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なんで俺が……
そんな目で見るなよ
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恵吾は二人のスカウトを終えたところで、どっと疲れていた。
それもあの、林の条件のせいだ。
(翔ちゃん、ひでえよ。なんで俺が落語なんか……)
恵吾は落語なんて興味ない。
(それになんか、ダセーよ)
それは置いておいて、特待生という待遇は恵吾にとって悪い条件ではなかった。というのも、恵吾の家は母子家庭。父は去年、病気で他界していた。
母は蓄えがあるから大丈夫と言っているが、私立の高い学費を払い続けることが果たして本当に可能なのだろうか。絶対に卒業しなさいと念を押された恵吾なのだが、本当にそれでいいのか分からない。実はコンビニのアルバイトも、今後のためにと去年から始めたのだ。
もしもこの大会で優勝し、特待生として学費が免除されれば、家計はかなり助かるだろうと思う。それを考えると、残りの一年くらい興味のない部活に身を置くことぐらい、なんてことないんじゃないか。
(う~~、でもなんか、なんかだ……翔ちゃんは俺の気持ちを知っているから、俺が絶対にこうやって悩むことをわかってやがったんだ。だったら、俺に先に言えっつーの! くっそー!)
それから、あと一人のスカウトが残っている。
林が指名したこの人物が、恵吾にとって何よりの難関だった。
(そして、こいつはおそらく、俺と同じ理由で大会出場を引き受ける……)
最後の一人。
恵吾は彼のことをはよく知っている。知っていた、と言った方が正確かもしれない――。
~林メモ②~
佐野潤。
二年S組。
帰宅部。
身長180センチ。顔よし。
苦手科目なし、最強。
コイツいたらバッチシ、大丈夫!
捨て身で誘え、絶対決めろ。
~~~~~~~~
「何が、『捨て身で誘え』だ! またあの人、無責任なことばっかり……人の気も知らないで」
けれどもここまで来ればやるしかない。
進まむ体に気合いを入れる。
恵吾は、この学年一の秀才、最強男の佐野が、おそらく世界で一番苦手だ。好きか嫌いの尺度なら、嫌いじゃない。佐野とは元々仲良しだったのだ。ある日までは――。
あの日から、二人は疎遠になった。というか、恵吾が一方的に佐野を避けるようになったのだ。
それまでは一番の親友だった。だからこそ……っていうのがある。
佐野は、恵吾の幼馴染だ。そして疎遠になった今だってきっと佐野が自分の頼みを断らないことも知っている。
おそらく、どんな望みでも、叶えようと努力する。だって彼がそう言ったのだ。
けれどもそれに甘えることは絶対にしたくない。本当は、佐野に頼み事なんて、したくない。
恵吾のもとには、林から必殺アイテムとして渡された佐野宛ての封筒がある。
落語組とのやり取りの後、恵吾は念のため佐野のものに目を通しておこうと決めた。別に封してあるわけじゃないし、また何か変なことが書いてあったら困る。
(なになに……あ、やっぱり学費免除は一緒だ。あとは……)
「? 大会が終わったら林まで来るように。粗品プレゼント~?? なんじゃそりゃ」
林のしようとしていることは全くよくわからない。とりあえず、’粗品’に自分は関係ないだろうと安堵した。
佐野の家のことは、近所で幼馴染みの恵吾はよく知っている。
家庭内は少し複雑で、恵吾と同じ母子家庭に変わりないのだが、父親は亡くなっているわけではない。というのも、佐野の父親は、財閥の御曹司で佐野とは別の家庭を持っているのだ。
よくある話かもしれないが、佐野の母は愛人で、佐野は私生児。父親からの援助はあるものの、佐野自身は援助に甘えるのを本望とは思っていないようだった。
そんな佐野にとっても、林の出したこの条件は決して悪くないはずなのだ。ただでさえ頭脳は抜群なのだから、佐野さえいればおそらく優勝は堅い。
(潤、早く出てこないかな)
恵吾は、この日の放課後、教室から出てくる佐野を待ち伏せしていた。特別な用があるからとはいえ、自分から佐野を訪ねるなんて少し罰が悪い。それに、普段は反対の南階段を利用する恵吾にとって、北階段の廊下はなんだか背筋がすうすうして落ち着かない。
(あ……)
「おい、潤!」
佐野を見つけ恵吾は昔のように声を掛けた。
佐野は最初、少し驚いた表情を見せたが、こちらに向かってきてくれた。
「どうしたの恵吾……今日は嵐かな、俺を訪ねてくるなんて」
「なんだよ、その言い方」
(お、俺ってば意外に普通に話せそうだな、よかった)
「あのさ、ちょっと用事があって……いい?」
「うん……帰りながらで、いいの?」
「ああ、そだな、どうせ同じ道だし」
生徒玄関までの道のりは、他の生徒もいるせいかなんだか気まずくて、二人は少し離れて歩いた。
授業のことや先生の話など、当たり障りのない話を数言話し、大丈夫だな、と恵吾は思った。
帰り道を二人で歩くのはいつぶりだろう。並んで歩く距離感も、歩幅も、背丈が変わってしまった二人にとっては初めてのようなものだ。
同じ電車に乗って隣を歩いてみて自覚する。やっぱり佐野はカッコイイ。というのも、女の子の視線が佐野を意識しているのが恵吾にもわかる。恵吾一人のときには決して感じたことのない、なんとも言えない気配だ。佐野は、この視線に気付いているのだろうか。全然気にしていない風で、佐野の所作は品があり目を惹くのは確かだった。
「………ということなんだけど……」
と、概ねのことは説明し終えた恵吾が、佐野の顔を覗き込むようにして返答を待つ。
「ふーん、別に、出てもいいけど」
「マジ? 良かったーー。これで翔ちゃんに責められないで済むよ」
「翔ちゃんって、翔太朗兄さんだよね」
「うん、昔は一緒に遊んでもらったもんな。まさか先生になるなんてな」
「ああ」
「それにさ、メンドーなことかもしんないけど、学免のことは正直助かるだろお互い」
「そうだな……」
佐野は何か言いたげであった。
恵吾は、佐野が学費免除という言葉に思ったほど食いつかなかったので拍子抜けした。
残り時間を佐野と何を話そう。
思えば今までどんな話をしていただろう……。小さい頃は、話そうと思って話していたわけではなかった。
二人の距離もどれくらい近づけば自然なのかも、わからない。
やっと家まで歩けば数分のところまで来て、恵吾は言った。
「じゃあとりあえず、オッケーってことで、翔ちゃんに返事していいかな」
すると佐野は歩みを止めて、言った。
「恵吾がさ、あの日のこと、はぐらかしたままになっていることを、ちゃんと考えてくれるなら」
二人の間を、風が吹き抜ける。
目の前で見る佐野、その前髪が、彼の綺麗な額を隠す。揺れ動く前髪の隙間から、澄んだ瞳がこちらを見据えているのだ。恵吾は、この目に見つめられてしまった途端に身動きできなくなってしまう。
一瞬で、あの日の続きに戻ってしまう。
それもあの、林の条件のせいだ。
(翔ちゃん、ひでえよ。なんで俺が落語なんか……)
恵吾は落語なんて興味ない。
(それになんか、ダセーよ)
それは置いておいて、特待生という待遇は恵吾にとって悪い条件ではなかった。というのも、恵吾の家は母子家庭。父は去年、病気で他界していた。
母は蓄えがあるから大丈夫と言っているが、私立の高い学費を払い続けることが果たして本当に可能なのだろうか。絶対に卒業しなさいと念を押された恵吾なのだが、本当にそれでいいのか分からない。実はコンビニのアルバイトも、今後のためにと去年から始めたのだ。
もしもこの大会で優勝し、特待生として学費が免除されれば、家計はかなり助かるだろうと思う。それを考えると、残りの一年くらい興味のない部活に身を置くことぐらい、なんてことないんじゃないか。
(う~~、でもなんか、なんかだ……翔ちゃんは俺の気持ちを知っているから、俺が絶対にこうやって悩むことをわかってやがったんだ。だったら、俺に先に言えっつーの! くっそー!)
それから、あと一人のスカウトが残っている。
林が指名したこの人物が、恵吾にとって何よりの難関だった。
(そして、こいつはおそらく、俺と同じ理由で大会出場を引き受ける……)
最後の一人。
恵吾は彼のことをはよく知っている。知っていた、と言った方が正確かもしれない――。
~林メモ②~
佐野潤。
二年S組。
帰宅部。
身長180センチ。顔よし。
苦手科目なし、最強。
コイツいたらバッチシ、大丈夫!
捨て身で誘え、絶対決めろ。
~~~~~~~~
「何が、『捨て身で誘え』だ! またあの人、無責任なことばっかり……人の気も知らないで」
けれどもここまで来ればやるしかない。
進まむ体に気合いを入れる。
恵吾は、この学年一の秀才、最強男の佐野が、おそらく世界で一番苦手だ。好きか嫌いの尺度なら、嫌いじゃない。佐野とは元々仲良しだったのだ。ある日までは――。
あの日から、二人は疎遠になった。というか、恵吾が一方的に佐野を避けるようになったのだ。
それまでは一番の親友だった。だからこそ……っていうのがある。
佐野は、恵吾の幼馴染だ。そして疎遠になった今だってきっと佐野が自分の頼みを断らないことも知っている。
おそらく、どんな望みでも、叶えようと努力する。だって彼がそう言ったのだ。
けれどもそれに甘えることは絶対にしたくない。本当は、佐野に頼み事なんて、したくない。
恵吾のもとには、林から必殺アイテムとして渡された佐野宛ての封筒がある。
落語組とのやり取りの後、恵吾は念のため佐野のものに目を通しておこうと決めた。別に封してあるわけじゃないし、また何か変なことが書いてあったら困る。
(なになに……あ、やっぱり学費免除は一緒だ。あとは……)
「? 大会が終わったら林まで来るように。粗品プレゼント~?? なんじゃそりゃ」
林のしようとしていることは全くよくわからない。とりあえず、’粗品’に自分は関係ないだろうと安堵した。
佐野の家のことは、近所で幼馴染みの恵吾はよく知っている。
家庭内は少し複雑で、恵吾と同じ母子家庭に変わりないのだが、父親は亡くなっているわけではない。というのも、佐野の父親は、財閥の御曹司で佐野とは別の家庭を持っているのだ。
よくある話かもしれないが、佐野の母は愛人で、佐野は私生児。父親からの援助はあるものの、佐野自身は援助に甘えるのを本望とは思っていないようだった。
そんな佐野にとっても、林の出したこの条件は決して悪くないはずなのだ。ただでさえ頭脳は抜群なのだから、佐野さえいればおそらく優勝は堅い。
(潤、早く出てこないかな)
恵吾は、この日の放課後、教室から出てくる佐野を待ち伏せしていた。特別な用があるからとはいえ、自分から佐野を訪ねるなんて少し罰が悪い。それに、普段は反対の南階段を利用する恵吾にとって、北階段の廊下はなんだか背筋がすうすうして落ち着かない。
(あ……)
「おい、潤!」
佐野を見つけ恵吾は昔のように声を掛けた。
佐野は最初、少し驚いた表情を見せたが、こちらに向かってきてくれた。
「どうしたの恵吾……今日は嵐かな、俺を訪ねてくるなんて」
「なんだよ、その言い方」
(お、俺ってば意外に普通に話せそうだな、よかった)
「あのさ、ちょっと用事があって……いい?」
「うん……帰りながらで、いいの?」
「ああ、そだな、どうせ同じ道だし」
生徒玄関までの道のりは、他の生徒もいるせいかなんだか気まずくて、二人は少し離れて歩いた。
授業のことや先生の話など、当たり障りのない話を数言話し、大丈夫だな、と恵吾は思った。
帰り道を二人で歩くのはいつぶりだろう。並んで歩く距離感も、歩幅も、背丈が変わってしまった二人にとっては初めてのようなものだ。
同じ電車に乗って隣を歩いてみて自覚する。やっぱり佐野はカッコイイ。というのも、女の子の視線が佐野を意識しているのが恵吾にもわかる。恵吾一人のときには決して感じたことのない、なんとも言えない気配だ。佐野は、この視線に気付いているのだろうか。全然気にしていない風で、佐野の所作は品があり目を惹くのは確かだった。
「………ということなんだけど……」
と、概ねのことは説明し終えた恵吾が、佐野の顔を覗き込むようにして返答を待つ。
「ふーん、別に、出てもいいけど」
「マジ? 良かったーー。これで翔ちゃんに責められないで済むよ」
「翔ちゃんって、翔太朗兄さんだよね」
「うん、昔は一緒に遊んでもらったもんな。まさか先生になるなんてな」
「ああ」
「それにさ、メンドーなことかもしんないけど、学免のことは正直助かるだろお互い」
「そうだな……」
佐野は何か言いたげであった。
恵吾は、佐野が学費免除という言葉に思ったほど食いつかなかったので拍子抜けした。
残り時間を佐野と何を話そう。
思えば今までどんな話をしていただろう……。小さい頃は、話そうと思って話していたわけではなかった。
二人の距離もどれくらい近づけば自然なのかも、わからない。
やっと家まで歩けば数分のところまで来て、恵吾は言った。
「じゃあとりあえず、オッケーってことで、翔ちゃんに返事していいかな」
すると佐野は歩みを止めて、言った。
「恵吾がさ、あの日のこと、はぐらかしたままになっていることを、ちゃんと考えてくれるなら」
二人の間を、風が吹き抜ける。
目の前で見る佐野、その前髪が、彼の綺麗な額を隠す。揺れ動く前髪の隙間から、澄んだ瞳がこちらを見据えているのだ。恵吾は、この目に見つめられてしまった途端に身動きできなくなってしまう。
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