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5 月光と妄想たち(その5)
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翌朝、静刻はソファでうずくまるギィアに毛布をかけると、ひとりでオペレーションルームを出た。
ギィアは拒絶されたことがよほどショックだったらしく、あれ以来一度も起き上がることも口を利くこともなかった。
朝になって声を掛ける静刻に対し、ソファへ埋めた顔を上げることすらなかった。
静刻としては立ち直るのを待っててもよかったが、それよりも和江の頑なな態度が気になっていた。
取り立てて強情なところがあったり、見栄や意地で自身の主張を擬装するタイプでもない。
その和江が“男子目線とは無関係に形状がいやらしいから嫌い”と言った以上、それは本心からなのだろう。
つまり、根拠の希薄なギィアの“うっかり説”以前に、静刻の唱えた“誤認説”の時点で誤っていたのだ。
その事実はギィアだけではなく静刻にも衝撃――というよりも“敗北感”に近い感覚――を与えていた。
夜の体育館を思い出す。
ギィアの説得で消えていった三体の人魂は“誤認説”――と“うっかり説”――に納得したのだろう。
しかし、和江を含む残り二十体は納得しなかった。
“誤認”や“うっかり”ではなく、明確に“形状”からブルマ自体をいやらしいと認識している和江と彼女に賛同する十九体は納得しなかった。
確かに後世では“あの形状がいやらしい”というのは常識であり通説である。
だが、それは都会におけるブルフェチの存在が公になり、エロアイテムとしての側面が顕在化したからそう思われるようになったのではないのか。
ブルフェチの存在が公になる前の現時代におけるブルマとは“エロ”とは無縁な“日常”だったのではないのか。
にもかかわらず和江たちはあの形状を“いやらしい”と認識している。
特異な思考や価値観を持つ、いわゆるアマノジャク気質ならそれもあり得るだろう。
しかし、誰からも好かれ、慕われている和江がそんなタイプなはずはない。
その和江が“ブルマ=日常”という共通認識から外れた捉え方をしている。
その原因はなんだ?
その理由はなんだ?
その根拠はなんだ?
あてもなく校内をうろついたところで答えが得られるとは思っていないが、なにかヒントくらいは得られるかもしれない。
そんなことを考えて、ギィアを残して部屋を出たのだ。
一緒に答えを探して右往左往するよりも、見つけた答えを提示した方が――
「ギィアも喜ぶだろうしな」
――無意識につぶやく。
が、その直後によぎった自分の言葉への違和感が口を衝く。
「ギィアを喜ばせたいのか、オレは」
少し考えたが、答えは出なかった。
ギィアの“ネイビーブルー・カタストロフィ回避プロジェクト”に静刻が手を出したのは、自分が二〇二〇年へ帰るため――それだけだったはずなのに。
考えに詰まって、父の教えを口にする。
「やりかけたことはやりとげる――それだけだ」
今日も桜のかたわらで凝固しているままのファージに背を向け、体育館の鉄扉に手を掛ける。
静刻が開こうと力を込める寸前、その扉が勝手に開いた。
驚いて立ち尽くす静刻の前では、朝練に着た男子バレー部がコートの準備を始めていた。
「あれ、静刻。こんなとこでなにやってんだ?」
「いや、なんでもない。いつになく早く起きることができたんでね。早朝登校してパトロールだ」
大げさに敬礼しておどけてみせる。
深夜の体育館を徘徊していた“妄想異形”も“思念人魂”も、窓から差し込む朝の光に照らされた今の体育館には気配すらない。
“思念や妄想を可視化できるのは夜明けまで限定”と、ギィアが言っていたのを思い出す。
ということは可視化が解けただけで、様々な妄想や思念は今も漂っているのだろう――そんなことを考えながら、朝練バレー部が準備運動を開始したのを尻目に普通教室棟へと足を向ける。
始業前だった昨日の朝より早い時間ということもあって、普通教室棟へ近づいても人の気配はない。
静けさの中、ふと、視線を感じて振り返る。
そして、凍り付く。
静刻のすぐ後ろにファージがいた。
昨日の昼に見た時よりも一回り大きく、また、全身に浮かんでいた黒い斑点は消えてはいるものの、その分、体表全体がダークグレーに変わっている。
さらに背中に生えていた何本もの突起のうち、あるものは触手に、別のあるものは角へと形状を分化させている。
つまり、明らかに成長している。
そのファージがいる。
上体を持ち上げて。
ついさっき見た時には、桜のかたわらで凝固していたはずなのに。
戸惑い、硬直する静刻は逃げることすらできず、立ち尽くす。
そんな静刻に、ファージは持ち上げた上体を覆い被せる。
ギィアは拒絶されたことがよほどショックだったらしく、あれ以来一度も起き上がることも口を利くこともなかった。
朝になって声を掛ける静刻に対し、ソファへ埋めた顔を上げることすらなかった。
静刻としては立ち直るのを待っててもよかったが、それよりも和江の頑なな態度が気になっていた。
取り立てて強情なところがあったり、見栄や意地で自身の主張を擬装するタイプでもない。
その和江が“男子目線とは無関係に形状がいやらしいから嫌い”と言った以上、それは本心からなのだろう。
つまり、根拠の希薄なギィアの“うっかり説”以前に、静刻の唱えた“誤認説”の時点で誤っていたのだ。
その事実はギィアだけではなく静刻にも衝撃――というよりも“敗北感”に近い感覚――を与えていた。
夜の体育館を思い出す。
ギィアの説得で消えていった三体の人魂は“誤認説”――と“うっかり説”――に納得したのだろう。
しかし、和江を含む残り二十体は納得しなかった。
“誤認”や“うっかり”ではなく、明確に“形状”からブルマ自体をいやらしいと認識している和江と彼女に賛同する十九体は納得しなかった。
確かに後世では“あの形状がいやらしい”というのは常識であり通説である。
だが、それは都会におけるブルフェチの存在が公になり、エロアイテムとしての側面が顕在化したからそう思われるようになったのではないのか。
ブルフェチの存在が公になる前の現時代におけるブルマとは“エロ”とは無縁な“日常”だったのではないのか。
にもかかわらず和江たちはあの形状を“いやらしい”と認識している。
特異な思考や価値観を持つ、いわゆるアマノジャク気質ならそれもあり得るだろう。
しかし、誰からも好かれ、慕われている和江がそんなタイプなはずはない。
その和江が“ブルマ=日常”という共通認識から外れた捉え方をしている。
その原因はなんだ?
その理由はなんだ?
その根拠はなんだ?
あてもなく校内をうろついたところで答えが得られるとは思っていないが、なにかヒントくらいは得られるかもしれない。
そんなことを考えて、ギィアを残して部屋を出たのだ。
一緒に答えを探して右往左往するよりも、見つけた答えを提示した方が――
「ギィアも喜ぶだろうしな」
――無意識につぶやく。
が、その直後によぎった自分の言葉への違和感が口を衝く。
「ギィアを喜ばせたいのか、オレは」
少し考えたが、答えは出なかった。
ギィアの“ネイビーブルー・カタストロフィ回避プロジェクト”に静刻が手を出したのは、自分が二〇二〇年へ帰るため――それだけだったはずなのに。
考えに詰まって、父の教えを口にする。
「やりかけたことはやりとげる――それだけだ」
今日も桜のかたわらで凝固しているままのファージに背を向け、体育館の鉄扉に手を掛ける。
静刻が開こうと力を込める寸前、その扉が勝手に開いた。
驚いて立ち尽くす静刻の前では、朝練に着た男子バレー部がコートの準備を始めていた。
「あれ、静刻。こんなとこでなにやってんだ?」
「いや、なんでもない。いつになく早く起きることができたんでね。早朝登校してパトロールだ」
大げさに敬礼しておどけてみせる。
深夜の体育館を徘徊していた“妄想異形”も“思念人魂”も、窓から差し込む朝の光に照らされた今の体育館には気配すらない。
“思念や妄想を可視化できるのは夜明けまで限定”と、ギィアが言っていたのを思い出す。
ということは可視化が解けただけで、様々な妄想や思念は今も漂っているのだろう――そんなことを考えながら、朝練バレー部が準備運動を開始したのを尻目に普通教室棟へと足を向ける。
始業前だった昨日の朝より早い時間ということもあって、普通教室棟へ近づいても人の気配はない。
静けさの中、ふと、視線を感じて振り返る。
そして、凍り付く。
静刻のすぐ後ろにファージがいた。
昨日の昼に見た時よりも一回り大きく、また、全身に浮かんでいた黒い斑点は消えてはいるものの、その分、体表全体がダークグレーに変わっている。
さらに背中に生えていた何本もの突起のうち、あるものは触手に、別のあるものは角へと形状を分化させている。
つまり、明らかに成長している。
そのファージがいる。
上体を持ち上げて。
ついさっき見た時には、桜のかたわらで凝固していたはずなのに。
戸惑い、硬直する静刻は逃げることすらできず、立ち尽くす。
そんな静刻に、ファージは持ち上げた上体を覆い被せる。
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