極め道9171

Reina

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ここは横浜

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出かける時には口癖のように 
サムはいつも言う。
「じゃあ、行ってくるよ。行ってきますのチューは…。」 
そして力強く、
「行ってきます。」
今でも鮮明に覚えている。
毎日、見えなくなるまで見届ける。
心の中で、今日も無事に帰って来る事を願いながら。
無事に帰って来れるのか 分からない。 
仕事柄と言うより、サムの生き方だ。
そんな思いで あの時も出掛けて行ったのであろう。
まさか、こんな日が来るとは。
魔の木曜日と 私は嫌な予感がしてならなかった。
周囲にも、幾度となく嫌な予感を話していた。
サムには何度も伝えていたが 勿論、女の言う事など聞かない男だ。
出掛ける間際、サムのお気に入りのウイスキーバランの17年を玄関先で…
「パリーン!!」 
私は出掛けるのを止める様、再び呟いた。
「出掛けるの、止めたら…。」 
バランの17年を割った後、
「やっぱりな…。」 
「出際に縁起が悪いな。」
何の やっぱりなのかわからなかった。 
本人も何か 感じていたのだろうか。
若い衆たちが 割れたバランの17年を 
何事も無かった様に、綺麗に片付けていた。 
「じゃあ、行って来るよ。」  
「気を付けて、行ってらっしゃい。」 
私にとって、毎日気持ちの入る精魂込めたいつもの言葉。 
仕事柄、無事に帰って来れるとは限らないからだ。
サムの表情も外生きの顔つきに変わる。
目つきが鋭く、家での顔とは 全く違う。
極め道で生きてきたサムの顔になる。
この家から最後の送り出しになるとは…。 
まさかと思う出来事が起ころうとは。
予感だけで 済んで欲しかった。
何で止めなかったのかと、今でも後悔する。
そしていつもの如く、車に乗ると先ず 
電話をしてくる。  
それは あなたの可愛いところ。 
大した用事でもないのに その声を聞くだけで、愛おしく感じていた。  
深夜11時過ぎ…。
早速、飲み屋に到着し また、思い出しては 電話をしてくる。 
それもあなたの可愛いところ。 
深夜0時…。ピッタリにまた電話。
電話を取った瞬間、
「もう、お前とはずっと一緒に居たくない。この先もずっと、ずっとずっと。四月も五月も六月も、七月も…八月も。ずっと一緒に居たくない。もう、全然愛していないし…、二度と会いたくない。じゃあなっ。〝ブツっ〝」 
電話を切られた。 
訳が分からず折り返し、文句の電話をした。
「ホントにそう思ってるの?ならば全て清算して…〝ブツっ〝」
今度は私が切った。 
何度か電話が鳴ったが、スルーした。 
頭にくると、電話に出ない私の性格。
言わなくても良いことまで言ってしまうからだ。
そしてメールが着た。
電話を取らないと決め、
反応しないと決めていても携帯は握ってサムからの電話を気にしていた。 
「メール、見みろよ。」 
電話を切ってから 電話など見ていない。 
頭にきていたが、渋々メールを見た。
「今日は何の日だ。」
…「はぁ…?」
意味が分からない。 
ムカつきながらも電話をする。
「今日はエイプリルフールだよ。よく、メール見ろよ。全部、反対の言葉。全部ウソ。じゃあな。」
本当に子供みたいな人。
今、考えば 私を連れて行かない様にする為だったのか。
それからまた、大した用事でもないのに
何度も電話をしてくる。  
「今、何してるの?」
いつものパターンだ。 
深夜3時を過ぎた頃、電話の声が ワントーン低くなる。
気が立っている声だった。 
「今、Hと話をしてる。これから話を済ませて一杯呑んでから帰る。じゃあな。」 
これが元気でいる、最後の言葉だった。  
私は夜が明けても寝ないで待ち続けた。 
出掛けた時は 戻るまで、安心出来ないので 寝れないのが私の性分。
でも、いつもより心配でたまらない。 
電話も出ない。 
今日はまさかの木曜からの明け。
何も思わない様にして待ち続けた。 
既に、朝になっていた。 
心配で我慢しきれず、携帯に電話をする…。
えっ…電源入っていない…。
こんなにも胸騒ぎがして、生きた心地がしない朝を迎えたのは生まれて初めてだった。
朝日が眩しい。
目が眩みそうになりながらも 朝日を見つめていた。
何事もありません様にと…。 
…電話が鳴った。 
「親父、今病院に運ばれて…」 
一瞬、息がつまって ひと呼吸し
「今、救急入り 処置をしているので 2、3日で退院出来ると思います。詳細、分かりましたらまた 連絡させて頂きます。失礼します。」
いつもの心無い言葉。
若い衆のRからの電話だった。  
それから丸1日、何も連絡がなかった。 
そんなに酷いのか…と。
その時点で、私は知る余地もなかった。 
心配でたまらない。 
若い衆に電話を入れる。 
「大変、言いにくいのですが…。親父は今、ICUに入ってます。」
私は愕然とした。 
「集中治療室?」
やはり、起こってしまった。 
そこから数日間の私の記憶は薄い。
全てが終わったと。
気が狂いそうだった。  
ただ、ただ、意識が戻る事だけを祈るしかなかった。 
側にも行けない、祈るだけ。 
私の寿命を分けてもよいから…
ずっと一緒に居るって言ったのに…
幸せにするって言ったのに…
後悔させねぇ、
俺と生きてくれって言ったのに… 
全部ウソになっちゃうじゃん…  
怒りと悲しみ、どうしてよいのか
分からないまま
数日が過ぎた。

4日後、意識を戻した。  
脳の手術で痛みがあるので麻酔は切れないという。
そういえば、以前
何かに憑依された事があった。 
その時、
「お前をいくら探しても、探しても居なかった。四日間も何で俺から離れた。必死に探して漸く見つけた。ホッとした。俺は死んだのかと思った。」
意識不明を予知していたのだろうか。 
倒れる1ヶ月前の話だ。
感が良い男だか、とても繊細で 
本当はメンタルはとても弱い。  
それで憑依されてしまうのであろうか。 
精神的に弱っている時に 
必ず憑依されていた。
それくらい、心身共に 魂が弱っていたのだろう。
人が憑依されてしまうのを、私は40数年生きてきて、目の前で初めて見た。
テレビで言っている通りだった。  
映画で見ていた通りだった。
目の黒目が小さくなって、咳き込み、首を痛そうに抑えて、その後に腰が痛くなるのがそうなる時の前兆だった。  
倒れる1ヶ月前の写真は、殆どが目の回りがグレー、若しくは青タンの様に写ってる。 
まるで精気が抜けた顔だった。 
身体が動かなくなる事を、わかっていたかの様な遊び方だった気がする。  
毎日何度もSEXをし、
何をそんなに急いでいるのかと思うほど…。 
こうなる事がわかっていたのだろうか。
私を一人にして…。    
今でもあの飲み屋のビルを見ると、思い出し頭の中で 救急車のサイレンが鳴り響く。
そして辛い思い出が蘇る。  
あの時、怒られても家から出さなければ…  
あの時、あの時、と後悔してしまう。 
神様、何で助けてくれなかったのかと。 
あれだけマリア様を崇拝していたのに。 
何十年も生きてきて 初めて本気で愛した男だった。
こんな終わり方で良いのか、まだ極めてないよ。サム…。
何度も、何度も問いかける。 
サムに、届いているだろうか。





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