幼馴染みが記憶トレーニングと称して、いやらしく俺に触れてくるんだが。

ことりさん

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なんで俺が……

俺が落語!?

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~林メモ③~

 長谷部恵吾。
 二年D組。
 帰宅部。
 身長175センチ。得意科目特になし。スポーツは万能。
 ジャニーズ顔。友達多し。
 お前だけ頭良くないから、特別家庭教師をつける! 逃げるなよ。





(翔ちゃんにはお見通しみたいだな……)

「よう、恵吾! ミッション無事クリアだな、よくやった」
「翔ちゃん!」
 ちょうど林のことを考えていた恵吾は大げさにリアクションしてしまった。
 
「お前に今後の話があってな、わざわざ出向いてやったぞ」
 林が優しく笑い、恵吾の頭を子どもにするようにぽんぽんと触った。
「はずかしいだろ~、ポンポンするなよ!」

「あ、林先生だあ、こんにちは」
「おう、こんにちは」
 D組の教室前で話す二人の後ろを、きゃっきゃっと女子達が通る。

(翔ちゃんって、女の子に人気なのな)


「なんだよ」
「べっつに」

 先日のミッションから、林にはつい突っ慳貪な態度になってしまう。そんな恵吾の態度を林は全然気にしていない風だ。

「で、今後の話って?」
「8月の大会に向けての簡単な打ち合わせだ」
「ふーん」
「今日の放課後、音楽室の隣の空き教室に来てくれ、悪いが三ノ宮と東條にも伝えてくれんか、屋上にいるんだろ」
「ああ、いいけど」
「佐野にはもう俺から伝えるから」
(……そっか、でもよかったかも)

 やはり、佐野と二人きりで話すのは気まずい。

「じゃあ放課後な」
「うん」
 席に戻る恵吾を、林はじっと眺め考えていた。



(恵吾を、どうするかなあ…、ビジュアルは花丸なんだが、学力がなあ…)
 こめかみを人差し指でぐりぐりと押しながら思案した。
(せめてチームの足を引っ張らない程度にはなってもらわないとな~)

 この最高のチームで大会に出場することだけでも、学園側の目的は十分果たせると林は見込んでいるのだが、学園の名誉にかけて、県内の名門校の中で上位入賞、どうせなら優勝を目指したいところである。
 無様な結果で汚名を残すのだけは、今の叡智学園にとって絶対に避けたい。
(ここはやはり、学年一の秀才、佐野を焚き付けて、恵吾に暗記法を伝授してもらおっと)







 恵吾は屋上に向かった。
 今まで未開の地であったこの場所も二度目になると臆することない。屋上まで続く階段をテンポ良く駆け上がり、二人の陣取るスペースまで進んでいく。


「おーい、キミタチ」
 声を掛けたが、相変わらず耳にはイヤホンをしており、恵吾の声は聞こえないらしい。
「おいってば」
 そう言って恵吾は、三ノ宮の肩を掴んだ。
「ひっ」
 思えば、先日もこいつは同じように、過剰反応していた。
(俺はお化けかっつーの、そういや、こいつの苦手なものってお化けってメモに書いてあったな)
「ああ、長谷部君か~」
 心臓に手を当てながら、三ノ宮が言った。
「あ、落語愛好会ユーレイ部員の長谷部君だ」
 横で、長谷部の顔を見もせずに東條が呟いた。
「まだ入会してねーしっ!」
「そうだっけ?」
「お、おう」
 たどたどしい返事をしてしまった。東條とはなんだか馬が合いそうにない。そんな雰囲気を感じ取ったのか、三ノ宮がフォローするように言う。
「あ、そうだ、長谷部君、君に渡したかったものがあるんだ」
 そう言って三ノ宮は鞄の中から何やらCDを取り出し、長谷部の顔の前に差し出した。
「はい、これ」
 三ノ宮はにこにこしている。
「何、これ?」
「落語のさ、初心者向けのやつ、焼いてきたんだ。聞いていてよ」
「明烏、あくび指南、子別れ、…ん?これ何て読むんだ?」
「どれ、ああ、じゅげむ」
「…寿限無、千早振る、転宅、時そば、へっつい幽霊、まんじゅうこわい、あ、俺、まんじゅうこわいってタイトルだけ聞いたことある」
「本当? どれも有名で聞きやすいからさ、騙されたと思って聞いてみてよ」
 三ノ宮の目は相変わらず、きらきらと輝いている。
(こいつ、本当に落語が好きなんだなあ)

 恵吾は、そんな三ノ宮を目の当たりにして、せっかく焼いてくれたCDを返すのを躊躇っていた。
(いらねえ~~、でも……)

「……嫌? やっぱり君も、ダサイとかキモイとかって思う?」
「いや、そうじゃないけど」

(単純に、興味がないから聞く意欲が湧かないだけだ)

「これから暗記を競うんだろ、鳥頭でも普段から耳を慣らしておけば少しは記憶力が上がるんじゃない」
 東條が首を突っ込む。
「おい、お前、失礼なやつだな」
「あ、でも、本当に暗記の練習にはなると思うよ」
 三ノ宮は優しいやつだということが出会って間もない恵吾にも分かった。
「そうなの?」
「うん、僕らさ、人との会話を一字一句覚えるの、結構得意なんだ。林先生にも、そういう種目に出てほしいって言われたよ」
「へえ~」
 意外にも林の人選には、あの大雑把なメモでは想像できない思惑があったのだ。

「とにかくさ、今日の放課後、林先生に呼び出されたから、音楽室の隣の空き教室に集まってほしいんだ」
「うん、わかった」
「よろしくな、東條も」
 東條は、相変わらず長谷部の方に顔も向けず、代わりに右手をひらひらとさせた。
「長谷部君、本当、よかったら聞いてみて」
「う……ん」


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