【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編2

《番外編》ホワイトデーストーリー27

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 言葉を噛み締めるように一字一句を大切に紡いで微笑んだアオイ。
 愛してくれるから愛するのではなく、自分が愛して止まない人物がたったひとりいることを自覚した夜。

「――その言葉、どれほど待ち望んだか……」

 アオイの頬に伸びたキュリオの指先が震えている。
 拒絶され、これまでの絆さえ無に帰してしまうこともあり得た未来が遠ざかる。
 キュリオの想い、そして己の心を見つめ、受け入れ共に歩むことを選んでくれたアオイにこれまで以上の愛しさがこみ上げる。

「お父様がわたしを見つけてくださったその時から今まで……わたしの一番はずっとお父様です」

「私もだ。お前がその生涯を終える日まで私の腕の中に居ればいいと願った。
そしてアオイの成長とともに抱いていた愛はすぐに変化した。変化した愛を受け入れてもらえるかが……私の唯一の不安だった」

 アオイの手をとったキュリオ。その柔らかな手の平に頬を摺り寄せると、想いを成就させ、唯一無二の愛を手に入れた悠久の王の熱くなった目頭からは涙が零れ落ちる。

(……いつも自信に満ちて威厳のあるお父様がそんな不安を抱えていたなんて……)

 自分の身勝手な行動がどれほどキュリオに苦しみを与えていたのだろう。と、いままでの自身の軽率な行動や言動を顧みて申し訳ない気持ちが沸々とわいてくる。
 
(でも、お父様を愛しているからといって……ダルド様やカイ、アレスたちを愛していないわけじゃない……)

 それでもわかる。彼らとキュリオに対する己の気持ちが近しいながらもハッキリと違うことを。

「……お父様……」

 アオイの細腕がキュリオを抱きしめる。
 不安にさせてしまったことへの罪悪感と、これから変わっていくであろうふたりの関係に向き合う覚悟を胸に秘めたアオイはキュリオに誓いの言葉を告げる。

「わたし、お父様よりずっと早くに死んでしまうけれど……」

「……っ!」

 アオイの言葉にビクリと体を震わせたキュリオが最も恐れていること。
 それはアオイの死に直面することだ。いくら王の娘としてキュリオの力の恩恵を間近で受けていても、人ひとり以上の寿命を延ばすことは不可能なのだ。

「私は……限られた命のすべてでお父様に愛を伝えていきたい」

「…………」

 キュリオが向き合いたくない現実はいずれやってくる。
 わずかにアオイと距離をとり、一度目を伏せたキュリオの視線が再びこちらへ戻ってくると、喉の奥からは切なさと悲しみにあふれた言葉が唇の端から零れた。

「ああ……。アオイが何度生まれ変わろうと、必ず探しだして永遠の愛の続きを始めよう……」

(不思議……永遠って考えたことなかったけど、お父様がいうと本当にある気がする……)

 いまにも泣き出してしまいそうな顔をしていることを本人は気づいていないのかもしれない。
 初めて見る父親のつらそうな表情と揺れる瞳に、アオイは胸を締め付けられるように痛んだ。

「……はいっ」

 キュリオはどれだけ多くの愛する人たちを見送ってきたのだろう。
 自分よりも遅く生まれた愛する人たちが自分より先に天へ召されるのは、想像を絶する悲しみなのだろうと……アオイは自身の死にに関して口にしたことを後悔した。

(……ごめんなさい、お父様……)

 愛すれば愛するほど別れはつらくなる。そのことをわかっていてなお、愛してくれたキュリオにアオイはどう愛を返せばいいだろう?

「……遠い未来のことは考えなくていい。いまはただ……お前の愛を感じていたい」

 やがてくる逃れられない死からアオイを隠すように、キュリオは自分の腕の中へアオイを抱き込んで頬を撫で、親指はアオイの下唇をゆっくりとなぞる。

「私の愛を受け入れるとはどういうことか……アオイはわかっているかい?」

「……っ! く、口づけ……とか、でしょうか……?」

 顔中真っ赤にしながら言いにくそうに言葉を絞り出すアオイが愛らしく笑みがこぼれる。

「ふふっ」

 空色の穏やかな目が驚いたように丸くなり、やがてそれは優しい弧を描くと……アオイは背を支えられながらベッドへ押し倒された。
 月明りを纏ったキュリオが神秘的な輝きを放ってアオイに覆いかぶさってくる。それは神が自分に憑依しようとしているかのような神聖な儀式のようでアオイはその一挙一動を瞬きもせず見つめていた。

「もちろん口づけもある」

 アオイの膝を割ってキュリオの片膝がその隙間に入り込む。片腕はアオイの頭上に置かれ、キュリオの上体がゆっくり倒れてくると密着度はどんどん増していった。

「……も?」

 アオイにハグや口づけ以外の知識などあるわけがなく、自分にのしかかってくるキュリオが次に何をしようとしているかなど想像もつかず、ただただされるままになっていた。
 サラリと流れたキュリオの絹糸のような髪がアオイの顔の両脇に垂れ下がり、アオイはまるで外界とは閉ざされた空間のなかにいるような錯覚を覚えながら呼吸が混ざり合うほどの距離で互いに見つめ合う。

「アオイ」

「は……んっっ」

 唐突に名前を呼ばれ、返事をしようと口を開くと――
 その時を待っていたかのようにキュリオの唇がパズルのピースを埋めるように深く合わさってきた。
 これまで触れたことのない柔らかとぬくもりに感動する暇もなく、呼吸までも深く奪われてしまうかのようにアオイを求めるその唇からはあたたかなで滑やかなぬめりを帯びた物体が少女の口内へ静かに侵入してきた。

「……っ!?」

 首の後ろを何かが駆け抜けるようにゾワゾワとした感覚がアオイの脳内をかき回す。
 食事が口内に侵入しようとも、一度たりともそのような感覚に陥ったことのないアオイは半ばパニック状態だった。

 そして驚きのあまり硬直するアオイの体。
 そうなることがわかっていたかのように、侵入してきたそれは優しく舌先を絡めとると静かに出て行った。

 やがて唇が離れていくと、鼻先が触れるほどの距離からキュリオの気遣わしげな視線と声が降ってくる。

「驚かせてしまったね」

「…………」

 肩で息をするアオイの頬は薄紅色に染まって瞳は潤み、薄く開かれた濡れた唇から漏れる絶え間ない吐息。
 こちらの言葉にも反応できずに身を震わせて戸惑っている様がまたいじらしい。
 まだ呼吸の整わない愛し子の頬を撫でながら、その瞼へ口づけを落とす。

「……んっ……」

 いつものように優しく頬を撫でる手にアオイは顔を寄せながら微睡むように瞳を閉じる。

(……いまのは……)

 うまく回らない思考を巡らせても、アオイはこの行為への知識が皆無のためどのように受け止めれば正解なのかがわからなかった。

「おとうさま……わたし、どうしたら……おとうさまを喜ばせられますか?」

「……っ」

 キュリオの呼吸が突如制止する気配を感じたアオイは自分へ覆いかぶさる父親へと視線を戻すと……そこには眉間へ皺を寄せ、何かに耐えるような……苦痛に顔を歪ませたキュリオの尊顔があった。

「……おとうさま?」

 目を見開いたアオイは、慌てて上体を起こしキュリオの体を労わる。

「お、お体が冷えてしまいましたか……!?」

 キュリオの体と自身の体のわずかな隙間から抜け出したアオイは、気遣うようにキュリオの胸元へ手を伸ばすもその手を囚われ勢いよく体勢を崩した。

「きゃっ」

 キュリオの胸に顔を押し付けるようにして体を固定されたアオイは慌てて退けようと体を離そうとするも強く抱きしめれ身動きがとれない。
 しかし、どうしようかと考えていたアオイはあることに気づく。


(お父様の体温、いつもより高いみたい……)

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