サンタクロース株式会社のクリスマス

K.C

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第4話|12月22日・影が名前を持つ日

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 12月22日。

 目を覚ました瞬間、レイラは「昨日までとは違う朝だ」と思った。

 空気が、重い。

 カーテンの向こうはまだ暗く、冬の朝特有の静けさが、部屋を満たしている。

 夢じゃなかった。

 赤い服のサンタクロース。
 アルバロという名前。
 影と、悪魔と、守るという仕事。
 全部、本当だった。

「……行かなきゃ」
 誰に言うでもなく、レイラはつぶやいた。

 朝食をとるふりをして、母の目を盗み、ランドセルを背負って家を出る。

 いつもの通学路なのに、景色が少し違って見えた。
 人の足元。
 建物の壁。
 電柱の影。
 ――そこに、「いる」。
 黒く、揺らめくもの。
 形ははっきりしないのに、確かに意思を持っている気配。
「……こんなに、たくさん」
 今まで見えなかったのが、不思議なくらいだった。

 学校に着くと、昨日の男の子が、また一人で座っていた。
 名前は、ユウタ。

 去年も、一昨年も、サンタが来なかった子。
 ユウタの足元には、昨日よりも濃い影があった。
 それは、もう「芽」なんかじゃない。
 猫みたいに丸まり、時々、ぴくりと尻尾のようなものを動かしている。

「……ユウタくん」
 声をかけると、ユウタは少し驚いた顔をした。

「なに?」

「今日さ……放課後、少し話さない?」

「……べつに、いいけど」
 影が、にやりと笑った気がした。

 昼休み。

 レイラは校庭の隅で、アルバロを見つけた。
 誰にも見えない場所。
 古い木の影に、赤い服が溶け込んでいる。

「来たね」
 アルバロは、最初からそこにいたみたいに言った。

「……学校、来ていいの?」

「正確には、敷地の“影”にいるだけさ」
 アルバロは空を見上げた。

「影が濃くなる日は、近づきやすい」

「今日は……危ない日?」

「うん」
 はっきりした答えに、レイラの背筋が冷えた。

「22日はね、毎年そうなんだ。
 期待と、不安と、疑いが、いちばん混ざる日」

「……影が、大きくなる?」

「名前を持ち始める」
 その言葉に、レイラは息をのんだ。

「名前?」

「悪魔はね、子どもの心から生まれる。
 そして、子どもが“自分はこうなんだ”と決めた瞬間、名前を持つ」
 アルバロは、静かに言った。

「『どうせ来ない』
 『信じても無駄』
 『ぼくなんて』」
 それは、ユウタが昨日、ぽつりとこぼした言葉と同じだった。

「……じゃあ、プレゼントって」

「ただの物じゃない」

 アルバロは、レイラを見た。
「“信じてもいい”っていう、証明だ」

 放課後。

 レイラとユウタは、校舎裏で向かい合っていた。

「話って、なに?」
 ユウタは、少し不機嫌そうだ。

「ねえ……サンタさん、信じてる?」

「は?」

「正直に」
 ユウタは、少し黙ってから言った。

「……信じてたよ。
 でも、もういい」
 その瞬間。
 影が、立ち上がった。
 子どもの背丈ほど。
 黒く、歪んだ顔。
 口のような裂け目が、にやりと開く。

『そうだよ』
 声が、聞こえた。

『信じるほうが、ばかなんだ』
 レイラは、思わず一歩前に出た。

「ちがう!」
 その声は、震えていたけれど、止まらなかった。

「サンタさんは……いる!」
『じゃあ、どうして来なかった?』
 影は、ユウタにすり寄る。

『きみは、選ばれなかったんだ』

「……やめろ!」
 レイラの背後に、赤い影が差し込んだ。

「そこまでだ」
 アルバロが、姿を現した。
 影は、一瞬ひるむ。

「アルバロ……!」

「レイラ、よく聞いて」
 アルバロの声は、低く、強かった。

「ぼくたちは、全部は守れない」
 胸が、痛んだ。

「でも、ひとつだけ、出来ることがある」
 アルバロは、ユウタを見た。

「きみが、もう一度“信じたい”と思うなら」
 影が、悲鳴のような声をあげる。

『やめろ!』

「その心は、誰にも奪えない」
 影は、音もなく、崩れ落ちた。
 残ったのは、ただの、薄い影。
 ユウタは、泣いていた。

「……ほんとに、いるんだ」
 アルバロは、帽子を胸に当て、深く頭を下げた。
「約束する。
 今年のクリスマスは――必ず、届く」
 レイラは、その光景を、しっかりと目に焼きつけた。
 クリスマスまで、あと二日。
 世界は、まだ間に合う。
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