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第2章ダイジェスト(1)
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私、小向日葵(こひまり)ユウカは、これまで異性とお付き合いしたことがなくて、恋愛経験値は限りなくゼロに近かったの。
そんな私が、社長秘書である和馬さんと付き合うことになるなんて、まさに晴天の霹靂って感じだよね。
見た目も中身もお子様だし、色気より食い気だし。どうして私を恋人に選んでくれたのか不思議で堪らないけれど、和馬さんはいつだって私に優しい。
優しいけれど、それ以上に、不埒な言動が多くて困っていたりもする。
人目を気にせず甘いセリフを囁いてきたり、抱きしめてきたり。それが上司の社長の前であろうとお構いなしなんだよ!ちょっと……いや、かなり困るんだけど!
私、本当に恋愛ごとに慣れていないんだよ。だから、和馬さんの愛情表現にパニックを起こして、いつもギャーギャー騒いじゃうの。
そんな自分、本当はどうにかしたいと思っている。和馬さんは誰から見ても素敵な人で、物腰も優雅で、まさに“大人の男性”だから。
そんな彼と、どうやったら自然な恋人同士になれるのか、私には分からなかった。
それでも和馬さんは私に呆れることなく、無理に事を進めようとはしない人。
私の気持ちが和馬さんに追いつくまで待ってくれると、優しい微笑を添えて言ってくれたのだ。
だけど、だけどね!日々のスキンシップは相変らずでね!
まずは、和馬さんから衝撃以外の何物でもない告白をされて、一週間が経った日のこと。
モーニングコールで愛を囁かれるのは、まだ何とか堪えられる。その程度なら恥かしさで顔を真っ赤にすることはあっても、羞恥地獄に落ちることはない。
たださ、会社の廊下で堂々と抱きしめてきたりするのって、どうなの!?
おまけに『これは害虫駆除だ』とか、よく分からないことを言ってくるしさ。
とにかく、常識ある大人として、いくらこの会社が社内恋愛O.Kだとしても、節度のある行動を取るべきだ。
そして、上司に対する不穏な発言は控えるべきだ。
和馬さんは私と一緒に出勤したいと常に言っているのだが、社長第一秘書は冗談抜きで忙しく、勤務開始時間前に社長のお供で出かけることもしばしばあるのだ。
だから現状としては、一緒に会社に向かうことは難しい。
そんな状況に納得いかないという和馬さんは、
「いっそ社長を殺しますか。そうすれば、私の早朝出勤もなくなりますしね」
と、爽やかな笑顔で告げてきた。
なんて物騒な発言をする彼氏様だろうか。
それをたまたま通りかかった社長が耳にして、
「だったら、社長秘書を辞めるのが普通の考えだろ!?お前の身勝手な都合だけで、上司の俺を殺すな!」
と、血の気の失せた真っ青な顔で叫ぶのも仕方がない。
社長の言葉はもっともだ。私も人殺しはやめたほうがいいと思う。
ああ、一週間経った日のことの話だったよね。
そろそろお昼ご飯を食べようかなと思っていたら、総務部内が女性社員たちの小さな歓声でざわつき始めたんだよ。
覚えのある状況にゆっくりと振り返れば、案の定、総務部の入口には和馬さんが立っていたの。爽やかな笑みを湛えて。
とっさに逃げようと席を立つ私の行動よりも、長い足を存分に活かして歩み寄ってきた彼が私の腕を掴むほうが早かった。
「な、な、な、何でしょうか?」
私の腕を痛くない程度に、だけど絶対放さないとばかりにしっかりと掴んでいる和馬さんに恐る恐る尋ねてみる。
すると甘い声が降ってきた。
「私とユウカが付き合い始めて、今日で一週間目の記念日です。ですから、今日はユウカを目一杯愛したいと思います」
と、ニッコリと笑いながら、ふざけたことを言ってきたんだよ。
それで、私がどうしたかって?
そんなの決まってるでしょ。
……一目散に逃げ出してやったよ。
なのにさ、結局和馬さんに捕まっちゃってさ。おまけに同乗者のいないエレベーターの中で捕まっちゃったから、散々キスされてさ。
いくら人がいないからって、キスはまずいと思うんだけど!
会社内では自重してくれないかなぁ。はぁ……。
まぁ、他の社員はおろか、社長の前でも和馬さんは言動を控えない人だからなぁ。
二月に入ってすぐの頃、下刷りをした社内報を持って社長室に行ったときも、そうだったし。
寒さに弱い私が『すぐに手が冷たくなるから、冬場は困る』って言ったら、和馬さんが『自分は冬生まれで寒さに強い。だから、手が温かいんだ』とか言い出して、私の手を握ったんだよ。
別にさ、手を握るくらいは許すよ。自分の彼氏なんだし。
問題は社長がいる前で、勤務中に手を握ってきたこと。
さらに、
「おや、不満ですか?ああ、指だけではなく抱きしめて全身を温めて欲しいと言うことですね。では、早速」
って、綺麗な笑顔を浮かべてきたんだよ!
もう、おかしいでしょ、それ!
流石に手を握る以上は社長に咎めらたから、抱きしめられずに済んだけどね。ふう、やれやれ。
それから数日後。和馬さんの誕生日がやってきた。
彼の誕生日は二月十一日。休日でも仕事が入る社長秘書だけど、この日は和馬さんもお休み。
なので、一緒に外出、ええと、お出掛け、いや、その、デ、デ、デートをすることになっていた。改めて『デート』っていうのは照れる!
二月中旬の関東は寒さが抜けきらず、この日も晴れてはいても気温が上がらない予報だった。
寒さの苦手な私は、厚手の黒ストッキングと、膝丈のロングキュロットを選ぶ。
彼氏とのデートだったら、彼女としては、もう少し色っぽい格好をするべきなんだろうね。
私の中身が子供っぽいから、せめて外見だけでも大人っぽくしたいという気持ちは、あるにはあるんだよ。
だけど、スカートに薄手のストッキングにパンプスという大人の女性らしい服装は、私的にも気温的にも無理。
それにね、和馬さんは『あえて大人の女性らしい服装をする必要などないですよ。あなたがあなたらしい格好をする事が一番です。無理をして、背伸びをすることなどないのですよ』と言ってくれたのだ。
こういうところが優しいよね。
さてさて、デートはまず映画を観る事からスタート。
そこで、ちょっとだけトラブルが。トラブルっていうか、私の気持ちの問題なんだけどね。
さり気なく手を繋いできた和馬さんに大テレして騒いでしまい、そこで自分の情けなさを痛感したの。
私だって、和馬さんと手を繋いだりすることが嫌というのではないんだ。ただ、これまで異性と触れ合うという機会が全く無かったから、どうしていいのか分からないだけ。本当にそれだけなの。
だけど、“それだけのこと”が上手く乗り越えられなくて……。
思わず和馬さんに小さな声で『ごめんなさい』と言えば、
「いつも私はユウカに言っているでしょう、“ありのままのあなたでいるように”と」
優しい笑顔と共に言ってくれた。
和馬さんと付き合うようになってから、ずっと私は悩んでいたのだ。
これまで和馬さんが付き合ってきた彼女さんたちと比べられ、彼に『つまらない女』と思われたくなかったんだ。
でも、自分ではどうしたらいいのか、いつまで経っても解決策が見つからないの。
そんな葛藤がグルグルと付きまとっていたけれど、彼の仕草と言葉で私の心が、ほんの少しだけど軽くなったんだ。
ホント、素敵な彼氏でしょ。……映画の予定を取りやめて、二人きりになれる場所に行こうと言い出さなければね!
和馬さんは『私のペースで進めばいい』と言ってくれているけれど、私だって、このままじゃいけないって分かっているんだよ。
恋愛経験がないから、いわゆる“大人の恋人同士”な付き合いにはなかなか踏み込めない自分が情けなくってね。
こんな自分に和馬さんがいつかは呆れちゃうんじゃないかって、不安もあった。それで、この日はほんの少しだけど、勇気を出したんだ。
私は左側に座る和馬さんの様子をソッと伺って、スクリーンに目を向けて映画を見ている彼の右手に左手を伸ばした。
大きな彼の手の上に、ちょこんと乗っかる私の小さな手。
こんなこと、今時の中学生だったら余裕で出来ちゃうんだろうけど、私にはけっこう勇気がいることだったんだよ。
恥ずかしくて和馬さんの顔が見られないから、ずっと前を見ていたの。
そうしたら、和馬さんに抱き寄せられちゃって。
ちなみにね、和馬さんが予約してくれた席ってカップルシートだったんだよ。これって間に仕切りがないから、簡単に距離が狭められちゃうんだよね。
私としては静かに手を繋げるだけでよかったのに、肩を抱かれて、更にキスまでされちゃって。
おかげで映画どころじゃなかったよ。せっかく評判のいい映画を観に来たって言うのにさ。
もう、和馬さんとは絶対に映画を観るもんか!
あ、それでね。
和馬さんにプレゼントしたのは、シルバーの土台に小さなアメジストが埋め込まれたネクタイピンとカフス。
男の人に宝石がついたものをあげるのはおかしいかなと思ったけれど、散々悩んで探し回った先に見つけたこの品物は、一目で彼にぴったりだと思ったのだよね。
ちょっぴりお財布的には厳しかったけれど、和馬さんは本当に嬉しそうに喜んでくれたから、私も嬉しかったな。
そのあとの、
「恋人のユウカから貰ったのだと言って、いまだに淋しく片想い中の社長を思い切り悔しがらせましょう」
というセリフを聞いて、私はどんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまったんだけどね。
相変らず、社長って可哀想だ……。
更に時間が経って、二月十四日。
バレンタインがやってきた。人生初の手作り本命チョコを用意したよ!
日頃お世話になっている留美先輩にも用意したんだ。
それで、先輩に渡そうとしたときに先輩が和馬さんにそっくりのオーラを出してきてね。
「タンポポちゃん、聞かせてほしい事があるんだけどいいかしら?」
ニッコリと優しく笑う留美先輩だが、流石は和馬さんの友人と言う感じで、逆らる気がしなかったよ。類は友を呼ぶというのは、まさにこのことだ。
「な、な、な、何でしょうか?」
ビクビクと先輩を窺っていると、留美先輩は私の左薬指に嵌っている指輪に視線を落とした。
「この指輪、誰にもらったのかしら?私、まだ教えてもらってないのよねぇ」
先輩の容赦ない眼差しに、妙な緊張が走る。
「あの、その……」
「これが単なるファッションリングだったら、自分で買ったのかなとも考えられるけど。これ、明らかに婚約指輪よね?誰から貰ったのかとっくに見当付いてるし、訊くのも今更だろうなって思うのよ。でも、やっぱりタンポポちゃんから言ってほしくてずっと待っていたのに、ちっとも話してくれそうにないんだもの」
恨めしそうな視線に、私の視線が泳いだ。
「えと、えと……」
私と和馬さんが一緒にいるところを見て留美先輩は何も言ってこなかったから、なかなか報告できずに今日までズルズルと先延ばしになっちゃって……。
でも、この状況で言い逃れなんてできないから、
「……社長秘書の竹若和馬さんに貰いました」
顔を真っ赤にして俯きながら、私はポツリと呟く。
そんな私の様子に、留美先輩はやれやれといった風情で息を吐いた。
「でしょうね。これで違う人の名前が出てきたら、それはそれで面白かったんだけど」
先輩、面白いってなんですか!?
……と突っ込む前に、
「それにしても、いきなり婚約指輪って何なのよ?付き合って早々、独占欲出しすぎでしょう。……いいえ。竹若君なら、いきなり結婚指輪を用意してもおかしくないわ」
私の指輪を見ながら、ブツブツと呟く先輩。『類友の思考回路はここまで一致するのか!?』って驚いたね。
ドキドキとかビクビクとかしていたんだけど、そのあとふいに先輩がとっても優しい笑みを浮かべたの。
そして、
「タンポポちゃん、幸せになりなさい」
って言ってくれたんだ。すごく嬉しかったなぁ。
いい機会だから、頼りになって優しい留美先輩に私はずっと気になっていたことを訊くことにした。
「あのですね、総務部のみんなは、この指輪のことに気が付いていないんでしょうか?今まで、誰からも言われていないんです」
そうしたら先輩は、
「みんなしっかり気が付いているわ。タンポポちゃんが指輪を着けて出社した日、独身の女子社員たちは愕然としていたのよ。ただ、分かりきっているから訊かなかっただけ」
と告げたのだ。
まぁ、みんなが見ている前で連れ去ったら、どんな人でも分かるか。
なんて、顔を赤くしていたら、
「竹若君は整った顔立ちだから、ただ微笑むだけでうっとりするようなものだったけどね。今はその綺麗なところに加えて嬉しそうとか、幸せそうとか、そういう温かみのあるものが含まれているなって思うの。それって、タンポポちゃんと付き合うようになってからだもの」
そんな嬉しいことを教えてくれたの。
そっかぁ、和馬さんの笑顔はいい方向に変わったんだ。
その日は嬉しさもあってか、順調に仕事が進んで、あっという間に終業時間。
私は通勤バッグとチョコレートの入った紙袋を手に席を立ち、総務部のみんなに挨拶をして総務部を出る。
いつもは和馬さんが総務部まで迎えに来てくれるんだけど、たまには迎えに行くのもいいよね。
社長室から少し離れた廊下の角で、扉が開くのを大人しく待っている。
ここに来てから十分ほど過ぎたけど、彼からは一向に連絡がない。今日はよほど忙しいようだ。
ドキドキしているせいか、待っていてもそんなに寒さは感じなかったな。なんか、恋する乙女って感じだよね。
それからちょっとして、社長室から和馬さんが急いでいる様子で出てきた。
そして、廊下にいる私を見て黙り込んだ時には、けっこうショックだったなぁ。私、余計なことをしちゃったのかなって……。
だけど、違ったんだよね。どうやら和馬さんは感激して固まっていたみたい。ああ、ビックリした。
そのあと無事に和馬さんへチョコを渡したんだけど、そこでちょっと失敗しちゃってさ。
「喜んでもらえて、私も嬉しいです。じゃ、お疲れ様でした」
本日最大のミッションを無事にクリアしたことに安心して、意気揚々と社員通用口に向かって歩き出したの。
すると、
「どこに行くんですか?」
すぐさま呼び止められてね。
穏やかそうに見える和馬さんだが、目が笑っていない。
「どうして一緒に帰ろうとしないのですか?恋人の私を置いて、どうして一人で帰ろうとするのですか?」
なんとなく怒ったような表情で、真っ直ぐに私を見る和馬さん。
「……あ」
彼の言葉と表情に、私はとんでもない失敗をしたことにようやく気が付いたんだ。
恋愛経験がないということもあるけれど、もともと私はこういう感覚が鈍いのかもしれない。
チョコを渡したことに満足してしまって、和馬さんと帰ることなんて思いつかないなんて、自分が心底情けない。
なのに、和馬さんは私を責めることなく、ポンポンと私の頭を軽く叩く。
「では、帰りましょうか。今度は一緒にね」
私は大きく頷いた。
ハンバーグが美味しいと評判のお店に連れて行ってもらって、私のお腹は大満足。ご機嫌で、彼が運転する助手席に納まっていた。
でもね、和馬さんが優しくしてくれることに甘えて、私は彼に我慢ばかりさせているんじゃないかって気になってきちゃったんだ。
私に合わせてこんな“おままごと”みたいな恋愛、大人の和馬さんには物足りないんじゃないかって。
だけど、今の私には彼をベッドに誘う勇気なんてこれっぽっちもない。もうちょっと時間がほしかったの。
それでも、このままじゃ駄目だって思ったから。和馬さんの笑顔は私のことが好きだという想いに溢れているって、先輩が教えてくれたから。
ほんのちょっとだけ、勇気を出して和馬さんを自分の部屋に誘ったんだよ。
べ、別に、深い意味なんてなかったよ!ただ……、もう少し一緒にいたくて。
本当はこの程度じゃ駄目だって分かっているけど、それでも、今の私にはこれが精一杯だったの。
ドキドキしながら和馬さんの答えを待っていたら、優しい和馬さんは私の小さな頑張りを認めてくれたんだ。
それから部屋でおしゃべりをした。
そうそう、日本では女性から男性にチョコを渡すのが当たり前だけど、和馬さんは私にもチョコを用意してくれたんだ。
和馬さんが差し出した包みは、一度は食べてみたかった有名チョコレート店のラッピングが施されたもの。
でもさ、和馬さんがプレゼントしてくれたバレンタイン限定の高級チョコに比べたら、私が作ったチョコなんて申し訳ないよね。
それで、何かお礼をしたくて、『私に何かしてほしいことはありますか?』って訊いたの。
そうしたら、和馬さんは『名前で呼んでほしい』って言い出した。
心の中では『和馬さん』って呼んでいたけど、実はずっと、彼のことは「竹若さん」って呼びかけていたんだよね。
それが淋しかったみたい。
そりゃあ、そうだよね。いつまで経っても恋人から苗字で呼ばれるなんてさ。
お願いされるまで「竹若さん」って呼び続けた私にも罪悪感が芽生えて、思い切って『和馬さん』って呼んだら、それはそれは幸せそうに微笑んでくれたよ。
ああ、良かった。
……でも、その後が、ちょっと、ね。
私が食べているチョコをせっかくだから彼にも味見してもらおうと思ったんだけど、甘すぎるから食べられないって言われてさ。和馬さん、コーヒーに砂糖を入れない派だもんね。
そうしたら、ちょっと間が空いた後に『いい事を思いついた』なんて言い出して。
それで、何をしたと思う?和馬さんたらね、和馬さんたらね……!
私がチョコを夢中で食べていると、プレゼントしたほろ苦いトリュフを和馬さんが一口かじって、それで、それで……、私にキスをしてきたんだよ!
なんか、もう、ビックリだよね!そんな方法で甘さを中和するなんて!
だけどさ、いつのも私なら照れて暴れて嫌がって逃げ出すのに、この日は逃げなかったの。
もちろん恥かしかったよ。でも、少しは関係を進めたいって思っていたし、それにね、和馬さんにキスをされるのは嬉しかったから。
私だって、ちゃんと和馬さんが好きなんだもん。
ただ、言葉や行動でうまく示せないだけで。
頑張らなくちゃって分かってる。いつまでもキス程度で和馬さんを我慢させたらいけないって分かってる。
分かっているけど、どうしたらいいのかが分からない。
和馬さんが寒さに震える私を抱きしめて温めてくれた、あの日。
「愛しいユウカ。あなたのためなら、私は何だってしますし、何だって差し出しますよ。たとえ、この命でもね」
彼はこう言ってきたの。
穏やかな口調の中に秘められた決意を感じ取って、嬉しさとか恥ずかしさとか、色々な感情がゴチャゴチャになって、私は何も言えなくなった。
和馬さんの愛情表現はストレート過ぎて、恋人同士のやりとりに相変わらず慣れないでいる私にしてみれば戸惑うことばかり。
それでも、私のことを大切に想ってくれている彼の気持ちはしっかりと伝わってくる。
だけど、いつも考えちゃうんだ。
なんで和馬さんみたいに素敵な人が、何の取り柄もない私を好きになってくれたのかなって。
前に和馬さんは『笑顔に心を奪われた』言ってくれたけど、笑顔だけでこんなにも愛されるものなのかな。私の笑顔は宝物だと言ってもらえるほど、価値があるのかな。
和馬さんの愛情を疑っているんじゃないんだよ。ただ、彼に愛される資格が私にあるのかなって考えちゃうんだ。
私たちが並ぶと、周囲には兄と妹程度にしか見えないように思えて。恋人同士なのに、私の目にはそうは見えなくて。
そのことを一旦気にしてしまうと、どうしても頭の片隅から離れなくなってしまう。和馬さんを好きになればなるほど、鬱々とした考えが育ってしまう。
その考えが私の心の奥で小さな棘となって、ジクジクとした痛みを生んでいったの。
心の奥にある棘は、いつか消えるのかな?その棘が消えたら、私は和馬さんの恋人として自信が持てるのかな?
……私は、本当に和馬さんの隣にいていいの?
そんな私が、社長秘書である和馬さんと付き合うことになるなんて、まさに晴天の霹靂って感じだよね。
見た目も中身もお子様だし、色気より食い気だし。どうして私を恋人に選んでくれたのか不思議で堪らないけれど、和馬さんはいつだって私に優しい。
優しいけれど、それ以上に、不埒な言動が多くて困っていたりもする。
人目を気にせず甘いセリフを囁いてきたり、抱きしめてきたり。それが上司の社長の前であろうとお構いなしなんだよ!ちょっと……いや、かなり困るんだけど!
私、本当に恋愛ごとに慣れていないんだよ。だから、和馬さんの愛情表現にパニックを起こして、いつもギャーギャー騒いじゃうの。
そんな自分、本当はどうにかしたいと思っている。和馬さんは誰から見ても素敵な人で、物腰も優雅で、まさに“大人の男性”だから。
そんな彼と、どうやったら自然な恋人同士になれるのか、私には分からなかった。
それでも和馬さんは私に呆れることなく、無理に事を進めようとはしない人。
私の気持ちが和馬さんに追いつくまで待ってくれると、優しい微笑を添えて言ってくれたのだ。
だけど、だけどね!日々のスキンシップは相変らずでね!
まずは、和馬さんから衝撃以外の何物でもない告白をされて、一週間が経った日のこと。
モーニングコールで愛を囁かれるのは、まだ何とか堪えられる。その程度なら恥かしさで顔を真っ赤にすることはあっても、羞恥地獄に落ちることはない。
たださ、会社の廊下で堂々と抱きしめてきたりするのって、どうなの!?
おまけに『これは害虫駆除だ』とか、よく分からないことを言ってくるしさ。
とにかく、常識ある大人として、いくらこの会社が社内恋愛O.Kだとしても、節度のある行動を取るべきだ。
そして、上司に対する不穏な発言は控えるべきだ。
和馬さんは私と一緒に出勤したいと常に言っているのだが、社長第一秘書は冗談抜きで忙しく、勤務開始時間前に社長のお供で出かけることもしばしばあるのだ。
だから現状としては、一緒に会社に向かうことは難しい。
そんな状況に納得いかないという和馬さんは、
「いっそ社長を殺しますか。そうすれば、私の早朝出勤もなくなりますしね」
と、爽やかな笑顔で告げてきた。
なんて物騒な発言をする彼氏様だろうか。
それをたまたま通りかかった社長が耳にして、
「だったら、社長秘書を辞めるのが普通の考えだろ!?お前の身勝手な都合だけで、上司の俺を殺すな!」
と、血の気の失せた真っ青な顔で叫ぶのも仕方がない。
社長の言葉はもっともだ。私も人殺しはやめたほうがいいと思う。
ああ、一週間経った日のことの話だったよね。
そろそろお昼ご飯を食べようかなと思っていたら、総務部内が女性社員たちの小さな歓声でざわつき始めたんだよ。
覚えのある状況にゆっくりと振り返れば、案の定、総務部の入口には和馬さんが立っていたの。爽やかな笑みを湛えて。
とっさに逃げようと席を立つ私の行動よりも、長い足を存分に活かして歩み寄ってきた彼が私の腕を掴むほうが早かった。
「な、な、な、何でしょうか?」
私の腕を痛くない程度に、だけど絶対放さないとばかりにしっかりと掴んでいる和馬さんに恐る恐る尋ねてみる。
すると甘い声が降ってきた。
「私とユウカが付き合い始めて、今日で一週間目の記念日です。ですから、今日はユウカを目一杯愛したいと思います」
と、ニッコリと笑いながら、ふざけたことを言ってきたんだよ。
それで、私がどうしたかって?
そんなの決まってるでしょ。
……一目散に逃げ出してやったよ。
なのにさ、結局和馬さんに捕まっちゃってさ。おまけに同乗者のいないエレベーターの中で捕まっちゃったから、散々キスされてさ。
いくら人がいないからって、キスはまずいと思うんだけど!
会社内では自重してくれないかなぁ。はぁ……。
まぁ、他の社員はおろか、社長の前でも和馬さんは言動を控えない人だからなぁ。
二月に入ってすぐの頃、下刷りをした社内報を持って社長室に行ったときも、そうだったし。
寒さに弱い私が『すぐに手が冷たくなるから、冬場は困る』って言ったら、和馬さんが『自分は冬生まれで寒さに強い。だから、手が温かいんだ』とか言い出して、私の手を握ったんだよ。
別にさ、手を握るくらいは許すよ。自分の彼氏なんだし。
問題は社長がいる前で、勤務中に手を握ってきたこと。
さらに、
「おや、不満ですか?ああ、指だけではなく抱きしめて全身を温めて欲しいと言うことですね。では、早速」
って、綺麗な笑顔を浮かべてきたんだよ!
もう、おかしいでしょ、それ!
流石に手を握る以上は社長に咎めらたから、抱きしめられずに済んだけどね。ふう、やれやれ。
それから数日後。和馬さんの誕生日がやってきた。
彼の誕生日は二月十一日。休日でも仕事が入る社長秘書だけど、この日は和馬さんもお休み。
なので、一緒に外出、ええと、お出掛け、いや、その、デ、デ、デートをすることになっていた。改めて『デート』っていうのは照れる!
二月中旬の関東は寒さが抜けきらず、この日も晴れてはいても気温が上がらない予報だった。
寒さの苦手な私は、厚手の黒ストッキングと、膝丈のロングキュロットを選ぶ。
彼氏とのデートだったら、彼女としては、もう少し色っぽい格好をするべきなんだろうね。
私の中身が子供っぽいから、せめて外見だけでも大人っぽくしたいという気持ちは、あるにはあるんだよ。
だけど、スカートに薄手のストッキングにパンプスという大人の女性らしい服装は、私的にも気温的にも無理。
それにね、和馬さんは『あえて大人の女性らしい服装をする必要などないですよ。あなたがあなたらしい格好をする事が一番です。無理をして、背伸びをすることなどないのですよ』と言ってくれたのだ。
こういうところが優しいよね。
さてさて、デートはまず映画を観る事からスタート。
そこで、ちょっとだけトラブルが。トラブルっていうか、私の気持ちの問題なんだけどね。
さり気なく手を繋いできた和馬さんに大テレして騒いでしまい、そこで自分の情けなさを痛感したの。
私だって、和馬さんと手を繋いだりすることが嫌というのではないんだ。ただ、これまで異性と触れ合うという機会が全く無かったから、どうしていいのか分からないだけ。本当にそれだけなの。
だけど、“それだけのこと”が上手く乗り越えられなくて……。
思わず和馬さんに小さな声で『ごめんなさい』と言えば、
「いつも私はユウカに言っているでしょう、“ありのままのあなたでいるように”と」
優しい笑顔と共に言ってくれた。
和馬さんと付き合うようになってから、ずっと私は悩んでいたのだ。
これまで和馬さんが付き合ってきた彼女さんたちと比べられ、彼に『つまらない女』と思われたくなかったんだ。
でも、自分ではどうしたらいいのか、いつまで経っても解決策が見つからないの。
そんな葛藤がグルグルと付きまとっていたけれど、彼の仕草と言葉で私の心が、ほんの少しだけど軽くなったんだ。
ホント、素敵な彼氏でしょ。……映画の予定を取りやめて、二人きりになれる場所に行こうと言い出さなければね!
和馬さんは『私のペースで進めばいい』と言ってくれているけれど、私だって、このままじゃいけないって分かっているんだよ。
恋愛経験がないから、いわゆる“大人の恋人同士”な付き合いにはなかなか踏み込めない自分が情けなくってね。
こんな自分に和馬さんがいつかは呆れちゃうんじゃないかって、不安もあった。それで、この日はほんの少しだけど、勇気を出したんだ。
私は左側に座る和馬さんの様子をソッと伺って、スクリーンに目を向けて映画を見ている彼の右手に左手を伸ばした。
大きな彼の手の上に、ちょこんと乗っかる私の小さな手。
こんなこと、今時の中学生だったら余裕で出来ちゃうんだろうけど、私にはけっこう勇気がいることだったんだよ。
恥ずかしくて和馬さんの顔が見られないから、ずっと前を見ていたの。
そうしたら、和馬さんに抱き寄せられちゃって。
ちなみにね、和馬さんが予約してくれた席ってカップルシートだったんだよ。これって間に仕切りがないから、簡単に距離が狭められちゃうんだよね。
私としては静かに手を繋げるだけでよかったのに、肩を抱かれて、更にキスまでされちゃって。
おかげで映画どころじゃなかったよ。せっかく評判のいい映画を観に来たって言うのにさ。
もう、和馬さんとは絶対に映画を観るもんか!
あ、それでね。
和馬さんにプレゼントしたのは、シルバーの土台に小さなアメジストが埋め込まれたネクタイピンとカフス。
男の人に宝石がついたものをあげるのはおかしいかなと思ったけれど、散々悩んで探し回った先に見つけたこの品物は、一目で彼にぴったりだと思ったのだよね。
ちょっぴりお財布的には厳しかったけれど、和馬さんは本当に嬉しそうに喜んでくれたから、私も嬉しかったな。
そのあとの、
「恋人のユウカから貰ったのだと言って、いまだに淋しく片想い中の社長を思い切り悔しがらせましょう」
というセリフを聞いて、私はどんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまったんだけどね。
相変らず、社長って可哀想だ……。
更に時間が経って、二月十四日。
バレンタインがやってきた。人生初の手作り本命チョコを用意したよ!
日頃お世話になっている留美先輩にも用意したんだ。
それで、先輩に渡そうとしたときに先輩が和馬さんにそっくりのオーラを出してきてね。
「タンポポちゃん、聞かせてほしい事があるんだけどいいかしら?」
ニッコリと優しく笑う留美先輩だが、流石は和馬さんの友人と言う感じで、逆らる気がしなかったよ。類は友を呼ぶというのは、まさにこのことだ。
「な、な、な、何でしょうか?」
ビクビクと先輩を窺っていると、留美先輩は私の左薬指に嵌っている指輪に視線を落とした。
「この指輪、誰にもらったのかしら?私、まだ教えてもらってないのよねぇ」
先輩の容赦ない眼差しに、妙な緊張が走る。
「あの、その……」
「これが単なるファッションリングだったら、自分で買ったのかなとも考えられるけど。これ、明らかに婚約指輪よね?誰から貰ったのかとっくに見当付いてるし、訊くのも今更だろうなって思うのよ。でも、やっぱりタンポポちゃんから言ってほしくてずっと待っていたのに、ちっとも話してくれそうにないんだもの」
恨めしそうな視線に、私の視線が泳いだ。
「えと、えと……」
私と和馬さんが一緒にいるところを見て留美先輩は何も言ってこなかったから、なかなか報告できずに今日までズルズルと先延ばしになっちゃって……。
でも、この状況で言い逃れなんてできないから、
「……社長秘書の竹若和馬さんに貰いました」
顔を真っ赤にして俯きながら、私はポツリと呟く。
そんな私の様子に、留美先輩はやれやれといった風情で息を吐いた。
「でしょうね。これで違う人の名前が出てきたら、それはそれで面白かったんだけど」
先輩、面白いってなんですか!?
……と突っ込む前に、
「それにしても、いきなり婚約指輪って何なのよ?付き合って早々、独占欲出しすぎでしょう。……いいえ。竹若君なら、いきなり結婚指輪を用意してもおかしくないわ」
私の指輪を見ながら、ブツブツと呟く先輩。『類友の思考回路はここまで一致するのか!?』って驚いたね。
ドキドキとかビクビクとかしていたんだけど、そのあとふいに先輩がとっても優しい笑みを浮かべたの。
そして、
「タンポポちゃん、幸せになりなさい」
って言ってくれたんだ。すごく嬉しかったなぁ。
いい機会だから、頼りになって優しい留美先輩に私はずっと気になっていたことを訊くことにした。
「あのですね、総務部のみんなは、この指輪のことに気が付いていないんでしょうか?今まで、誰からも言われていないんです」
そうしたら先輩は、
「みんなしっかり気が付いているわ。タンポポちゃんが指輪を着けて出社した日、独身の女子社員たちは愕然としていたのよ。ただ、分かりきっているから訊かなかっただけ」
と告げたのだ。
まぁ、みんなが見ている前で連れ去ったら、どんな人でも分かるか。
なんて、顔を赤くしていたら、
「竹若君は整った顔立ちだから、ただ微笑むだけでうっとりするようなものだったけどね。今はその綺麗なところに加えて嬉しそうとか、幸せそうとか、そういう温かみのあるものが含まれているなって思うの。それって、タンポポちゃんと付き合うようになってからだもの」
そんな嬉しいことを教えてくれたの。
そっかぁ、和馬さんの笑顔はいい方向に変わったんだ。
その日は嬉しさもあってか、順調に仕事が進んで、あっという間に終業時間。
私は通勤バッグとチョコレートの入った紙袋を手に席を立ち、総務部のみんなに挨拶をして総務部を出る。
いつもは和馬さんが総務部まで迎えに来てくれるんだけど、たまには迎えに行くのもいいよね。
社長室から少し離れた廊下の角で、扉が開くのを大人しく待っている。
ここに来てから十分ほど過ぎたけど、彼からは一向に連絡がない。今日はよほど忙しいようだ。
ドキドキしているせいか、待っていてもそんなに寒さは感じなかったな。なんか、恋する乙女って感じだよね。
それからちょっとして、社長室から和馬さんが急いでいる様子で出てきた。
そして、廊下にいる私を見て黙り込んだ時には、けっこうショックだったなぁ。私、余計なことをしちゃったのかなって……。
だけど、違ったんだよね。どうやら和馬さんは感激して固まっていたみたい。ああ、ビックリした。
そのあと無事に和馬さんへチョコを渡したんだけど、そこでちょっと失敗しちゃってさ。
「喜んでもらえて、私も嬉しいです。じゃ、お疲れ様でした」
本日最大のミッションを無事にクリアしたことに安心して、意気揚々と社員通用口に向かって歩き出したの。
すると、
「どこに行くんですか?」
すぐさま呼び止められてね。
穏やかそうに見える和馬さんだが、目が笑っていない。
「どうして一緒に帰ろうとしないのですか?恋人の私を置いて、どうして一人で帰ろうとするのですか?」
なんとなく怒ったような表情で、真っ直ぐに私を見る和馬さん。
「……あ」
彼の言葉と表情に、私はとんでもない失敗をしたことにようやく気が付いたんだ。
恋愛経験がないということもあるけれど、もともと私はこういう感覚が鈍いのかもしれない。
チョコを渡したことに満足してしまって、和馬さんと帰ることなんて思いつかないなんて、自分が心底情けない。
なのに、和馬さんは私を責めることなく、ポンポンと私の頭を軽く叩く。
「では、帰りましょうか。今度は一緒にね」
私は大きく頷いた。
ハンバーグが美味しいと評判のお店に連れて行ってもらって、私のお腹は大満足。ご機嫌で、彼が運転する助手席に納まっていた。
でもね、和馬さんが優しくしてくれることに甘えて、私は彼に我慢ばかりさせているんじゃないかって気になってきちゃったんだ。
私に合わせてこんな“おままごと”みたいな恋愛、大人の和馬さんには物足りないんじゃないかって。
だけど、今の私には彼をベッドに誘う勇気なんてこれっぽっちもない。もうちょっと時間がほしかったの。
それでも、このままじゃ駄目だって思ったから。和馬さんの笑顔は私のことが好きだという想いに溢れているって、先輩が教えてくれたから。
ほんのちょっとだけ、勇気を出して和馬さんを自分の部屋に誘ったんだよ。
べ、別に、深い意味なんてなかったよ!ただ……、もう少し一緒にいたくて。
本当はこの程度じゃ駄目だって分かっているけど、それでも、今の私にはこれが精一杯だったの。
ドキドキしながら和馬さんの答えを待っていたら、優しい和馬さんは私の小さな頑張りを認めてくれたんだ。
それから部屋でおしゃべりをした。
そうそう、日本では女性から男性にチョコを渡すのが当たり前だけど、和馬さんは私にもチョコを用意してくれたんだ。
和馬さんが差し出した包みは、一度は食べてみたかった有名チョコレート店のラッピングが施されたもの。
でもさ、和馬さんがプレゼントしてくれたバレンタイン限定の高級チョコに比べたら、私が作ったチョコなんて申し訳ないよね。
それで、何かお礼をしたくて、『私に何かしてほしいことはありますか?』って訊いたの。
そうしたら、和馬さんは『名前で呼んでほしい』って言い出した。
心の中では『和馬さん』って呼んでいたけど、実はずっと、彼のことは「竹若さん」って呼びかけていたんだよね。
それが淋しかったみたい。
そりゃあ、そうだよね。いつまで経っても恋人から苗字で呼ばれるなんてさ。
お願いされるまで「竹若さん」って呼び続けた私にも罪悪感が芽生えて、思い切って『和馬さん』って呼んだら、それはそれは幸せそうに微笑んでくれたよ。
ああ、良かった。
……でも、その後が、ちょっと、ね。
私が食べているチョコをせっかくだから彼にも味見してもらおうと思ったんだけど、甘すぎるから食べられないって言われてさ。和馬さん、コーヒーに砂糖を入れない派だもんね。
そうしたら、ちょっと間が空いた後に『いい事を思いついた』なんて言い出して。
それで、何をしたと思う?和馬さんたらね、和馬さんたらね……!
私がチョコを夢中で食べていると、プレゼントしたほろ苦いトリュフを和馬さんが一口かじって、それで、それで……、私にキスをしてきたんだよ!
なんか、もう、ビックリだよね!そんな方法で甘さを中和するなんて!
だけどさ、いつのも私なら照れて暴れて嫌がって逃げ出すのに、この日は逃げなかったの。
もちろん恥かしかったよ。でも、少しは関係を進めたいって思っていたし、それにね、和馬さんにキスをされるのは嬉しかったから。
私だって、ちゃんと和馬さんが好きなんだもん。
ただ、言葉や行動でうまく示せないだけで。
頑張らなくちゃって分かってる。いつまでもキス程度で和馬さんを我慢させたらいけないって分かってる。
分かっているけど、どうしたらいいのかが分からない。
和馬さんが寒さに震える私を抱きしめて温めてくれた、あの日。
「愛しいユウカ。あなたのためなら、私は何だってしますし、何だって差し出しますよ。たとえ、この命でもね」
彼はこう言ってきたの。
穏やかな口調の中に秘められた決意を感じ取って、嬉しさとか恥ずかしさとか、色々な感情がゴチャゴチャになって、私は何も言えなくなった。
和馬さんの愛情表現はストレート過ぎて、恋人同士のやりとりに相変わらず慣れないでいる私にしてみれば戸惑うことばかり。
それでも、私のことを大切に想ってくれている彼の気持ちはしっかりと伝わってくる。
だけど、いつも考えちゃうんだ。
なんで和馬さんみたいに素敵な人が、何の取り柄もない私を好きになってくれたのかなって。
前に和馬さんは『笑顔に心を奪われた』言ってくれたけど、笑顔だけでこんなにも愛されるものなのかな。私の笑顔は宝物だと言ってもらえるほど、価値があるのかな。
和馬さんの愛情を疑っているんじゃないんだよ。ただ、彼に愛される資格が私にあるのかなって考えちゃうんだ。
私たちが並ぶと、周囲には兄と妹程度にしか見えないように思えて。恋人同士なのに、私の目にはそうは見えなくて。
そのことを一旦気にしてしまうと、どうしても頭の片隅から離れなくなってしまう。和馬さんを好きになればなるほど、鬱々とした考えが育ってしまう。
その考えが私の心の奥で小さな棘となって、ジクジクとした痛みを生んでいったの。
心の奥にある棘は、いつか消えるのかな?その棘が消えたら、私は和馬さんの恋人として自信が持てるのかな?
……私は、本当に和馬さんの隣にいていいの?
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