8 / 212
悠久の王・キュリオ編
小さな体を抱きしめてⅡ
しおりを挟む
湯殿からあがると部屋の中にはキュリオの身の回りの世話を担当している女官たちが待機していた。バスローブに身を包んだキュリオの腕の中で丸くなる少女の肌は蒸気し、淡いピンク色に染まっている。
その様子をみた女官のひとりが安心したように言葉を発した。
「とても小さくていらしたので心配しましたが……お体に大事はないようですね」
「あぁ、置き去りにされて間もないのかもしれない。珍しい髪と瞳の色をしているから親もすぐ見つかるだろう」
女官たちはキュリオの言葉に頷きながら、赤ん坊に上質な生地の肌着を着せてやる。女の子らしくピンクの可愛らしいリボンがあしらわれており、白く透き通った肌によく似合っていた。
「んまぁ! 本当に珠のように可愛らしい子っ!!」
うっとりしたように頬を染める彼女たちは次々に赤ん坊を抱きかかえる。赤ん坊はというと、ぐずりもせず、ただ驚いたように彼女らの顔をじっと見つめていた。
――コンコン
そんなとき、和やかな雰囲気に暗雲を齎もらたすノック音が響く。
『……キュリオ様、少しよろしいでしょうか?』
「入れ」
かしこまったような声が扉の外からかかり、キュリオが答えると最近就任したばかりの年若い家臣が深く頭を下げながら入ってきた。
『はっ! 失礼いたします』
「――赤ん坊の発見された場所、その容姿から現在付近の村や町をあたっております。今のところ有力な情報はありませんが、いささか気になる目撃情報がありまして……」
「……話を聞こう」
ふたりはキュリオの部屋の一角にある白銀の細工が施されている美しいソファに腰をおろした。
報告を聞きながら運ばれてきた紅茶のカップを手に取るが、民に目撃されたというその内容がにわかに信じられず……美しい王は整った眉間に深い皺を刻んだ。
そして、女官に抱きかかえられている赤ん坊に目を向けると静かに呟く。
(……関連があるとは思えないが……)
「……まさか、な」
「赤ん坊が関係しているかどうかはわかりませんが、その衝撃ののち、あの泉の水が干上がってしまっていたのは事実のようです」
「……警戒心の強い聖獣の森に足を踏み入れる者がそういるとは考えにくいが、第三者が関係していると考えるのが妥当か……」
(我が子を捨ててしまおうと考えている者が聖獣の森に立ち入るようなことがあれば彼らに心を読まれ、自らの命さえも危険にさらされるはずだ)
「ええ、キュリオ様のお力が行きわたるこの悠久の地で、自然に泉が枯れるようなことは今までに例がありません。このまま調査をすすめ、追ってご報告させていただきます。赤ん坊の出生が不明な以上、キュリオ様もどうかお気をつけください」
「…………」
家臣の心配する言葉が聞こえなかったように、キュリオは女官たちに抱えられている幼い少女の姿を静かに見つめている。
そして彼が部屋を出て行って間もなく食事の支度のため退室した女官たち。
部屋には幼い赤ん坊とキュリオだけが取り残されていた。
「大人しい子だねお前は」
キュリオは自分の腕のなか、声もあげずじっとしている幼子おさなごに目を向ける。やがて大勢に抱き上げられて疲れたのか、つぶらな瞳がうとうとと閉じかけている可愛らしい姿が視界に飛び込んでくる。
「ゆっくり眠るといい。おやすみ」
穏やかな笑みを向けたその心には言いようのない感情が込み上げ、彼はその想いを唇にのせるように幼子の額へ優しく口付けを落とした。
それからゆっくり窓辺に近づき手身近な椅子に座ると、いつのまにか夜の帳とばりが降りていることに気付く。
(もう夜か……今日は一日が過ぎるのが早い気がするな)
そのとき、腕の中の小さなぬくもりがわずかに身じろぎした。
(起こしてしまったか?)
手元へと視線をうつしてみるが、起きる気配はなさそうだ。
「お前はどこから来たんだい?」
「…………」
赤ん坊から聞こえてくるのは健やかな寝息だけで反応はない。
(……眠ってしまったか……)
キュリオは指先で赤ん坊の額にかかる前髪を優しく梳くと、彼女の頬に顔を寄せ……囁いた。
「どこから来たかなんて関係ないさ……」
「……あぁ、それよりいつまでも"お前"じゃ可哀想だね」
(明日、ゆっくり考えることにしよう)
わずかに高鳴る胸に気付かずにキュリオは寝台へと向かう。
この白く大きな天蓋てんがいのベッドに、いまだかつて彼以外の人物が立ち入ることはありえなかった。それを躊躇ちゅうちょすることなくそっと胸に抱いた赤ん坊を横たえ、穏やかな寝顔をもう一度見つめる。
「良い夢を……」
半ば離れがたいような気持ちを抑えながらキュリオは音もなく部屋をあとにする。
(あのくらいの子の食事といえば、やはりミルク……だろうな)
キュリオは食事の用意されている広間ではなく、滅多に立ち入らない厨房へと足を向けるのだった――。
その様子をみた女官のひとりが安心したように言葉を発した。
「とても小さくていらしたので心配しましたが……お体に大事はないようですね」
「あぁ、置き去りにされて間もないのかもしれない。珍しい髪と瞳の色をしているから親もすぐ見つかるだろう」
女官たちはキュリオの言葉に頷きながら、赤ん坊に上質な生地の肌着を着せてやる。女の子らしくピンクの可愛らしいリボンがあしらわれており、白く透き通った肌によく似合っていた。
「んまぁ! 本当に珠のように可愛らしい子っ!!」
うっとりしたように頬を染める彼女たちは次々に赤ん坊を抱きかかえる。赤ん坊はというと、ぐずりもせず、ただ驚いたように彼女らの顔をじっと見つめていた。
――コンコン
そんなとき、和やかな雰囲気に暗雲を齎もらたすノック音が響く。
『……キュリオ様、少しよろしいでしょうか?』
「入れ」
かしこまったような声が扉の外からかかり、キュリオが答えると最近就任したばかりの年若い家臣が深く頭を下げながら入ってきた。
『はっ! 失礼いたします』
「――赤ん坊の発見された場所、その容姿から現在付近の村や町をあたっております。今のところ有力な情報はありませんが、いささか気になる目撃情報がありまして……」
「……話を聞こう」
ふたりはキュリオの部屋の一角にある白銀の細工が施されている美しいソファに腰をおろした。
報告を聞きながら運ばれてきた紅茶のカップを手に取るが、民に目撃されたというその内容がにわかに信じられず……美しい王は整った眉間に深い皺を刻んだ。
そして、女官に抱きかかえられている赤ん坊に目を向けると静かに呟く。
(……関連があるとは思えないが……)
「……まさか、な」
「赤ん坊が関係しているかどうかはわかりませんが、その衝撃ののち、あの泉の水が干上がってしまっていたのは事実のようです」
「……警戒心の強い聖獣の森に足を踏み入れる者がそういるとは考えにくいが、第三者が関係していると考えるのが妥当か……」
(我が子を捨ててしまおうと考えている者が聖獣の森に立ち入るようなことがあれば彼らに心を読まれ、自らの命さえも危険にさらされるはずだ)
「ええ、キュリオ様のお力が行きわたるこの悠久の地で、自然に泉が枯れるようなことは今までに例がありません。このまま調査をすすめ、追ってご報告させていただきます。赤ん坊の出生が不明な以上、キュリオ様もどうかお気をつけください」
「…………」
家臣の心配する言葉が聞こえなかったように、キュリオは女官たちに抱えられている幼い少女の姿を静かに見つめている。
そして彼が部屋を出て行って間もなく食事の支度のため退室した女官たち。
部屋には幼い赤ん坊とキュリオだけが取り残されていた。
「大人しい子だねお前は」
キュリオは自分の腕のなか、声もあげずじっとしている幼子おさなごに目を向ける。やがて大勢に抱き上げられて疲れたのか、つぶらな瞳がうとうとと閉じかけている可愛らしい姿が視界に飛び込んでくる。
「ゆっくり眠るといい。おやすみ」
穏やかな笑みを向けたその心には言いようのない感情が込み上げ、彼はその想いを唇にのせるように幼子の額へ優しく口付けを落とした。
それからゆっくり窓辺に近づき手身近な椅子に座ると、いつのまにか夜の帳とばりが降りていることに気付く。
(もう夜か……今日は一日が過ぎるのが早い気がするな)
そのとき、腕の中の小さなぬくもりがわずかに身じろぎした。
(起こしてしまったか?)
手元へと視線をうつしてみるが、起きる気配はなさそうだ。
「お前はどこから来たんだい?」
「…………」
赤ん坊から聞こえてくるのは健やかな寝息だけで反応はない。
(……眠ってしまったか……)
キュリオは指先で赤ん坊の額にかかる前髪を優しく梳くと、彼女の頬に顔を寄せ……囁いた。
「どこから来たかなんて関係ないさ……」
「……あぁ、それよりいつまでも"お前"じゃ可哀想だね」
(明日、ゆっくり考えることにしよう)
わずかに高鳴る胸に気付かずにキュリオは寝台へと向かう。
この白く大きな天蓋てんがいのベッドに、いまだかつて彼以外の人物が立ち入ることはありえなかった。それを躊躇ちゅうちょすることなくそっと胸に抱いた赤ん坊を横たえ、穏やかな寝顔をもう一度見つめる。
「良い夢を……」
半ば離れがたいような気持ちを抑えながらキュリオは音もなく部屋をあとにする。
(あのくらいの子の食事といえば、やはりミルク……だろうな)
キュリオは食事の用意されている広間ではなく、滅多に立ち入らない厨房へと足を向けるのだった――。
0
あなたにおすすめの小説
【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】
リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。
これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。
※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。
※同性愛表現があります。
【完結】家庭菜園士の強野菜無双!俺の野菜は激強い、魔王も勇者もチート野菜で一捻り!
鏑木 うりこ
ファンタジー
幸田と向田はトラックにドン☆されて異世界転生した。
勇者チートハーレムモノのラノベが好きな幸田は勇者に、まったりスローライフモノのラノベが好きな向田には……「家庭菜園士」が女神様より授けられた!
「家庭菜園だけかよーー!」
元向田、現タトは叫ぶがまあ念願のスローライフは叶いそうである?
大変!第2回次世代ファンタジーカップのタグをつけたはずなのに、ついてないぞ……。あまりに衝撃すぎて倒れた……(;´Д`)もうだめだー
転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました
空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。
結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。
転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。
しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……!
「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」
農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。
「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」
ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる