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思惑
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「うーん……」
茉莉子の悩み気味な声が前から聞こえて、妃芽子は顔を上げた。
「妃芽子」
「うん」
「隠し事はやめなさい」
「え? ええ?」
妃芽子は驚いて、間抜けた声を出す。茉莉子に朝のことがばれているはずはない。彼女はいつも遅刻ぎりぎりに学校へ来るのだから。
「何のこと?」
「……だってー。オーディションのことならそんなにやにやすることなんてないじゃない。妃芽子が機嫌いいの、もっと別のことがあるでしょ」
「…………」
鋭い。鋭すぎる。茉莉子ほど直感が働く人物がいるかと言うくらい、茉莉子は洞察力が優れていた。
ここをどうやって切り抜ければいいものか……。
とりあえず否定しておこうと思い、口を開く。自分でも、笑顔が引きつっていることがよく分かった。
「え、えー、そんなことないよー」
「うーそっ。だてにあんたの親友十年やってるわけじゃないのよ。あたしには誤魔化しは通用しないの!」
「で、でもね」
「ひーめーこー」
「うう……」
茉莉子の目がだんだんと座ってきている。妃芽子は観念して、頭を垂れた。
もともといつかは茉莉子に話すつもりだった。だから、それが少し早まっただけだ。今はまだ、なんとなく、自分の中でも整理を付けたくて黙っておきたかった。けれどここまで来たらこの際だ。茉莉子に話すことに決めた。
「えーとね」
しぶしぶと言ったかたちで、妃芽子は口を開く。茉莉子を見ると、彼女は目をきらきらと輝かせていた。なんだかこの状況を楽しまれている気がする。
「わたし……好きな人ができたの」
「ほうほう。やっぱり」
茉莉子の言葉に、妃芽子は目を見開いて驚いた。茉莉子は楽しそうに目を細めて、にやにやと自分を見ていた。
「……驚かないの?」
「んー、なんとなく分かってたし。妃芽子の口から聞いて予想が確信に変わったって感じよ。だってあんた最近よくぼーっとしてるし、かと思えばにやにやしだすし」
「え―――っ?! わ、わたしそんなこと……」
「自分で気付かなくてもそうなってるわよ。ま、親友のあたしには隠し事は無駄ってわけよ」
「……恐れ入りました」
「分かれば良し。……で、相手は?」
聞かれるとは分かっていたが、実際に聞かれると恥ずかしくて、妃芽子は固まってしまった。
「え、えーと……」
「俊樹くん?」
「ええ?! なんでそこで俊樹が出てくるかなあ……」
「違うの?」
「違うわよ!」
「ほんとに?」
「ほんとに! 当たり前じゃない。だって俊樹は従兄だよ……」
妃芽子の言葉を聞いて、茉莉子ははあ、とひとつため息をついた。右手で頬杖をついてから、口を開く。
「従兄だって十分恋愛対象に入るわよ。結婚できるんだから」
「結婚って……。そりゃそうかもしれないけど、わたしと俊樹はねえ……」
妃芽子は苦々しげに笑って、そう言った。これは、妃芽子の中でそれぐらい有り得ないことなのだ。理屈とかそういうものは関係なく。何故茉莉子が俊樹のことをこれほどまでに気にするのか、妃芽子にはまったく訳が分からなかった。
「ふーん……。まあいいけど。じゃ、誰なの?」
「え、えーと……」
数秒沈黙。
それから、妃芽子は目線を茉莉子の方へ上げた。
「……ど、どうしても言わなきゃだめ?」
「…………。別にそういうわけじゃないけど……」
茉莉子が少し、寂しそうな顔をしたため、慌てて妃芽子は口を開いた。
「あ、あのね、茉莉子に言うのが嫌とかそういうわけじゃないの。いつかは話そうと思ってたし。でもね、自分でもほんとに突然のことで、まだ整理が付いてないというか……」
「…………」
「ずっと苦手だな、って思ってた人なの。だから急にこんなふうになって、ちょっと戸惑ってるの。それに、わたしにどうこうできる相手じゃないし……」
妃芽子はそう言って、俯いた。茉莉子の視線が自分に向けられているのが、見ていなくても分かった。しばらくして、ふうっと茉莉子が息をついたのを感じた。
「……分かった。妃芽子が話したいと思ってくれるときまで待ってるわ。あたしこう見えても気長いし。ね?」
顔を上げると、茉莉子は柔らかく微笑んでいた。綺麗な笑顔。こういうのを、女の鏡というのだと思う。
「ありがと。決心がついたらすぐ茉莉子に話すからね」
「うん。応援してるわよ!」
「ふふ。ありがと」
本当に良い親友を持ったと思う。時々喧嘩をしてしまうこともあるけれど、茉莉子とは、時間がかかってもいつも仲直りすることができた。
喧嘩をして仲がこじれてしまう、という話はよく聞いた。確かにそういうこともあるかもしれない。けれど、茉莉子とはそういうことがないからこそ、彼女は本当に自分の親友だと思えた。
惚れ惚れとする彼女の笑顔を見つめる。早く彼女に直也のことを話したいな、と妃芽子は素直に思った。
自分の中で直也のことについてを整理し、何らかのかたちでのそれを決心に変えるまで、どれくらいの時間がかかるかは分からない。
はっきり言って、この恋は不毛だと思う。
なにせ相手は、あの女たらしで女癖の悪いという、学校一のモテ男だ。どうやっても、どうにもならないと妃芽子は思った。
想うのは自由だからいいけれど。
妃芽子は自分にそう慰めの言葉を掛けて、茉莉子に気付かれないようにそっとため息をついた。
茉莉子の悩み気味な声が前から聞こえて、妃芽子は顔を上げた。
「妃芽子」
「うん」
「隠し事はやめなさい」
「え? ええ?」
妃芽子は驚いて、間抜けた声を出す。茉莉子に朝のことがばれているはずはない。彼女はいつも遅刻ぎりぎりに学校へ来るのだから。
「何のこと?」
「……だってー。オーディションのことならそんなにやにやすることなんてないじゃない。妃芽子が機嫌いいの、もっと別のことがあるでしょ」
「…………」
鋭い。鋭すぎる。茉莉子ほど直感が働く人物がいるかと言うくらい、茉莉子は洞察力が優れていた。
ここをどうやって切り抜ければいいものか……。
とりあえず否定しておこうと思い、口を開く。自分でも、笑顔が引きつっていることがよく分かった。
「え、えー、そんなことないよー」
「うーそっ。だてにあんたの親友十年やってるわけじゃないのよ。あたしには誤魔化しは通用しないの!」
「で、でもね」
「ひーめーこー」
「うう……」
茉莉子の目がだんだんと座ってきている。妃芽子は観念して、頭を垂れた。
もともといつかは茉莉子に話すつもりだった。だから、それが少し早まっただけだ。今はまだ、なんとなく、自分の中でも整理を付けたくて黙っておきたかった。けれどここまで来たらこの際だ。茉莉子に話すことに決めた。
「えーとね」
しぶしぶと言ったかたちで、妃芽子は口を開く。茉莉子を見ると、彼女は目をきらきらと輝かせていた。なんだかこの状況を楽しまれている気がする。
「わたし……好きな人ができたの」
「ほうほう。やっぱり」
茉莉子の言葉に、妃芽子は目を見開いて驚いた。茉莉子は楽しそうに目を細めて、にやにやと自分を見ていた。
「……驚かないの?」
「んー、なんとなく分かってたし。妃芽子の口から聞いて予想が確信に変わったって感じよ。だってあんた最近よくぼーっとしてるし、かと思えばにやにやしだすし」
「え―――っ?! わ、わたしそんなこと……」
「自分で気付かなくてもそうなってるわよ。ま、親友のあたしには隠し事は無駄ってわけよ」
「……恐れ入りました」
「分かれば良し。……で、相手は?」
聞かれるとは分かっていたが、実際に聞かれると恥ずかしくて、妃芽子は固まってしまった。
「え、えーと……」
「俊樹くん?」
「ええ?! なんでそこで俊樹が出てくるかなあ……」
「違うの?」
「違うわよ!」
「ほんとに?」
「ほんとに! 当たり前じゃない。だって俊樹は従兄だよ……」
妃芽子の言葉を聞いて、茉莉子ははあ、とひとつため息をついた。右手で頬杖をついてから、口を開く。
「従兄だって十分恋愛対象に入るわよ。結婚できるんだから」
「結婚って……。そりゃそうかもしれないけど、わたしと俊樹はねえ……」
妃芽子は苦々しげに笑って、そう言った。これは、妃芽子の中でそれぐらい有り得ないことなのだ。理屈とかそういうものは関係なく。何故茉莉子が俊樹のことをこれほどまでに気にするのか、妃芽子にはまったく訳が分からなかった。
「ふーん……。まあいいけど。じゃ、誰なの?」
「え、えーと……」
数秒沈黙。
それから、妃芽子は目線を茉莉子の方へ上げた。
「……ど、どうしても言わなきゃだめ?」
「…………。別にそういうわけじゃないけど……」
茉莉子が少し、寂しそうな顔をしたため、慌てて妃芽子は口を開いた。
「あ、あのね、茉莉子に言うのが嫌とかそういうわけじゃないの。いつかは話そうと思ってたし。でもね、自分でもほんとに突然のことで、まだ整理が付いてないというか……」
「…………」
「ずっと苦手だな、って思ってた人なの。だから急にこんなふうになって、ちょっと戸惑ってるの。それに、わたしにどうこうできる相手じゃないし……」
妃芽子はそう言って、俯いた。茉莉子の視線が自分に向けられているのが、見ていなくても分かった。しばらくして、ふうっと茉莉子が息をついたのを感じた。
「……分かった。妃芽子が話したいと思ってくれるときまで待ってるわ。あたしこう見えても気長いし。ね?」
顔を上げると、茉莉子は柔らかく微笑んでいた。綺麗な笑顔。こういうのを、女の鏡というのだと思う。
「ありがと。決心がついたらすぐ茉莉子に話すからね」
「うん。応援してるわよ!」
「ふふ。ありがと」
本当に良い親友を持ったと思う。時々喧嘩をしてしまうこともあるけれど、茉莉子とは、時間がかかってもいつも仲直りすることができた。
喧嘩をして仲がこじれてしまう、という話はよく聞いた。確かにそういうこともあるかもしれない。けれど、茉莉子とはそういうことがないからこそ、彼女は本当に自分の親友だと思えた。
惚れ惚れとする彼女の笑顔を見つめる。早く彼女に直也のことを話したいな、と妃芽子は素直に思った。
自分の中で直也のことについてを整理し、何らかのかたちでのそれを決心に変えるまで、どれくらいの時間がかかるかは分からない。
はっきり言って、この恋は不毛だと思う。
なにせ相手は、あの女たらしで女癖の悪いという、学校一のモテ男だ。どうやっても、どうにもならないと妃芽子は思った。
想うのは自由だからいいけれど。
妃芽子は自分にそう慰めの言葉を掛けて、茉莉子に気付かれないようにそっとため息をついた。
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