【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー2

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「あれー、こんなところにテーブルセット置いてくれたんだ! 学園も粋なことしてくれるねー!」

「ほんとだ……」

 若葉の生い茂る樹木の傍。
 たびたびこの場所でお弁当を広げていたアオイたち。視線の先、テーブルの向こうには腰をかけるに丁度良い、しっかりとした石がいくつか並んでいた。

(いつも私の定位置はここだった。アラン先生がこの上にハンカチを敷いてくれて……)

 記憶を辿るように指先で石肌をなぞるが、大切ななにかが抜け落ちている気がする。


”おいしそうなお弁当ですね。私もご一緒してよろしいですか?”


「……?」


 そよ風にも似た心地良く優しい声にアオイは背後を振り返る。

「ん? アオイ、どうした?」

 なにかを探すように視線を彷徨わせる親友へミキが訪ねる。

「……うん、声が聞こえた気がして……」

(……とても、綺麗な……)

「なぁもう食おうぜ! 俺腹減ってもー死にそう……」

 極上の重箱を前にテーブルの上で死にかけているシュウのもとへ、人数分の飲み物を手にした青年が冷たく言い放つ。

「ああ、そうしてもらえると手間が省ける」

「うっせー……」

 顔を上げる気力さえ持ち合わせていないらしいシュウは、銀髪の副担任を上目使いに睨んだ。

「ねぇアオイ、アラン先生ってたまに怖いと思わない?」

「そうかな? ……そうかも」

(お父様は嘘がお嫌いで、それでちょっと負けず嫌いで……)

「アオイってさ甘いもん嫌いじゃねぇよな?」

「うん? 好きだよ、毎日食べちゃいたいくらい」

「そうそう! チョコありがとね! 家族皆で美味しく頂いたよ~
”バレンタインを知って間もないのに手作りなんて健気だ、この子は贈る相手がいるんだろうな”ってうちの両親が感心してたわ!」

「教えてくれたミキに感謝しなきゃだね。シュウは? 甘い物大丈夫だった?」

「あ、あったりめぇよ!! ……っ俺、大事に食べ、……るからっっ!」

「……う、うん?」

 テーブルに手をついて身を乗り出し力説するシュウに目が丸くなる。
 バレンタインデーから幾日も経つが、彼の言葉からするとまだ口にしていないようなニュアンスだったからだ。

『シュウのやつ、アオイに貰ったチョコもったいなくて食べられないんだってさ~』

『え?』

「余計なこと言うな! アオイが心配すんだろ!」

 こっそりと耳打ちしてきたミキはアーチ状に弛ませた目に冷やかしの笑みを浮かべるが、アオイは別の部分に気をとられている。

「まだ食べてないの? ……お腹痛くしない? 痛んでたら悪いから、捨てても……」

「……っねぇよ! 絶対捨てたりしねぇ! ……ほら、いまはまだ浸ってたいっていうか……さ、……」

 真っ赤に染めた頬で素直な言葉と気持ちを表現する彼にアオイが微笑む。

「シュウがそんなにチョコレートが好きって知らなかった。休みの日に作ってまた持ってくるよっ」

「うはは! 残念~!」

「……はぁ……」

 意を決した遠回しの告白はこれまでに何度かあったが、色恋沙汰とは程遠くで育ったアオイは悉くシュウの期待を裏切ってしまう。

 ……そして彼女に似て非なる者がもう一人。

「たかが”友チョコ”程度で浮かれるとは……滑稽だな」

 静かに重箱を広げていたアランがあからさまな嫌味の矢を少年に向けて放つ。それを”待ってました!”とばかりに目を輝かせたミキと……

「……っ貰ってねぇやつに言われたくねぇっっ!」

 精一杯の反抗をみせたシュウ。
 アランがアオイの父であるキュリオと知らぬ彼の無礼な態度はしょうがないが、アオイとの間柄の公言が難しい今の彼にとって、その物言いは大いに有効だった。

「…………」

 冷めた瞳でシュウを睨むアラン。
 それは悔しさからではなく、ただただ邪魔者を排除したくて仕方がないときのキュリオの目そのものであることをアオイはすぐに感じ取ることができた。

「わ、……っわたしの本命はお父様ですからっっ!」

 なぜか真っ赤になりながら突如叫んだアオイ。するとやはりミキとシュウには疑問符が浮かぶ。

「……アオイがお父様大好きなのはわかってるけど……なんで敬語なの?」

 まるでこの場にいる”お父様”に言い訳をしているような口調のミキが首をかしげている。
 しかし、大切な親友を嫌って欲しくないアオイは高らかにそう宣言することによってアランの怒りを鎮めることを真っ先に選んだ。
 ミキとシュウにとっては今更の”お父様”だったが、その言葉によってアランの表情がふっと和らぐ。

「なんでアランが嬉しそうなんだよ……」

 疑惑の目が自分に向けられたらボロが出てしまいそうだったが、何だかんだでうまく切り抜けてくれるアランにその場を任せることにしたアオイは微妙な時間をやり過ごす事となったのだった――。


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