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13話
しおりを挟む「イース、好き……!!」
勝手に言葉が溢れていた。そう叫ぶ度に、彼が頷いてくれることが嬉しくて、ミエルはイースの首元に指を絡ませながら勝手に動いてしまう腰が恥ずかしくて、それでも彼が好きだと言葉ばかりを繰り返していた。無理やりにしているふりをして、彼はミエルに無理強いをすることはなかった。
だから、彼になめろと言われたときだって、ミエルは耳に落ちた髪をかけながら、おずおずと彼のそれに顔を近づけた。恐らく、大きい。ような気がする。彼以外のものを見たことがないからわからないけれど。
「……舐めろよ」
男の、そんなものだ。以前のミエルであったのなら、すぐさま拒否した。なのにぎんぎんに反り立つ彼のそれが、ひどく可愛らしく感じた。ちろり、と舐めると、わずかにイースは息を飲んだ。ミエルの小さな赤い舌が、ちろちろと舐める度に苦しいほどに先走りの液が彼のそれからこぼれ落ちた。
「くわえろ」
口の中全てに入り切ることはなくて、少しばかりの苦しさがある。足りない分は両手を使って包み込んだ。彼の荒い息が聞こえる。ミエルは服を脱いで、素っ裸なまま尻を突き出して、彼のそれをなめあげて、太ももには触られたわけでもないのに自身の愛液がこぼれて伝って、ベッドを汚している。
なんて、情けない姿なのだろう。
なのに、イースの苦しげな声を聞くと、全てがどうでもよくなってしまう。もっと聞きたいとさえ思う。認めたくないと思っていた気持ちは、とっくに嘘になってしまった。ミエルは彼のことが好きだ。好きで好きでたまらない。口が悪くて、努力家で、ミエルにはいつも怒ったような顔をする。なのに、本当はおせっかいで素直じゃない。そんな彼が、ミエルは好きだ。恐ろしいことは一つだけ。
――――この気持ちが、ただ作られたものなのかもしれないという、それだけ。
***
ミエルは静かに息を吐き出した。ベンチの上で空を見上げる。宿舎に囲まれた中でぽっかりと開いた小さな庭だ。研究所が隣だから、そびえ立った塔のおかげで日陰も悪く、見晴らしも悪い。だからこそあまり人が来ることはないのだが、ミエルにとってはお気に入りの場所だ。学生時代も同じような場所を見つけて、ただ剣を振り回していた。ただの日課だ。
いくら魔法で強化しようとも、もとの能力が劣っていては話にならない。長いポニーテールを振り回してかいた汗は腕で拭った。考えれば考えるほど、苦しくなった。刃が潰された訓練用の剣を地面につきたてベンチに座ったときには、体中がぐったりしていた。驚いた。動きを止めれば、勝手にイースのことを考えてしまう。
彼の真っ赤な、燃えるような髪だとか、ぶっきらぼうな口調だとか、ミエルには、愛想の悪い瞳が、ベッドの上では、ひどく優しくなることとか。
(この気持ちは、本当に、もうすぐなくなって、しまうのかしら……)
するとどうなるのだろう。元通り、ミエルは彼を毛嫌いするのだろうか。わからない。変わってしまう自身が恐ろしかった。胸を掴んで瞳を閉じた。次に瞳を開けたときには、グリュンがいた。ミエルの腰元程度の、小さなカエルの獣人だ。彼女が驚いて瞬くと、「げろげろ」とにっこりと瞳を細めた。
なぜここに、と思ったが、すぐ隣は研究所だ。どの窓からでもこの場所は見下ろせる。
「ミエルは、いっつもこんなところにいるんだねぇ」
「……そうね」
幼子のような話し方をするものだから、どうしても子供のように扱ってしまう。獣人と、人とは流れる時が違うから、確かにグリュンは年だけで言えば彼女よりも下なのだが、子供扱いをするべきではない、と思っているのに彼を前にするとミエルはいつもきつい口調を和らげて口元も優しくなってしまう。
「グリュンは休憩? 研究は順調かしら」
「うん! 獣人が研究所に入ることができるなんて思わなかったもの。毎日が楽しいし、とっても順調」
グリュンは短い足をぴょんと跳ねさせて、ミエルの隣に座った。ぷらぷらと足を動かしながら、研究所の職員の証である黒いローブを、嬉しそうに引っ張っている。
彼は獣人だから、本来なら騎士学校になど入ることもできない。けれどもミエルたちが入学した年から変化があった。新しく変わった学長が、広く門戸を開いたのだ。優秀な学生であるのなら、どのような種族でも受け入れるのだと。
それは女王が就任され、国が変わる一つの兆しとして激震がはしった。変化を恐ろしく口走るものがいれば、静かに希望の声を落とすものもいる。ミエルも女として生まれた自身を悔いてはいないが苦しさを感じるときがある。きらきらと嬉しげに笑うグリュンは、ミエルにとっての希望の種であった。自身よりもより辛い現状であったとしても、求める姿を追い求めている。
「……グリュンは、いいね。正直で、素直で。いい子だもの」
「……どうしたの?」
ミエルはすっかりベンチの上で小さくなってしまっていた。気を抜くと、涙がこぼれてしまいそうだ。自身も、グリュンのように正直に生きたら、何かが変わっていただろうか。頑なに、グリュン以外を寄せ付けずに剣を握った。日向も少ない中庭は、丁度よかった。ミエルは、いつも隠れて消えてしまいたい想いを抱えていた。
「ミエルだって、いい子だよう」
がんばり屋さんだもの、と言いながら、ぺとぺとと彼女の髪を必死でなでるグリュンの手のひらが優しくて、やっぱり少し、涙が零れそうになってしまった。
好きとイースに伝える気持ちに嘘はないのに、全て仕方のないことだというふりをしている。怖くてたまらない。小さなグリュンを、ミエルは力いっぱい抱きしめた。わあ、と彼は驚いて、じたばたと逃げようとしたけれど、逃さなかった。ひんやりとして気持ちがよかった。
――――その日のことだ。第二部隊にて拘束していたはずの『ネズミ男』が逃げ出したのだと、噂が駆け巡ったのは。
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