ネイビーブルー・カタストロフィ――誰が○○○を×したか――

古間降丸

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4 エロ魔王に訊いてみな(その10)

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「ったくよう、ざけやがってよう」
 堀切弥平は図書室にいた。
 “第六エロ魔王”という“いかがわしい異名”とは裏腹に、当人は小太りな眼鏡野郎である。
 ちなみに放課後の図書室なら特に受験を控えた三年生あたりが集まっていてもよさそうなものだが、弥平の他には誰もいない。
 その背景には、この山葵坂中学校に文化部が存在しない理由と相通じるものがある。
 田舎のこどもは幼少の頃から“本を読む暇があったら外で遊べ”と叱られて育ち、小学校に入学してもそれは変わらない。
 だから――
 外でみんなと遊ぶ→協調性がある心身とも健康な優良児童
 家や教室で本を読む→協調性がなく友達もいない、心身共に不健康ななに考えてんだかわからない更正対象児童
 ――として教師から評価され、それはそのまま児童間、生徒間での力関係やカーストに反映される。
 なので、田舎の学校では図書室を利用する者はほとんどいない。
 また、この考え方は自治体の教育政策においても公認のものらしく、町内には運動場や野球場がいくつも存在する一方で、公共の図書館と呼べるものは町役場の中にある図書室だけである。
 それはともかく――。
「えらく機嫌が悪いじゃないか」
 いきなり書棚の前で切れている弥平に静刻が声を掛ける。
「静刻か」
「なんかあったのか」
「川丸書店だよ」
 弥平は一冊の美術書を手に、閲覧机へ向かい席につく。
「……なんかあったっけ」
 首を傾げる静刻はその店の名前を知らない。
「知らないのか」
「知らん」
「オレもさっき聞いたんだが、今月いっぱいで閉めるらしい」
 二十八年前に閉店した店の名であれば、静刻が知らないのも道理である。
 その頃にはまだこの町に引っ越しても来てなければ、そもそも生まれてもいないのだから。
 逆に“二十八年後にも残っている店”の話題を振ってみる。
「でも駅前に遠山ブックセンターがあるじゃないか」
「去年オープンしたあそこな。そっちに客とられたんだ。それでなくても本屋を利用するヤツなんてほとんどいないのに」
 よほど川丸書店の閉店が気に入らないらしい。
 静刻にはそれが少し意外だった。
「堀切ってブックセンター派だと思ってたが」
 もちろん、ギィアが作ったエロネタランキングに出てくる“巨乳店員”の存在がその根拠である。
 “第六エロ魔王”なら、当然“巨乳店員そっち”を選ぶのではないのか?
 しかし、弥平は答える。
「確かにあそこの店員のおっぱいは見事なものだ。だからといって川丸が無くなるのは痛い」
「なんで?」
「川丸はエロ本コーナーがレジの死角なんだよ。町内唯一の立ち読みスポットだったのに」
「なるほど」
 そういうことかと半ば呆れて返す静刻に、弥平が続ける。
「それだけじゃないぞ。店番がババアだから一見してエロ本とわからないエロ本を買うことができる店でもあったのさ。その川丸が潰れたらオレは来月からどこでレ×ンピープルを買えばいいのだ」
 “レ×ンピープル”がなんなのか知らない静刻は黙って聞くことしかできない。
 そんな静刻を置き去りに、弥平はさらになにか思い出したらしい。
「こんなショッキングな出来事は、夜中に自転車飛ばして峠の国道沿いにあるエロ本の自販機まで行ったのに、慌てて中身も見ずにボタン押して出てきた雑誌を持って帰ってみたら“わけわかんねえ麻雀雑誌”だった時以来だ。ざけやがってよう」
 そして目線をギィアに向ける。
「ところでギィアちゃん」
「はいなのです」
「××してくれない?」
「嫌なのです」
 不意を突いて放たれた“エロ魔王に相応しい発言”に、ギィアは表情をわずかも変えることなく即答する。
 そして、そのとなりで静刻は“セクハラという言葉すら存在しない時代だからなー”と肩をすくめる。
 弥平の怒りが一段落したところで静刻が切り出す。
「そんな堀切に教えてほしいことがあるんだけど」
「おう、なんだね」
「あらゆるエロネタをフォローしてる堀切にとってブルマってどうよ」
「ブルマ、だと?」
 それが予想外の言葉だと言わんばかりに眼鏡越しに静刻を見る。
 そして、少しの間を置いて答える。
ブルマあれは“エロ”じゃない、“日常”だ」
「“日常”……か」
「諺にもあるだろ。“姉持ちは姉では勃たない、妹持ちは妹では勃たない”ってのが」
「初めて聞いたが」
「“日常”は“エロ”を凌駕するのさ。そうじゃないと社会生活そのものが成立しない。生物としての本能であるはずの“エロ”が“日常”に勝てないことが、人が人である由縁なのだろうな」
 なんでエロ話なのに高尚なんだよ――と、静刻は心中でつっこみを入れながら、弥平の話に耳を傾ける。
「もっとも、“日常”の中に“エロ”を見いだすヤツが常に少数派として存在してるのも事実だけどな。たとえば“日常”であるはずのブルマを“エロアイテム”として認識しているヤツ、いわゆる“隠れブルマフェティシスト”――長いな。“隠れブルフェチ”でいいか――が存在する可能性もゼロじゃない。でもこれはそんな意外なことでも矛盾することでもない。世の中には女が書いた文字すらエロ対象にできるヤツがいるんだから。ところでギィアちゃん」
「はいなのです」
「×××××××していい?」
「嫌なのです」
 そのやりとりを見ながら静刻は思う。
 “第六エロ魔王”――堀切弥平はただの“すけべな中学生”ではなかった。
 その話す内容や考え方は、年上のはずの静刻を感心させるほどのものがあった。
 ならばついでに訊いてみるのもいいかもしれない、“ブルマ絶滅の原因”とネット上で言われている“あのこと”についても。
「もしも、さ」
 割って入る静刻に、弥平は目線を戻す。
「もしも、だけど。たとえばブルマとかをいわゆるエロアイテムとして売る商売ができて、それがブームになることでブルマに対する認識が“日常”から“エロ”に転向することってないか? 都会でそういう商売が流行って、それをテレビとかで見た田舎の人間が追従して、ブルマをエロアイテムとして認識し始めるみたいな」
「ないね」
 弥平は即答する。
「ブルマをエロアイテムとして販売するような商売が成立するのは都会だけだ。都会は人が多い、ということは“隠れブルフェチ”も多いだろう、それらが客となることで商売になる。でも、田舎じゃそんな商売は成り立たない。人が少ない、つまり、そういうところでカネを使う“隠れブルフェチ”も少ない。だから、田舎の人間から見ればブルマをエロアイテムとして扱うのは都会だけのできごと、テレビの中だけのできごとに過ぎない。田舎で生まれ育った人間にとって都会ってのは地続きじゃないんだよ」
 確かにネットのないこの時代では“都会”というのははるかに遠い別世界なのだろう――と、静刻も理解する。
「そんな商売が都会でブームになったところで、田舎の人間は追従するどころか“別世界の変な風俗”としか理解できない。ブルマをエロアイテムとして捉えるなんて都会の人間はなに考えてんだ?、変なものが流行るんだなという感想を抱くくらいだ。“別世界の他人事”だからな。だから、いくら都会でそんな商売がブームになったとしても商売として成立しないような土地じゃブルマは日常アイテムというカテゴリを逸脱することはない――と思う。いわゆる土地柄というか地域性ってやつだな。ていうか――」
 一旦言葉を切って眼鏡のフレームをくいと上げる。
「――そもそも、エロってのは“都会に追従する”とか“流行ブームに乗る”みたいな脳の浅い部分が左右する話じゃないんだよ。脳の深いところで性的衝動がなにに反応するかっていう本能レベルの話だからな」
「なるほどね」
 静刻はため息をつく。
 しかし、弥平はそのため息が感嘆によってもたらされたものであることにも、さらには静刻の目に弥平への尊敬の光がよぎったことにも気付かない。
「もしかして、静刻って――」
「うん?」
「――ブルマがエロ目線で見られるようになったら、ブルマが廃止されるとか考えてるのか?」
 思わぬ図星に静刻とギィアが息をのむ。
 弥平はそんなふたりの反応とは無関係に淡々と続ける。
「それはない」
「どうして?」
「多くの男子からエロ目線で見られてるのを知ってるのに、女子が放置してるものってな~んだ」
 そんなのあったっけ?
 ランキングを思い返そうとした時、図書室の扉が開いた。
 目を向けるとそこには一年生の女生徒がふたり。
 しかし、そのふたりは弥平を見ると、悲鳴を上げて引き返す。
 さすがは“エロ魔王”である。
 校内の全女子にその存在を知られているらしい。
 その“エロ魔王”様は顔色を変えることなく続ける。
「今のふたりがヒントだよ」
 静刻は思い出す。
 ひとりはセミロング、もうひとりはショートヘアだった。
 いや、違うな、関係ない。
 ふたりとも白セーラーではなくブラウスだった。
 すぐに閃いた。
「なるほど。“透けブラ”か」
「正解」
 弥平は背もたれに身体を預け、イスを軋ませながら続ける。
「“透けブラ”をエロ目線で見ることは男女問わず公認だ。だから、もしエロ目線に拒否反応があるのなら女生徒は全員“透けブラ”が発生しない白セーラーを着用するはずだ。にもかかわらずブラウス派は常に存在している。それもけして少なくない割合で」
 一旦、言葉を切ってふうと息を吐く。
「つまり“透けブラ”とは“エロ”でありながら“日常”でもあるんだよ。日常アイテムとされているブルマがこの先エロアイテムとしての側面があることが新たに認識されたとしても“透けブラ”と同じ扱いになる可能性が高い」
「廃止になることはないと」
 つぶやく静刻に弥平が頷く。
「さらにハイヒールって知ってるだろ」
「うん」
「あれに欲情する人間は昔からいて、その存在は公認になってる。でも、ハイヒールはなくならない。なぜか」
「なぜだ」
「ハイヒールで欲情する方がイレギュラーだからだよ。そもそもハイヒールはエロアイテムじゃない。それをエロアイテムとして認識する方がおかしい。だから、女が距離を置こうとしたり、その存在を黙殺したりするのはハイヒールではなく“ハイヒールに欲情する連中”――ってわけだ」
「ブルマにも同じことが言える、と?」
「そう。エロアイテムじゃないブルマに欲情する方がイレギュラーなんだよ。そうなるとハイヒールのケースと同様だ。ブルマに欲情する人間がいれば女の方から“不快だ”とか“なんとかしてほしい”とかの意見が出るだろう。でも、この場合において“なんとかする対象”はブルマではなく“ブルマに欲情する連中”の方だ。逆に言えば“ブルマに欲情する連中”に矛先が向くことはあってもブルマそのものに矛先が向くこと――つまり、ブルマが廃止に向かうことはない、と思う」
 ここまでロジカルに解説されると静刻は感心するしかない。
 弥平が告げる。
「じゃ、いいか? そろそろ美術鑑賞を始めたいんだけど」
 静刻はちらりとギィアを見る。
 こくりと頷くのを見て、弥平の肩に手を置く。
「おう。ジャマしたな」
「なんのなんの」
 そう言いながら弥平の手が閲覧机に置いたままだった美術書を無造作に開く。
 開いたページに弥平は目を見開き、息を飲む。
 とはいえそこに見えるのはいわゆる裸婦画ではない。
 それでも弥平は瞬く間に興奮状態に陥る。
「ああ、たまらん。この虫けらを見るようなクールな目線が、ぎちぎちに締め付けられたおっぱいが」
 開かれているのは“クラナ×ハのユデ×ト”。
 “生首の書かれた着衣画”に、息を弾ませ目を輝かせることができるところは、さすがに“第六エロ魔王”である。
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