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11話
しおりを挟む『これ、こっそりとなんだけど。すっごく気持ちよくなる種があるんだが、よかったら使ってみないか? あのときとか、最高だぜ』
背後から話しかけられた言葉に、ミエルとイースは互いにぴたりと固まった。顔を見合わせて、即座に動いたのはミエルである。「確保ッ!!!!!!」 叫びつつも、座席から飛び上がり、男の手首をねじりあげた。
証拠品の魔法種――――恐らく、媚薬の類なのだろう。ぽろりと男の手からこぼれ落ちたところを、すかさずイースがすくい上げた。
「うん。まあ、間違いなく現行犯だな。ミエル、放すなよ」
「当たり前でしょう」
「な、なんだ、なんなんだお前らは!?」
「王国騎士第一部隊直属の、ただの見回り中の新人だよ。登録所外での魔法種の売買は違法だと理解してるな?」
捕まえる際の口上だ。周囲のざわつきに片手を上げ落ち着くようにと仕草で告げつつ、イースは日時と時間を把握し、一時的な権限のもと空中に男のステータスを表示させた。しかしおかしなことに、男の名前が表示されない。本来なら、犯罪者であると確定した瞬間に、男の名が表示されるはずなのだが、どうにも文字が読み取れない。
「ミエル、そいつおかしいぞ。気をつけて――――」
男がかちりと口の奥に仕込んだ種を噛み締めた。瞬間、辺りが爆風に包まれた。「ミエル!!」 イースはすぐさま彼女の名を叫んだ。その中でも、ミエルは男の手を放さなかった、はずなのに、するりとその感覚がなくなった。はっと自身の片手を握りしめた。劇場のそこかしこから悲鳴が上がる。白い煙がすっかりと消えてしまったそのときには、彼女の視界の端には一匹のネズミがこちらに背を向け必死に走っている。
「変身魔法……!!」
それもひどく高度なものだ。一瞬のうちに姿を変える魔法種など、通常は売買の許可すらとれない。ネズミはちょこまかと混乱する人々の間を駆け抜けていく。イースは二本の指を差し向け、短く息を吐き出した。小さな足跡がぺとぺとと真っ黒なペンキのあとをつくっている。ネズミの足が地面についた瞬間、その部分のみが燃え上がり煤となり変化する。
「人が多くて攻撃的なものはできねえが、足跡さえ分かれば」
「問題ないわ」
「ん?」
ゆっくりと探索できるだろう、と言葉を続けようとしたところで、ミエルの周囲の空気が寒々しく長い銀の髪が風もなく揺れている。魔力をためているのだ。「おいおい」「さっさと着いてきて」 集まった人々の頭の上を、ミエルは音もなく飛び跳ねた。
あっと言う間に出口にたどり着いた彼女は、するりと間を抜け、煤のあとを追った。「お、おいおい……」 むぎゅむぎゅと人々に押されつつやっとこさイースが外に抜け出したとき、彼女は軽々と街中を走り抜けている。こちらも負けじと強化したものの、ミエルには負ける。
ネズミは彼女の姿に気づくと、今度は小さな鳥に変わった。空へ逃げ出そうとしているのだ。ミエルは軽く飛び跳ねるように壁面に足をかけ、建物の屋根に飛び上がった。道を行き交う人々が、なんの曲芸が始まったのかと、わあと活気のある声を出して彼女の動向を見守った。ミエルはいくつもの高さの建物を飛び越え、壁を蹴り、高く手を伸ばす。
「……相変わらず、化け物だな」
呆れたようなイースの声がぽつりと落ちた。彼女の手の中では、目を回した小さな鳥が羽根と足を捕まえられて、ぴくりとも動けない。
「……魔法種の違法な売買の現行犯ということで、確保する」
くちばしから泡をふいている本人には聞こえてはいないだろうが、一応の口上である。「一応、許可は取りましたよと」 魔力の紐を引っ張り出し、イースがくくりあげたその男を、第二部隊へと連行したのはその日のうちだ。
***
「あの男が売っていた薬の調査の結果が出たよ。間違いなく惚れ薬、という結果だった」
「惚れ薬……」
どこかで聞いた話である。なるほどご禁制の魔法だ。こそこそと隠れて売るのも理解できる、と言いたいところだが、男が主に売っていた相手は、カップルを相手にして、というところだ。
「もともと惚れ合っているやつらにそんなもの売りつける意味がわからない」
「はは、まさかそんな。本物があったら大騒ぎだ。劣化品だよ。夜の営みが少し楽しくなるくらいだ」
なるほどね、とスパゲッティーをすすりながら、イースはちらりと正面を向いた。目の前には優雅に茶を嗜む男がいる。長い髪をゆったりと垂らしていて、服には華美な装飾を好んでいる。似合ってはいるが、どうにもごてごてしい。
そして夜の営み、という言葉をきいて、イースはふとミエルのことを思い出したが、バカバカしいと頭を振った。食堂の中では各部隊の人間達が入り混じって、とにかく大盛りを頼むやつやら、目の前のようにかじるように菓子を楽しむやつらもいる。
(……いけすかねえ)
何度会ったところで、その言葉しか出てこない。
「それで? わざわざどうして、第二部隊の団長様が俺にそんなことを教えてくださるので?」
名前は何だったか。大して興味もないので忘れてしまった、と言いたいところだが、自身の記憶力の良さをイースは嘆いた。忘れたくても忘れることができない。しっかりと脳に刻み込まれている名を思い出した。
ガリュツィ・グリムアーム。
彼は長い髪をさらりとかきあげて、優雅に微笑んだ。
「そりゃあ、僕が君と話したかったからに決まっているじゃないか」
眉目秀麗な男だった。イースも容姿の整った男であったが、彼とはまた系統が違う。折れそうなほどに細い腕は、イースと同じ騎士であるとは到底思えない。第二部隊とは、魔法を得意とするものが集まる部隊である。ガリュツィは彼らを束ねる長であった。
イースは息を吐き出した。彼と会話を交わすくらいなら、さっさとミエルのもとに向かって、可愛い顔を拝みたいものだと考えている自分に嫌気がさした。彼女が可愛いのはベッドの上だけなのに、最近は昼間でさえも愛しく感じるときがある。ため息をついた。午後のうららかな気候が、窓からさんさんと注がれている。
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