サンタクロース株式会社のクリスマス

K.C

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第3話|12月21日・サンタクロースの仕事

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その人は、サンタクロースだった。

 少なくとも、レイラの知っている「絵本の中の姿」と、ほとんど同じだった。

 赤い服に、白いひげ。

 少し古びた帽子。

 ただひとつ違うのは――その背中が、ひどく重たそうだったこと。

「……ほんとうに、サンタさん?」

 レイラがそう聞くと、その人は小さく息を吐いた。

「そう呼ばれているよ。きみたちにはね」

 その声は、どこか遠くを見ているみたいだった。
 路地裏には、誰もいない。
 商店街の賑やかな音は、角を曲がった向こうにあって、ここまで届かない。
 レイラは、心臓がどきどきするのを感じながら、でも逃げなかった。

 ――知ってしまったからだ。
 サンタクロース株式会社。
 秘密の契約。
 そして、「来なかった家」。

「……どうして、ここにいるの?」

 レイラの問いに、その人は少し考えてから答えた。

「仕事の途中でね。少し、休んでいただけさ」

「仕事?」

「そう。ぼくたちの仕事だ」

 サンタは立ち上がろうとして、ふらりと体を揺らした。
 レイラは思わず、駆け寄った。

「だ、だいじょうぶ?」

「ありがとう。やさしいね」

 その言葉に、胸の奥が、ちくりと痛んだ。
 ――いい子だから、プレゼントをもらえる。
 昨日まで、レイラはそう信じていた。
 でも、もう知っている。

「……ねえ」
 レイラは、勇気を出して聞いた。

「来なかった家って、あるんでしょ?」
 サンタの表情が、ほんの少しだけ曇った。

「ああ。あるよ」

「それって……どうして?」

 沈黙。

 雪が、静かに地面に落ちる音だけが聞こえる。

「……全部の家に、行けるわけじゃないんだ」
 サンタは、ゆっくりと言った。

「ぼくたちは、プレゼントを配るだけの存在じゃない」
 レイラの足元で、影が、もぞりと動いた。

「クリスマスの夜。
 子どもたちの心が揺れるとき――
 “悪いもの”が、生まれることがある」

「悪い……もの?」

「うん。悪魔だ」

 あまりにも静かな声で言われたその言葉に、レイラは息をのんだ。

「信じられなくなった心。
 大切にされていないと感じた心。
 誰にも見てもらえない、寂しさ」
 サンタは、胸のあたりをそっと押さえた。

「そういう気持ちが、影になる。
 影は、やがて形を持つ」
 ――学校で見た、あの黒い影。
 来なかった家の子の足元にあったもの。

「あれ……悪魔なの?」

「まだ、芽のようなものだよ。
 でも、放っておくと、子どもを飲み込んでしまう」
 レイラの喉が、きゅっと鳴った。

「だから、いい子のところに行くの?」

「そうだ」
 サンタは、はっきりとうなずいた。
「守るためだ。
 未来を、守るため」
 その言葉は、どこか祈りみたいだった。

「……でも」
 レイラは、拳を握った。

「来なかった家の子は、どうなるの?」

 サンタは、答えなかった。
 代わりに、レイラをまっすぐ見つめた。

「きみは、見える」

「……うん」

「影も、契約も、ぼくたちも」
 その目は、優しくて、そしてとても悲しそうだった。

「だから、きみに会った」
 レイラは、はっとした。

「偶然じゃ……ないの?」

「偶然なんて、クリスマスにはない」
 サンタは、そう言って、初めてちゃんと笑った。

「ぼくの名前は、アルバロ」

「……レイラ」
 名前を交わした、その瞬間。
 空気が、ひとつ、やわらいだ気がした。
 アルバロは、赤い帽子を拾い上げる。

「ねえ、レイラ。
 きみに、お願いがある」

「お願い?」

「ぼくたちは……子どもを、失った親なんだ」
 その言葉に、胸が、ぎゅっと締めつけられた。

「守れなかった。
 だから、守り続けている」
 アルバロの影は、レイラの影と重なって、静かに揺れていた。

「クリスマスまで、あと4日」
 アルバロは言った。
「きみには、見届けてほしい」

「……なにを?」

「サンタクロースの、本当の仕事を」

 雪は、止まずに降り続けている。
 レイラは、うなずいた。
 怖かった。
 でも、不思議と逃げたいとは思わなかった。
「……わかった」

 その答えに、アルバロは、少しだけ目を細めた。

「ありがとう」

 その言葉は、プレゼントみたいだった。
 クリスマスまで、あと4日。
 レイラはまだ、この世界の重さを、知らない。
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