29 / 44
6 時代巡り(その2)
しおりを挟む
それからの一週間、静刻の生活は元へと帰った。
バイトをして古本を読んで、出版されるアテのない原稿を書く。
テレビやネットでは、いよいよ間近に迫ったオリンピックの話題で持ちきりだが、東京を遠く離れた西日本の片田舎では特需もなく観戦に赴く者もいない。
自国開催ではあっても所詮はテレビの中だけの話に過ぎないのだ。
メディアから垂れ流される“東京だけのバカ騒ぎ”を、地方民が醒めた目で見るのは毎年のハロウィンを除けば、スカイツリーの開業以来かもしれない。
そんな具合に、少なくとも静刻の周囲はいつもと変わらない夏を迎えようとしている。
とはいえ――。
ギィアのことが、ネイビーブルー・カタストロフィのことが静刻の頭を離れることはなかった。
ネイビーブルー・カタストロフィはギィアが一九九二年を訪れる前と変わらず発生した。
そして、“百匹目の猿”の覚醒によって絶滅は連鎖し、ブルマは学校現場から消え去った。
ギィアは今もあのオペレーションルームにいるのだろうか、未来から迎えが来て帰ったのだろうか。
置き去りにしてきたような後味の悪さに何度か忘れようとしたのも事実だった。
それでもいまだにギィアの表情や声は静刻の頭から離れない。
そして、それを思い出すたびに静刻のココロは締め付けられるような息苦しさを覚えるのだ。
そんな時、静刻は逃げるように思考の矛先を変えてみる。
結局、船引和江がブルマを否定していた根拠はなんだったのだろう。
男子からの目線ではないとしたら、なにが船引和江をブルマ否定派にしたのだろう。
ブルマがエロアイテムではなく学校指定衣料として認識されていたあの校内で、なにがネイビーブルー・カタストロフィを引き起こしたのだろう。
ふと口にしてみる。
「ネイビーブルー・カタストロフィ……誰がブルマを滅したか――」
わからない、わからない、わからない。
何度も考え、何度も結論を出せずに思考は打ち切られる。
そして、またふとした拍子に思い出し、考える。
エロネタランキングから始まった一連の調査結果を。
図書室で聞いた第六エロ魔王のご高説を。
深夜の学校で知った似非ブルフェチとブルマ否定派女子たちの思惑を。
それらを反芻し、並べ替え、組立てる。
しかし、結論は出ない、真相は見えない。
時には思い立って、ネットで“ブルマ史”を検索してみたりもする。
学校現場へ現れた時期、消えた時期、そして、それぞれの経緯。
特に消えた理由についてはさまざまな説や考察が存在するものの、どれも静刻の疑問には答えない。
それも当然の話で、“一地方の中学校におけるブルマ廃止の真相”ごときがネットでわかる方がおかしいのだ――そう気付いて、ブラウザを閉じる。
そんなことを繰り返していると、今度はなぜ自分はここまで“ギィアの呪縛”から逃れられないのだろう、とも考えてみる。
ギィアと過ごした一九九二年は夢だった、静刻の描いた空想に過ぎなかった――そう結論づけてもあながちまちがってはいない。
少なくともギィアと出会う前から、現実はなにひとつ変わってはいないのだから。
あとは静刻の気持ちだけ。
とっとと自分の中でエンドマークを、ピリオドを打ってしまえばそれで終わる話なのに、それがわかっているのにエンドマークを、ピリオドを打てずにいる。
なにかココロを、感情を惹かれるものがあるのかもしれない。
浮かんだ言葉を思わず口にしてみる。
「恋――」
夜の学校を一緒に歩いたギィアが浮かぶ。
「――とか言ってみたり」
その感情を認めるのが気恥ずかしく、あえて思考を逸らせる。
そして、すぐに思い至る。
なぜ自分がここまで引きずっているのか、その理由を。
“やりかけたことはやりとげる”
その信条が、静刻を自らの意志で呪縛から逃れることをジャマしているのだ。
“やりかけたことはやりとげる”
この言葉をどこで聞いたのだろう、いつから、自分を縛る言葉になったのだろう。
記憶を遡るまでもない、これは疑うことなく父の言葉であることを静刻は知っている。
しかし――。
ふと浮かんだ違和感から考えを進めてみる。
確かに父の言葉ではあるけれど、父から“贈られた”言葉ではない。
大手機械メーカーに技術職として勤める父は、謹厳実直を擬人化したような人間だった。
それは公私のいずれにおいても変わることはなかった。
そんな父が父自身に、あるいは母や仕事仲間や、もしくは趣味の釣り仲間や山仲間、さらには静刻から見て叔父にあたる親戚たちに信条としてこの言葉を口にするのをずっと静刻は聞いてきた。
“やりかけたことはやりとげる”
状況がどう変わろうと、いかなる障害が現れようと、必ず打開策はある。
だから、諦めず、手を抜かず、妥協せず、投げ出さず、やりかけたことをやりとげる。
これはこれで、いわゆる“箴言”ということになるのだろうが、しかし、父は一度もこの言葉を静刻に向けて言ったことはなかった。
それが必ずしも利口な生き方ではないということに気付いていたのだろう。
愚直な生き方でもあることをわかっていたのだろう。
この生き方のせいで“しなくてもいい”苦労を背負うこともあったのだろう。
単に後悔することもあったのだろう。
だから父は静刻にこの言葉を贈ることはなかった。
それでも、この言葉は日常的に聞かされた静刻の意識に浸透して、静刻の信条になっていった。
そこまで考えた時――
「そういうことだったのか」
――静刻の脳内ですべてがつながり、真相を覆っていた霧が晴れた。
そして、つぶやく。
「行かねば、ギィアのもとへ」
バイトをして古本を読んで、出版されるアテのない原稿を書く。
テレビやネットでは、いよいよ間近に迫ったオリンピックの話題で持ちきりだが、東京を遠く離れた西日本の片田舎では特需もなく観戦に赴く者もいない。
自国開催ではあっても所詮はテレビの中だけの話に過ぎないのだ。
メディアから垂れ流される“東京だけのバカ騒ぎ”を、地方民が醒めた目で見るのは毎年のハロウィンを除けば、スカイツリーの開業以来かもしれない。
そんな具合に、少なくとも静刻の周囲はいつもと変わらない夏を迎えようとしている。
とはいえ――。
ギィアのことが、ネイビーブルー・カタストロフィのことが静刻の頭を離れることはなかった。
ネイビーブルー・カタストロフィはギィアが一九九二年を訪れる前と変わらず発生した。
そして、“百匹目の猿”の覚醒によって絶滅は連鎖し、ブルマは学校現場から消え去った。
ギィアは今もあのオペレーションルームにいるのだろうか、未来から迎えが来て帰ったのだろうか。
置き去りにしてきたような後味の悪さに何度か忘れようとしたのも事実だった。
それでもいまだにギィアの表情や声は静刻の頭から離れない。
そして、それを思い出すたびに静刻のココロは締め付けられるような息苦しさを覚えるのだ。
そんな時、静刻は逃げるように思考の矛先を変えてみる。
結局、船引和江がブルマを否定していた根拠はなんだったのだろう。
男子からの目線ではないとしたら、なにが船引和江をブルマ否定派にしたのだろう。
ブルマがエロアイテムではなく学校指定衣料として認識されていたあの校内で、なにがネイビーブルー・カタストロフィを引き起こしたのだろう。
ふと口にしてみる。
「ネイビーブルー・カタストロフィ……誰がブルマを滅したか――」
わからない、わからない、わからない。
何度も考え、何度も結論を出せずに思考は打ち切られる。
そして、またふとした拍子に思い出し、考える。
エロネタランキングから始まった一連の調査結果を。
図書室で聞いた第六エロ魔王のご高説を。
深夜の学校で知った似非ブルフェチとブルマ否定派女子たちの思惑を。
それらを反芻し、並べ替え、組立てる。
しかし、結論は出ない、真相は見えない。
時には思い立って、ネットで“ブルマ史”を検索してみたりもする。
学校現場へ現れた時期、消えた時期、そして、それぞれの経緯。
特に消えた理由についてはさまざまな説や考察が存在するものの、どれも静刻の疑問には答えない。
それも当然の話で、“一地方の中学校におけるブルマ廃止の真相”ごときがネットでわかる方がおかしいのだ――そう気付いて、ブラウザを閉じる。
そんなことを繰り返していると、今度はなぜ自分はここまで“ギィアの呪縛”から逃れられないのだろう、とも考えてみる。
ギィアと過ごした一九九二年は夢だった、静刻の描いた空想に過ぎなかった――そう結論づけてもあながちまちがってはいない。
少なくともギィアと出会う前から、現実はなにひとつ変わってはいないのだから。
あとは静刻の気持ちだけ。
とっとと自分の中でエンドマークを、ピリオドを打ってしまえばそれで終わる話なのに、それがわかっているのにエンドマークを、ピリオドを打てずにいる。
なにかココロを、感情を惹かれるものがあるのかもしれない。
浮かんだ言葉を思わず口にしてみる。
「恋――」
夜の学校を一緒に歩いたギィアが浮かぶ。
「――とか言ってみたり」
その感情を認めるのが気恥ずかしく、あえて思考を逸らせる。
そして、すぐに思い至る。
なぜ自分がここまで引きずっているのか、その理由を。
“やりかけたことはやりとげる”
その信条が、静刻を自らの意志で呪縛から逃れることをジャマしているのだ。
“やりかけたことはやりとげる”
この言葉をどこで聞いたのだろう、いつから、自分を縛る言葉になったのだろう。
記憶を遡るまでもない、これは疑うことなく父の言葉であることを静刻は知っている。
しかし――。
ふと浮かんだ違和感から考えを進めてみる。
確かに父の言葉ではあるけれど、父から“贈られた”言葉ではない。
大手機械メーカーに技術職として勤める父は、謹厳実直を擬人化したような人間だった。
それは公私のいずれにおいても変わることはなかった。
そんな父が父自身に、あるいは母や仕事仲間や、もしくは趣味の釣り仲間や山仲間、さらには静刻から見て叔父にあたる親戚たちに信条としてこの言葉を口にするのをずっと静刻は聞いてきた。
“やりかけたことはやりとげる”
状況がどう変わろうと、いかなる障害が現れようと、必ず打開策はある。
だから、諦めず、手を抜かず、妥協せず、投げ出さず、やりかけたことをやりとげる。
これはこれで、いわゆる“箴言”ということになるのだろうが、しかし、父は一度もこの言葉を静刻に向けて言ったことはなかった。
それが必ずしも利口な生き方ではないということに気付いていたのだろう。
愚直な生き方でもあることをわかっていたのだろう。
この生き方のせいで“しなくてもいい”苦労を背負うこともあったのだろう。
単に後悔することもあったのだろう。
だから父は静刻にこの言葉を贈ることはなかった。
それでも、この言葉は日常的に聞かされた静刻の意識に浸透して、静刻の信条になっていった。
そこまで考えた時――
「そういうことだったのか」
――静刻の脳内ですべてがつながり、真相を覆っていた霧が晴れた。
そして、つぶやく。
「行かねば、ギィアのもとへ」
0
あなたにおすすめの小説
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
影武者の天下盗り
井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」
百姓の男が“信長”を演じ続けた。
やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。
貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。
戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。
炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。
家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。
偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。
「俺が、信長だ」
虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。
時は戦国。
貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。
そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。
その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。
歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。
(このドラマは史実を基にしたフィクションです)
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる