、申し訳ありませんでした」
 ニコリと笑って、女性に礼と謝罪を述べた。
 すると、その女性がとたんに顔をしかめる。
 なぜ、彼女はそのような顔をするのだろうか。自分が口にした言葉に間違いはないはずだが。
 彼女の表情が気になり、つい『何か?』と訊き返してしまった。
 すると彼女は間髪入れずに、
「あなたの笑顔って胡散臭い」
 と言ったのだ。
 一瞬呆気に取られる。
 この容姿を自覚して以来、自分の笑顔に頬を赤らめなかった女性は居なかったといっても過言ではないくらいだ。
 本来であれば彼女の言動を不快に思うのが普通なのかもしれないが、正面きってはっきり告げられた事がむしろ小気味良い。
 そんな彼女の手元を見れば、一年生で必修科目となっている教科書があった。
 同じ学年ともなれば、親しくなりやすいかもしれない。
 自分の性格上、恋愛感情を積極的に抱くことはないが、彼女とは友人になりたいと思った。幼い頃からこれまで、同性相手にすら自分から友情を求めることなどなかったのに。 
 このような出会いがあっただけでも、ここの大学に進学した甲斐がある。

――もっと話がしてみたい。
 
 友情目的とはいえ、生まれて初めて自分から女性に声をかけた。
「お時間があるようでしたら、一緒にお茶でもいかがでしょうか?」
 自分のこの言葉に、周囲の女性が焦ったようにざわつく。入学式以来、女性達に囲まれる事が常であった私ではあるが、自ら女性に声をかけることなどなかったからだ。
 周りの反応には気にも留めず、失礼のないように紳士的な態度でそう誘ってみた。
 しかし。
「お断りよ。面倒ごとには巻き込まれたくないの」
 という、彼女の素っ気無い言葉にはもっとざわつきが大きくなった。
「どういうことでしょうか?」
 首を傾げて尋ねれば、彼女は呆れたように盛大なため息をつく。
「あなた、竹若君でしょ?大学中の女の子が、あなたのことで色めき立ってるわ。そんな相手と一緒にお茶?名前も知らない勘違いな馬鹿女にやっかまれるなんて、はっきり言って面倒以外の何物でもないわ」
 まさに吐き捨てるように告げられた。思い切り渋い顔をして。
 女性達はこぞってこの自分と過ごす時間を求めると言うのに、それを『面倒』という理由で断るとは。

――ますます面白い。

 だが、せっかく友達になれそうな人に迷惑をかけてしまうのは忍びないことだ。
「そうですか。お引止めして、申し訳ありませんでした」
 軽く頭を下げると、彼女は
「お茶なら、あなたの取り巻きと行けば?喜んでお供するでしょ」
 と言って、右手をヒラヒラと振りながら購買を出て行った。
彼女が姿を消すと、すぐさま自分の周りを数人の女性たちが取り囲む。
「何なの、あの人」
「竹若君の誘いを断るなんて、失礼な人ね」
「私ならこの後いくらでも時間あるわよ」
「あ、私も」
「ねぇ、竹若君。私と一緒に行こうよ」
 絡み付くように縋る態度で群がる女性たちに、即座に愛想笑いを浮かべる。
「いえ。実は、用事があったことを思い出しまして。この後、すぐ家に帰りませんと」
 先ほど出て行った女性とはまったく違い、明らかに残念だと言う顔を浮かべる彼女たちに頭を下げ、自分も購買を出て行った。
 


 自分を取り巻いていた彼女達に告げた、用事がある云々といったことは事実だ。
 だが、友人になれそうであったあの女性と親睦を深める為なら、簡単に踏み捨てられる程度の用事で、何が何でも優先しなければならないことでもなかった。
 そんなことを正直に言ったら、約束をおしつけてきた人物は盛大に落ち込むだろうが。
『入学祝に、好きなだけ奢ってやる!帰る時は連絡しろ』と、朝から息巻いていた兄に電話を掛けようと、人のいない静かな所にやってきた。
 鬱蒼と言うほどではないが、そこそこに葉を茂らせている木々の合間に、ちょっとした中庭のようなものがある。
 少し踏み入れば、ぽつんと置かれたベンチに腰をかけて何かの文庫本を読んでいる女性の存在に気がついた。
 それは、自分に対して『笑顔が胡散臭い』と言ってのけた彼女だった。
 こちらと余り関わりたくないと言う彼女の言葉を思い出し、気付かれる前にそっと立ち去ろうと向きを変えれば、静かに声をかけられた。
「竹若君、さっきはごめんなさいね。私、歯に衣着せぬ言い方しちゃうから」
 先ほどとは打って変わって、そこには吐き捨てるような口調は一切なく、普通に話しかけられたことに安堵して振り向く。
「いえ、お気になさらずに。ただ、あなたと友達になりたかったので、少し残念に思っただけですから」
 自分の正直な気持ちを告げれば、意外な答えが返ってきた。
「別に、友達になるのは構わないわよ」
 読んでいた本をパタンと閉じて膝の上に載せた彼女には笑顔こそなかったが、ごくごく普通の表情でそう口にする。
 思わず訊き返してしまった。
「本当ですか?」
 あんなにも自分を毛嫌いしたような顔は演技だったというのか?
 いや、あれはあれで、おそらく彼女の本心であったに違いない。
 ただ、自分に群がる女性達に『自分は無害だ』と知らしめるために、あえて大げさに表現したのだろう。
「でも、大学内で余り親しげにされると、ちょっと困るかな。理由はさっき言ったとおりよ。だから、過剰なほど嫌な顔をしてみせたの」
 予想通り、彼女の反応は狙いがあってのものだった。
「その点は気をつけます」
 友達になってもいいと言ってくれた相手に迷惑をかけるほど、自分は無作法な人間ではない。
 真剣な顔で頷けば、彼女はフッと笑う。
「ま、馬鹿女たちを蹴散らすのは面白いから、それほど深刻に考えなくても大丈夫よ。私、中村 留美」
「竹若 和馬です。よろしくお願いいたしします」

 こうして、中村君とのちょっと奇妙な友情が始まったのだった。



 それ以降、講義の後で中村君と食事をしたり、休みの日にはお互いが興味を持った映画を見に行ったりしている。
 それでも彼女との間に恋愛感情は芽生えない。
 いつだったか、何かの話の流れで、『自分には男としての魅力はないのか』と尋ねた事がある。
 まったく他意はなかった。ただ率直に疑問を抱いただけだった。
 一瞬きょとんとした表情になった中村君が軽く首を捻り、返してきたのが、
「竹若君のことは嫌いじゃないけど、異性としては見られないのよ。仲間と言うか、そんな感覚なの」
 という、中村君らしい答え。

“仲間” 

 その言葉は、私たちの関係を示すのに最も相応しいと思う。
 自分も秘かにそう感じていたからだ。
 そんな彼女を、どこか自分と通じるものを持っていると感じたのはいつからだろうか。
 もしかしたら、初めに言葉を交わした時からかもしれない。
 この人になら自分の本音を晒してもいいのだと、直感的に悟ったのだろう。
 もともと勘はいい方だったが、ここまで仲を深める関係になれるとは、正直あの時は思っていなかった。
 まぁ、結果よければ全て良し。
 自分の読みが多少外れたことも、別に悔しいと感じる事もない。
 しかし、自分のことを仲間と言ってくれる彼女に対して、気にかかる事があった。
 それは、私の回りにまとわり着く女性たちの存在。時折、私と中村君の仲を勘ぐって彼女に嫌がらせをしてくる女性たちがいたのだ。
 ところが、そんな相手に対していつでも容赦なく、毅然とした態度で向かってゆくので、こちらが申し訳ないと思う気持ちも次第になくなった。
 それに、そんな風に言いがかりを付けられたとしても、どこかその状況を楽しんでいる中村君なのだ。
 初めの頃は心配になったものだが、大学生活を半年過ごした頃には、そんな気がかりなど一切無くなっていた。 


 
 単なる通過点でしかないと考えていた大学生活を、頼もしい友人はそれなりに楽しいものへと変えてくれた。
 中村君は一切こちらに媚を売らず、全く色目も使わず、それどころか、時には粗雑とも言える口調で遠慮なく私の話に切り込んでくる。

 だが、彼女はけして冷たい人間ではない。
 さり気ない心配りで、何度も助けられた事がある。
 そんな女性は初めてで、本当に興味深い人間だ。

 そういった関係は、社会人となった今でも続いているのだった。

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