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思惑
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あの日から、一ヶ月が過ぎた。
直也はあれからも、ちょこちょこと妃芽子のバイト先を尋ねてきた。学校では話せないので、妃芽子は彼が尋ねてきてくれることが嬉しかった。
彼の、話しているときの笑顔が可愛い。学校では見られない彼に、妃芽子は自分がどんどん惹かれているのが分かった。彼と過ごす時間はあっという間に過ぎていった。
直也について、今までで一番驚いたことと言えば、彼がバイオリンを弾けるということだ。しかも、相当クラシックに詳しい。その理由は聞いていないため分からなかったが、家が音楽一家なのだろうかと妃芽子は思っていた。そして、部活はオーケストラ部らしい。いつか開かれたサッカーの大会の時、直也の姿をそこで見かけたので、妃芽子はずっと直也はサッカー部だと思っていた。それを言ったら、彼はあれは助っ人、と言っていた。試合に出るには部にはいるのが条件のため、その一ヶ月前からはサッカー部に入っていたらしいが、試合が終わったあとやめたらしい。助っ人にしてはずいぶん活躍していたような……妃芽子はそんなことを思ったが、それは気にしないことにした。直也がオーケストラ部に入った理由だって、幽霊部員になっても何も言われないからという不真面目な理由だったし。
「妃芽子ー。機嫌いいわね。何があったかお姉さんに話してみなさいっ」
「え?」
ふっと我を取り戻すと、そこは教室だった。どうやら四限目が終わって、昼休みに入ったようだ。いつの間にか、ぼーっと直也のことを考えてしまっていたらしい。
目の前には、茉莉子のにやにやした笑顔があった。相変わらず、今日も彼女は綺麗だった。
「ずっとにやにやしてたわよ? すっごく珍しく!」
「えー……と……」
茉莉子も今十分にやにやしてるよ、と言いたかったが、それはやめておいた。少し考えから、口を開く。
「こないだ音楽部のオーディションあったって言ったでしょ?」
「あ、うん。そういえば言ってたわね。二月の冬祭の時、講堂で誰がピアノソロ弾くかってやつでしょ?」
茉莉子の確認の言葉に、妃芽子は頷いた。
「あれ、わたしに決まったの」
妃芽子がそう言って数秒後。
「え―――っ?!」
茉莉子が大きく目を見開いて、驚きの声を出した。まあ驚くのは無理もないけれど……。普通、ピアノソロは三年が担当するのだ。自分に決まったと聞かされたときには、三年の米倉百合子先輩にものすごい剣幕で思いっ切り睨まれた。
「すごいすごーい! もしかしてとは思ってたけどほんとにそうなるなんて! 頑張ってね!」
「うん。ありがと」
茉莉子が自分のことのように喜んでくれて、妃芽子はとても嬉しかった。
実は、今日機嫌がいいのはこれだけじゃないんだけど……。けれど、さすがにそれは恥ずかしくて言えることではなかったので、妃芽子は何とかこれで誤魔化そうと思った。
朝、昇降口で直也に会った。学校では義務的なこと以外話したことがなかったので、あまり期待はしていなかった。
「……はよ」
だから、彼のこの一言がとても嬉しかったのだ。朝の挨拶なんてたいしたことはないと思うかもしれないけれど、妃芽子にとってはとても重要だった。もしかしたら、この一言が学校で直也と交わした、初めての私的な言葉だったかもしれない。
直也はあれからも、ちょこちょこと妃芽子のバイト先を尋ねてきた。学校では話せないので、妃芽子は彼が尋ねてきてくれることが嬉しかった。
彼の、話しているときの笑顔が可愛い。学校では見られない彼に、妃芽子は自分がどんどん惹かれているのが分かった。彼と過ごす時間はあっという間に過ぎていった。
直也について、今までで一番驚いたことと言えば、彼がバイオリンを弾けるということだ。しかも、相当クラシックに詳しい。その理由は聞いていないため分からなかったが、家が音楽一家なのだろうかと妃芽子は思っていた。そして、部活はオーケストラ部らしい。いつか開かれたサッカーの大会の時、直也の姿をそこで見かけたので、妃芽子はずっと直也はサッカー部だと思っていた。それを言ったら、彼はあれは助っ人、と言っていた。試合に出るには部にはいるのが条件のため、その一ヶ月前からはサッカー部に入っていたらしいが、試合が終わったあとやめたらしい。助っ人にしてはずいぶん活躍していたような……妃芽子はそんなことを思ったが、それは気にしないことにした。直也がオーケストラ部に入った理由だって、幽霊部員になっても何も言われないからという不真面目な理由だったし。
「妃芽子ー。機嫌いいわね。何があったかお姉さんに話してみなさいっ」
「え?」
ふっと我を取り戻すと、そこは教室だった。どうやら四限目が終わって、昼休みに入ったようだ。いつの間にか、ぼーっと直也のことを考えてしまっていたらしい。
目の前には、茉莉子のにやにやした笑顔があった。相変わらず、今日も彼女は綺麗だった。
「ずっとにやにやしてたわよ? すっごく珍しく!」
「えー……と……」
茉莉子も今十分にやにやしてるよ、と言いたかったが、それはやめておいた。少し考えから、口を開く。
「こないだ音楽部のオーディションあったって言ったでしょ?」
「あ、うん。そういえば言ってたわね。二月の冬祭の時、講堂で誰がピアノソロ弾くかってやつでしょ?」
茉莉子の確認の言葉に、妃芽子は頷いた。
「あれ、わたしに決まったの」
妃芽子がそう言って数秒後。
「え―――っ?!」
茉莉子が大きく目を見開いて、驚きの声を出した。まあ驚くのは無理もないけれど……。普通、ピアノソロは三年が担当するのだ。自分に決まったと聞かされたときには、三年の米倉百合子先輩にものすごい剣幕で思いっ切り睨まれた。
「すごいすごーい! もしかしてとは思ってたけどほんとにそうなるなんて! 頑張ってね!」
「うん。ありがと」
茉莉子が自分のことのように喜んでくれて、妃芽子はとても嬉しかった。
実は、今日機嫌がいいのはこれだけじゃないんだけど……。けれど、さすがにそれは恥ずかしくて言えることではなかったので、妃芽子は何とかこれで誤魔化そうと思った。
朝、昇降口で直也に会った。学校では義務的なこと以外話したことがなかったので、あまり期待はしていなかった。
「……はよ」
だから、彼のこの一言がとても嬉しかったのだ。朝の挨拶なんてたいしたことはないと思うかもしれないけれど、妃芽子にとってはとても重要だった。もしかしたら、この一言が学校で直也と交わした、初めての私的な言葉だったかもしれない。
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