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しおりを挟む目が覚めたのは夜明けだった。酷く嫌な夢を見た気がするし、穏やかな夢を見たような気がする。しかし、左目の奥底が重だるく腫れぼったくなった感覚がした。
身体を起こすと、イオは机にかじりついて何かをしていた。外はとう言うとまだ太陽も昇りきっていないのに賑やかだ。眠りを知らない機械人形が町に溢れているからだろうか。
僕が起きていたことに気づいたのか、イオは下を向きながら言った。
「眠れたか?」
「あぁ。昨日よりだいぶましみたいだ」
立ち上がったイオは、僕の髪をくしゃくしゃと撫でた。そして、ぬくもりを持たないその手を右目にやった。心配しているのか、眠れたことに安心してくれたのか、イオは優しく笑いかけてくれ、なんだか居心地がよかった。長い長い悪夢から覚めたような心地。
「うし、今日はシオンを見つけ出すぞ」
両手で頬をぱちんと叩かれると、久々に感じるやわらかい形の感情を持っていることに気づいた。
「その前にさ、お腹減ったんだけど」
イオは、顔を隠してしばらく笑っていた。
シオンに捕えられたときから数えてちょうど三日。久しぶりに口に入れたのは、野菜と肉を白いとろとろとした汁で煮たものだった。村にいたときには食べたことのないものであったが、絶品だった。そして、日が完全に昇りきりそれを全て平らげた僕達は、イオの友人のシルドという衛星管理者に会いに行った。
「おぉ、こいつが例の倭民族の餓鬼か」
シルドは、物珍しそうに僕を眺めて、両手でくしゃくしゃと髪を撫でた。おー黒い黒い。なんて言っている。
「‥‥‥」
「へぇ、普通の人間なんだな」
「当たり前だろ。こいつだって人間だ」
イオは僕とシルドの間に割って入った。
「はは。まぁ、違いねぇ。で、今日は何の用だ?やっぱり引き渡すって言うんじゃねぇだろ?お前のことだから」
「あぁ。この間のNo.402。シオンの事だ」
シオン?シルドはそういってしばらく考えた後で何か思い出したようにコンピューターをいじりだした。かたかたとすばやい音がする。さすが機械だ。
「あったぜ。やつは今、ダリアルクト州ラディアス‥‥‥ライディーンの私有地内にいる」
「やっぱりな」
イオは笑った。とても楽しそうに。
狂気とも取れるその笑みに僕は、背筋が冷たくなるのを感じた。
「さてと、行くか。助かったよ」
「待てイオ」
シルドがイオの腕を掴む。
「何だよ?」
「行くってお前あの史上最悪の変態、とやりあうつもりなのか?」
それが?という顔でイオは頷くと、シルドはイオの腕を掴む力を一層強めた。なんともいえない表情を浮かべたシルドをイオは、その手を振り払うでもなくただ黙って見つめていた。
しばらくして、イオは口を開く。
「俺は、仕事をこなすだけだ。村一つを滅ぼした哀れな同胞と、その裏で糸を引く愚かな人間を殺すこと。それが今の仕事だ」
「死ぬかもしれないんだぞ」
死。
シルドから発せられた言葉。恐らく壊れるという意味なのだろう。
「はっ、俺は俺自身を殺してもいいって思ったやつにしか殺されねえ。機械にだって死に場所は選べられる。だから、核は自分自身にしかわかんねえんだろ?」
「・・・・わかったよ。俺はもう止めない。ただ、俺たちだってばらばらにされたらおしまいだって事を忘れるなよ。仕事きっちり終わらして相棒と一緒に帰って来い。‥‥‥マコトっつたな。しっかりやること果たして戻ってこいよ」
シルドは、イオから手を離し、僕の肩に乗せ笑った。親友を案じる友のように。いや、弟を愛おしむ兄のようにも見えた。
「悪いな。安心してくれ。・・・・・・何があってもイオだけは絶対に死なせないから」
「あぁ」
シルドの手の平に僕は拳を押し当てた。
「マコト!いくぞ」
「あぁ。じゃぁ」
シルドは黙って頷き、僕達の後ろ姿を見送った。
「何ニヤニヤしてんだよ?」
「いや、イオって幸せ者だなって思ってさ」
変な奴。そう言いながら、イオは歩き始めた。そんな後姿を見て僕はシルドのあの言葉を思い出し立ち止まる。
『死ぬかもしれないんだぞ』
死、か。
僕はまさか、イオを巻き込んじゃいけないことに巻き込んでいるんじゃないんだろうか?
ライディーン。確かに奴は危険すぎる。
「どうした?」「いや‥‥‥」
僕が俯くと、イオは顔を隠して静かに笑い出した。
「マコトさ、俺が本当に死ぬって思ってんのか?」
「死なないっていうのかよ?」
顔から手を離すと、イオは不適な笑みを浮かべ鼻で笑った。
「死なねえよ。俺の核は特別だからな」
核――――。
イオ達機械人形の命の源。身体のどこかに埋め込まれているそれは、本人しか知りえないという。それが壊れればイオも壊れる。
「特別?」
「あぁ。だから、俺は死なない」
イオはそう言っているが、シルドの忠告が頭から離れない。何があってもイオは死なせない。僕がそう言ったあとシルドは僕に何か言いたげな表情であったのだ。
―――― ライディーンは危険だ、と。
「そんな顔すんなよ。本当だって」
「僕は、昔あやめと交わした約束を果たせずにいる。でも、もう永遠に果たせない。今だってもちろん後悔している。で、今さっきシルドとも約束したんだ。お前だけは死なせないって。だからせめて、その約束は果たそうって思ってるんだ」
呆れた顔でイオは口の右端をつりあげ、微笑を浮かべ僕の髪をくしゃくしゃっとかき混ぜた。
「シルドになんか言われたか?シルドは、俺を本当の弟みたいに面倒見てくれたんだ。俺だってシルドを兄貴みたいに思ってる。でもな、今は仕事を終わらすまでお前を死なせる気なんかねえし、俺自身死ぬ気もない。だから、その、俺も何言ってるかよくわかんねえんだけど、俺は、お前にしか殺されない」
イオは照れくさそうに顎を撫でながら言葉を探しさがし繋げていた。機械にも照れはあるようだ。そして、僕の耳元に顔を近づけ、ゆっくりと何かをつぶやいた。
「―――‥‥‥え?」
「だから、お前が死ななかったら俺は絶対に死なない」
驚く僕を尻目に、イオは不敵な笑みを浮かべ、背を向けてゆっくりと歩き出した。
「なんだよ‥‥‥そんなこと言われたって意味わかんないよ」
それは、たった一言の衝撃。
イオは、僕に命を預けたのだ。
「俺の核は―――」
†
これは俺の意思か?いや、違う。
あれが、核が選んだんだ。
出会った時からもうわかっていた。それが、なぜか。俺にもわからない。
だから気づいた時にはもうすでに口が勝手に言葉を紡いでいた。それは決してマコトを安心させるための虚言ではない。
「そういえば、イオって強いのか?」
延々と続くかのような一本道を歩いていると、不意に、マコトは俺に切り出した。
「何だよ、藪から棒に」
「いや、まだ真面目に戦ったところ見たことないからさ。なんでも屋やってるくらいだから強いんだろうが」
確かに、正直俺はあまり戦うことを好まない。どちらかと言えば話し合いで済むなら、それにこしたことはないと思っているし、自ら傷つこうなんて思わない。そんなことしたらミズノに何されるかわかったものではない。しかし、シルドの言う通り、ばらばらにされれば死んでしまうこの身を守るために多少の護身術は得ているつもりだ。
「まぁ、変態よりは強い自信はある」
「なんだよそれ?」
滅びの地ラディアス。
そこは、ベルヘムから歩いて三十分たらずの所にある地図から消された地。
十二年前、ライディーン最大の支援者であった産業の地ラディアスの長ルーウィンが支援を断ったことから、ラディアスの滅びは始まった。このときにはすでにライディーンは〈指揮者〉の称号をいのままに使いカレグリオ国の街や村までもを脅かしていた。その駒の一部であったルーウィンの裏切りにライディーンは激怒。お得意の変態的な科学技術でラディアス一帯を襲撃し、滅ぼしたのだ。
そして、奴の手により、産業の地は滅びの地へとなりはてラディアスの住人は全滅。ライディーンは国から無理やりラディアスを買い取り、自らの私有地としたのだ。そして、そこはかつてのラディアスを思わせるものなど何一つないという話らしい。
なぜ、断定しないのか。
ラディアスから帰ってきた者で五体満足なものなどおらず、恐怖から誰も何ひとつ教えてくれないからだ。
「ここが、ラディアス」
まるで俺達を急かすように吹いた追い風に押され、わずか二十分足らずでラディアスに辿り着いた。俺達の眼前には、左右の石垣を繋げるかのように蜘蛛の巣のようなものが張り巡らされ行く手を遮っていた。ここからが、ラディアスなのだ。
「さて、この門はどうやって開けるんだ?」
俺の言葉にマコトは驚いた。絶句にも近い顔だ。
「そんなことも考えずにここまで来たのか?」
「こういうのは切るのが一番手っ取り早いけど、ライディーンが直々渡したお前の刀で切れるとは思えない。わざわざ敵に自分のアジトの鍵を渡してんのと一緒だからな」
俺は、糸の門にゆっくりと手を伸ばした。
バチッ。
すると、静電気が強くなったような電気が走った。どうやら、高圧線を張り巡らしているようだ。幸いこの程度では機械に支障をきたすことはない。
「こりゃ随分と警戒されてるな。あ、マコトは触るなよ」
それに手を伸ばしかけていたマコトは、その手をズボンのポケットにつっこんだ。
「どうするんだ?」
「しょうがない‥‥‥飛ぶか」
「は?」
俺は、脚部パーツのリミッターをはずし、イオの胸倉を掴みあげると同時に一気に地面を蹴る。マコトが何か言ったような気がしたが気にしない。
「うあぁぁぁぁっっっ!」
どんっ。
マコトの声が止むのと同時に俺の身体は地面に五センチほどめり込んだ。マコトは、俺の服を必死に掴み、なかなかかみ合わない歯をがちがちと鳴らしていた。
「あ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫なわけあるかこの単細胞!いきなり何も言わずに飛ぶなんて、寿命を縮める気か!馬鹿野郎」
ライディーン邸(庭)に上手く進入できたのを喜ぶでもなくマコトは、俺の胸倉を鷲づかみにし、出会って今日まで一度も聞いたこともないような大声で怒鳴った。
「おい、単細胞って何だよ。せっかく進入成功したのにそりゃないんじゃないのか?」
俺を掴んでいた細い手は、身体に伝わるほどがたがたと震えている。
マコトは、もしかすると。
「もしかして高いところ怖いのかなぁ?マコト君?」
図星。
わなわなと体を震わせたマコトは身体の血液がすべて顔にいったかのように真っ赤になり、指一本一本に力がこもった。俺は思わず吹き出してしまう。
「うるさいな!笑いたいなら、もっと思い切り笑えよ」
「くくく。いや、違うんだ。お前にも弱点ってあるんだなって」
俺に、復讐のためなら命までささげると言ったこいつにもう何も怖いものなんてないと思っていた。
「はぁ?何言ってんだよ。人間誰しも弱点があるものだろ。機械とは違うんだぞ。常識だ。ほら、行くぞ!」
道もわからないのに俺を先導するマコトの姿を見て俺はようやく二十歳に満たないマコトの子供らしさが垣間見えた気がした。
「先に行ってくれるのはありがたいんだけどさ、道、反対だぞ」
ライディーンの屋敷が見えてきた。相変わらず静かな森の中は鳥の気配すらなかった。
あるひとつの気配を除いて。
「なぁ、さっきからずっとつけてきてるよな?いい加減出てこいよ」
ガサッッ――。
そいつが現れるのと同時に頭上の木から青々とした葉が散った。
「なっ!」
それは、少女だった。
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