たまご屋の卵は何が生まれるか分からない

りんご飴

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巨大な卵3

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 孵卵器に並ぶ卵に、そっと手を当てる。
 じんわりと温かい。

「良かった。順調に育ってる」

 ビビアナの後ろからヌッと頭を付き出して、孵卵器を覗いている男がいる。無言でビビアナの作業を熱心に見つめている男に、ビビアナは小さく吹き出した。

「フォルカーさん。良かったら触ってみます?」

「いいのですか?」

 ビビアナより頭二つ分長身の男の瞳がパッと輝く。
 黙っていれば少し強面の顔とのギャップに、ビビアナはまた吹き出しそうになるのを何とか堪えた。……何と言うか……大きな犬っぽい。

「どうぞ、優しく触れて下さい」

 恐る恐るゴツい指先がいくつか卵が並ぶ孵卵器に近づいて、一番端に置かれた黄色の水玉模様の卵にそっと触れた。

「どうですか?」

「……ツルツルしています」

「他に何か感じます?」

「他……ですか。何かこう……胸の奥がキュっと収縮するような感じがーーー」

 ぷぷっ。たまらずに吹き出してしまった。我が子を初めて抱く新米父のようではないか。

「あ~~、すみません。そうなんです。その子はツルツルですよね。……そっちの緑の卵も触ってみて下さい」

「……ザラザラしている」

 緑の卵の手触りを確認している間、フォルカーの反対の手はずっと黄色の水玉模様の卵に触れたままだ。感触が気に入ったのかもしれない。
 
「ここの卵は生きている感じがします。……あの卵とは違う」

 納屋に置いている巨大な卵は、確かにビビアナが触れてもまるで生気を感じない。
 それでもフォルカーはせっせと巨大な卵を拭いたり、思い詰めた顔で卵を見つめていたり、1日の大半を巨大な卵を気にかけているのだ。
 ビビアナもたまご屋として何とかしてあげたいけれど、生気を感じない以上、出来ることは何もなかった。

「本当にあの卵は生きているのだろうか……」

 自分の呟きにフォルカーはハッとして、奥歯を噛みしめた。

 その様子を横目で見ながら、ビビアナは一人葛藤していた。

(う~~っ、訳ありなのは分かるけど、気になる~~。でも聞いたら絶対後悔するでしょ。我慢我慢! あ、ヤバい。目が合っちゃった……)

 気まずい空気が流れた。




 カラン。




 ベルの音。

「っ!! はぁ~い! いらっしゃいませっ!!」

 ビビアナは逃げるように店に向かった。





「いらっしゃいませ」

 店の扉を開けたのは見知った少年だった。

「あら、ロニ。いらっしゃい」

 以前弟子にしてくれと言った少年は、あの時より少しだけ顔付きが頼もしくなった。チョコリと彼の肩に乗っている山吹色の魔鼠。守る者が出来たら、人は強くなるのかもしれない。

「ふふ。トレバーも元気そうね。っていうか、ロニが一人で来た訳じゃないよね?」

 昼でも危険な森を子供一人で抜けるなんて無謀だ。ロニは一度危ない目に合っているから同じ過ちはしない……はずだ。

「あったり前じゃん! お客を連れて来たんだ」

「お客様?」

「そうそ。魔物避けも買えちゃうくらい、ちゃんと金持ってるお客」

 ポケットから魔物避けの小袋を取り出したロニは、ニッと笑う。高価な魔物避けをロニに持たせてくれた客なら、悪人ではなさそうだ。

「あ、水を一杯貰える?」

「ええ。……それでお客様はどこ?」

「あ、それならもうそろそろーーー」

 カラン。ともう一度扉が鳴った。

 入って来たのは長身の男だった。全身汗だくで荒い息を吐く姿は老人のようだけれど、彼はまだ30代で、ちゃんとすればお姉様方から可愛がられるタイプだということをビビアナは知っている。

「シェマール先生!? え? お客様ってシェマール先生ですか?」

 街の薬屋のシェマールにロニを紹介したのはビビアナだ。シェマールの薬師としての腕も、体力のなさも知っている。街から森を通ってたまご屋に来る体力が彼にあったなんて。

「ふぅ……ビビアナさん、タンク君、こんにちは。
 ああ……無事にたどり着いて良かった。ロニが先に行ってしまうから」

「師匠の体力問題で何回休憩したと思ってんですか。その度に俺は気が気じゃなかったんですからね。魔蟻はすげぇ警戒音出してくるし……」

「失礼ですね。私の作る魔物避けは優良商品ですよ。魔蟻程度、半径1メートルは近寄れません」

「師匠、反論は息が整ってからにして下さい」

 そう言いながらも、ロニはシェマールを椅子へと案内して、事前に注文していた水をサッと差し出した。

 なかなか良い師弟関係が出来上がっているようだと、ビビアナはこっそり笑った。
 シェマールの息が少し安定したのを確認して、ビビアナは「では」と本題を切り出す。

「シェマール先生がお客様なんですね? たまご屋にいらしたということは、使い魔をお望みでしょうか」

「はい。ロニのお薦めでもありまして」

「ロニの?」

「それがさぁこの間、師匠がさぁ……」






「ってことがあってさ。
 俺が家に帰った後、師匠の面倒見てくれるヤツが必要だって思ったんだ。本当はしっかりした奥さんでもいれば一番なんだけど………師匠じゃぁなぁ」

 当のシェマールは、椅子の背もたれに体重を預けたまま「それほどモテなくないですよ」と弱々しく反論した。

「でもさ、師匠に寄り付くのって、お色気バリバリのプロの女じゃないですか~~」

 娼館は薬屋のお得意様でもあるから、納品に立ち寄ることも多い。その度に、ボンッキュッボンのお姉様に誘われては、青い顔をしているのだ。普通の男なら無料でプロがお相手してくれるなら、喜んで付いていくだろう。

「いい歳して枯れきってる師匠が心配なんだなぁ」

「ロニはまだ子供ですから分からないと思いますが……大人の世界には『タダより高いものはない』と言う言葉があるんですよ……」

 ロニとしては本当に心配しているのだが、数年後、身を持って知ることになるのは、まだ誰も知らない話。





「では、初めに使い魔についてお話させていただきます。
 使い魔を人間側が選ぶことは出来ません。使い魔が使える人間を選びます」

 シェマールとロニは揃って頷く。

「続いて、注意事項を説明させていただきます。

 使い魔は道具ではありません。使い魔を害すようなことがあれば、あなたの身の保証は出来ません。その場合、もう二度と使い魔と契約出来ない身体となります。
 ……よろしいですか?」

「もちろんです」

 シェマールと共に、何故かロニの魔鼠もチチチと反応した。

「では、私の手のひらに手を重ねて下さい」

 おずおずと重ねられたシェマールの手は、指先が緑色に染まっている。薬草の色が染み付いたのかもしれない。

「さあ、おいで……」

 ビビアナが言うと、重ねた手のひらに熱が生まれる。
 一瞬シェマールの手がビクリと震えるが、離れることはなかった。
 ブワリと熱風が吹いて二人の髪を乱していく。必死に目を開けていようと頑張るシェマールを見て、ビビアナは吹き出しそうになるのを何とか耐えた。

 やがて風が止み、静寂が訪れる。

「ぷっ、ぷぷぷっ……」

 笑ったのはビビアナではない。

「ぷはぁっはははは。何だよ師匠~~!」

 ロニがお腹を抱えて笑っているのを、シェマールはポカンとした顔で見ていた。彼の頭は盛大にボサボサで、まるでパチク鳥の巣のようだ。

 けれどロニが笑ったのは、彼の頭がすごいことになっていたからではない。
 シェマールが座っていたのは、椅子ではなかったからだ。

「猿? 猿なのか?」

 ロニの言う通り、黒々とした毛並みの大きな猿がいた。
 シェマールの痩せた長身の身体を、すっぽりとお姫様抱っこしてしまう程の体格の猿だ。

「ふふ。魔猿の一種で、種族はガリッラ。彼女の契約名はシルバーハート。性格は温厚で仲間意識が高い子です」

 体長二メートルになる筋肉質な身体だが、背中には名前の由来となった銀色の毛で、ハート模様があるのが可愛いとビビアナは思っている。

「ガリッラは温厚な種族ですが、力が強くてパンチ力は岩をも砕きます。
 外に出て試して見ましょうか。ええと、シェマールさん? 大丈夫です……か?」

 ガリッラに大人しく抱かれているシェマールを見ると、彼の目がキラキラと輝いていた。

「素晴らしい! 何と言う安定感でしょう。ああ、抱いたまま運んでくれるんですか? ありがとうございます」

 ガリッラに運ばれることをお気に召したようだ。

 外へと案内するタンクの後を追ってそのまま外に出て行くのを、ビビアナとロニは複雑な眼差しで見ていた。

「ふふ。あの様子だと帰りは楽チンね」

「……俺、師匠にますます女の人が近付かなくなりそうで心配だよ」

「そこはほら、ロニとトレバーの出番でしょ」

「あ~~うん。頑張る……」

 ロニとトレバーの『師匠のお嫁さん探し』の物語が始まるとか……まさか。




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