【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》バレンタインストーリー13

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 ほぼアオイの唇に触れているような、わずかに横に反れたキュリオの唇が優しい口づけを落とす。

「……っ」

(な、なんだか……お父様の愛情表現がだんだん……)

 親子以上のものになってきている、と多くを知らないアオイでさえ感じる違和感を唱える暇もなくキュリオの声がかかる。

「なるべく人の目の届かないところへ行こう。湖でボートを出すのが理想だな」

「……? お父様このあとお仕事があるのでは……」

 王には休みがない。
 学園の副担任として王と教師を兼任する事になった彼にはとにかく時間がなかった。平日、城に戻れば王としての執務が待っており、休日は王に謁見を願い出ている者たちへと時間が割かれている。
 そのため、アオイにかける時間が長ければ長いほどキュリオの負担は大きくなっていくのだ。

「人と会う約束はしていない。それに執務は明日でも構わないものばかりだ」

「……」

(お客様が来ないのって珍しい……)

「……不思議そうな顔をしているね?」

「はい、珍しいなと思って……」

「今日に限っては目的が違うだろうからね」

 キュリオはうんざりするようにため息をつく。
 そこでアオイは先程のキュリオらのやりとりを思い出した。


『本日もまた女神様方を始め、貴族や町娘らから献上品が山のように届いております』


『もうそんな時期か……』


『ひとつ残らず孤児院へ。例外はない』


 この特別な日にキュリオへと謁見を求める女性は星の数ほどいるのだろう。しかし、それを良しとしない彼は最初からこの日の謁見を一切禁じているのだ。


「だから心配しなくていい。ふたりだけの時間を過ごそう」


 こうして城を出たキュリオとアオイ。
 対岸は目を凝らしても見えないほどに大きな湖まで馬を走らせると、手入れの行き届いた二人乗りの小舟を水面へ滑らせる。

 やがて岸が見えなくなるほど進んだところでオールを漕いでいたキュリオの手が止まる。

「この辺りがいい」

 休日の早朝ということもあり、幸いこの舟以外の影も人も見当たらない。
 キュリオが外出を面倒に思う理由のひとつはこれだ。執務であればどうということはないが、アオイと共に出かけるにも民の目がある。行く先々で騒がれてしまうのは至極当然で、ふたりでゆっくり街を散策できる時間など皆無に等しいため、人の目から離れるには豊かな自然の中が一番なのだ。
 
 常に民や国のことに心が向いているキュリオも、今日は目に見えてリラックスしているのは明らかで、おもむろに体勢を崩した体がアオイの膝の上で横たわる。わずかに加わった重みを感じながら、上から覗き込むようなかたちでアオイが目を丸くする。

「重くないかい?」

「い、いえ……っ全然!」

 全力で否定したアオイに微笑むキュリオの顔が眩しい。
 いつもとは真逆の光景にアオイの鼓動はせわしなく早鐘を繰り返す。

(なんでだろう……お父様が愛しくてたまらない)

 幸せそうに自分の膝の上で目を閉じるキュリオに触れたくてしょうがないという衝動が全身を駆け抜ける。

(いつもは私が甘えているばかりなのに……今日はお父様が私に甘えてくださっているから……?)

 やがてアオイの手は自然とキュリオの顔を優しく撫ではじめ――
 薄く瞳を開いたキュリオもまた、そのぬくもりが離れぬようアオイの手に手を添えて頬ずりしている。

「……」

(バレンタインデーって凄い、自分の気持ちに気づかされるみたい)

 キュリオの陶器のように白い肌を手のひらに感じながら、いつもキュリオが自分にこうしているとき同じ気持ちなのだろうかと考えてみると、とてもくすぐったい。

(……この感情って……?)

 友達や城の皆へ向ける”好き”はたくさんあるが、男性を愛したことのないアオイには答えが出せない。しかし、いままでにない熱を持った感情がアオイの胸を甘く疼かせる。

 ――このとき、父親であるキュリオに向ける愛の形がわずかに変化し、それをなんと呼ぶのかを彼女はわからなかった。

 キュリオが時間をかけて芽生えさせた小さな愛は無事、花を咲かせることが出来るのだろうか?
 いまはただ、愛しさの中で寄り添うふたりを乗せて揺蕩う船を邪魔するものは何もない。


 だが、ふたりは知らない。


 間もなく訪れる荒波が、"終わりのない絶望"であることを――。




《番外編》バレンタインストーリーFin

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