俺に取り憑いた幽霊が同級生を求めて困る

ことりさん

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ヤヒコって誰よ?

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 暁生は、夢を見ていた。

 夢を見ながら、これは現実ではないな、とぼんやりだが自覚があった。そして、おかしなことに夢の中で暁生は泣いている。

 一体、どうして泣いているのかは、わからない……。




――ヤヒコ、違うんだ。

(ヤヒコって、誰だ。一体……何のこと……?)


 目の前には誰かがいるのにはっきりしない。
 暁生はその人に必死で訴えているのだ。



――ヤヒコ、ヤヒコ。

(わからないけれど、かなしいんだ……)


 夢の中のは泣いている。いや、正確には誰かの感情にシンクロしているのだ。

(お前は……何者だ?)

――好きなんだ。





(え……?)










 そこから一気に頭を押し付けられたように身体の重みが一瞬で戻ってきた。

 夢が遠くなっていく――。



 目覚めると、暁生は本当に泣いていた。頬に伝うものが涙だとわかったのは、目の前に暁生の顔を覗き込む母の顔があり、母もまた泣いていたからだった。

「暁生、暁生! よかったーー!」
 
「……か、母ちゃ……ん」
「うう、何?」
「……」





「……」





「腹、減った」




「……んもう、このばかあ! 今、先生を呼んだからね」
「……う、ん?」

(あれ、これってどーいうシチュエーション?)

 暁生は事態を飲み込めていない。それもそのはず、一週間も眠っていたのだから。


「退院したら、おいしいご飯作ってあげるから」
 担当医を待つ間、またも母が涙を零しながら言った。

「腕ってこんなに重たかったっけか」 
 全身が鉛のように感じられるが、指先まで動くには動く。

「寝たきりで弱ってんのよ。それにまだ熱があるみたいだからね」


 暫くして医者と看護師がやって来て、状態の確認後に、暁生がこうなった経緯を簡単に説明してくれた。

 暁生はあの朝、トラックと衝突したらしい。しかし幸いにも、あの黄色い自転車が身代わりとなり、重篤な身体のダメージは免れたというのだ。
 けれども自転車から投げ飛ばされ転がりながら頭を打ち付けたため脳の中で出血し、緊急手術となった。


 
 意識を取り戻して二ケ月後、後遺症も残らなかった暁生は無事に退院し、その一週間後には学校に通えるようになった。
 事故から変わったことと言えば、自転車通から、バス通になったことと、暁生の髪の毛が短く切り揃えられたことくらいだった。

「男前が、増したかなあ」
 朝、歯磨きをしながら洗面所の鏡を睨みつける。

(それはないな、これじゃモンキーだ)

 入院中の生活は、それなりに壮絶な場面もあった。最初のうちは食事も身体が受け付けなかったし、体力を元に戻すリハビリはしんどかった。
 それが今や、毎日は何事もなかったかのように過ぎている。

 不思議なもんだ。
 そのうちに暁生は、あのとき見た夢のこともすっかり忘れてしまっていた。



 ある昼下がり、暁生は保健室の窓から吹き込んでくる心地よい風に吹かれていた。グラウンドは熱気で地獄のようだが、日陰のここは天国。
 パイプ椅子の背もたれに顎を乗せて、上目づかいで哀願してみる。
「先生、ボク死にそうなんだ」
「嘘おっしゃい、あの大事故でも死ななかった人が。本当に病人がきたらベッド、寄越しなさいね。病み上がりだから特別よ」
 保健医の坂上先生は呆れた表情で、暁生の方を見向きもしないで、何やら手元を動かし続けている。書類の整理でもしているようだ。

 坂上は、まあまあな美人だ。白衣がとても似合っていて、足首と髪の毛と、声が綺麗もいい。
 暁生は坂上から許しをもらうと、パイプ椅子から立ち上がり、二つあるうちの一つのベッドに向かった。

(本当は、窓側のこっちがよかったなあ)
 暁生は恨めしそうにカーテン越しに先客の影を見つめた。

 これから二十分くらい昼寝するつもりだった。呑気な暁生であったが、微熱があるのは確かだった。坂上も体温計を見て、
「うーん」
 と唸った。
「これ、ずっとなの? 」
「そうですね、事故から平熱が一度弱上がりました」
「なんだろうね、病院には行っているんでしょう」
「はい、別に異常はないって言われました」
「そう……ならいいんだけど」


 微熱の原因は暁生にもわからない。これといって自覚症状もなかったが、言われてみれば身体が重い感じはずっとあった。筋力が落ちたせいかとも思ったが、どちらかというと肩凝りのような重たさだ。

(ま、いいやー。寝よ寝よ)

 ベッドでゴロゴロしていると隣のベッドが空いたみたいだった。
 暁生はウトウトしていたが、坂上の声で目が覚めた。彼女が生徒を呼ぶとき、本当に鈴が鳴るように心地良いのだ。
 そして次の瞬間、鈴の声は驚く名を呼んだ。

「ヤヒコくん」

(!?――ヤヒコ?)

 暁生は、既視感だと思った。
 忘れていた。
 だが一瞬で、思い出した。

 それは、夢の中で自分が呼んでいた名前だ――。
 暁生の鼓動が速くなる。こんな変わった名字はなかなかいない。
 カーテンを勢いよく開けた。
 そこに立っていたのは、ヤヒコという名の人物の後ろ姿。
 見覚えがないって、体が言っているのに、頭の、どこの部分か分からないところで、何かが叫んでいる。暁生の全身が反応する。




――ヤヒコヤヒコヤヒコ……。

「や……めろ」
 が、こちらを振り返ろうとしている。

「土岐くん! 大丈夫?」
 瞬間、坂上が叫んだ。
 暁生はそこで失神した――。
















 カーテンが開け放たれ、暁生はヤヒコを見たはずだった。けれども、記憶の中の顔は逆光でよく想起できない。
 
 視界が一度真っ白になり、やがて少しずつはっきりとしてきた。次に暁生の目の前にあったのは、坂上の顔だった。

「土岐君、やっと目を覚ました。心配したのよ、お家の人には連絡したからね」
「あれ、俺――」
「あなた、いきなり倒れたかと思ったら……意識のないまま、泣いていたわよ」
「え!!!?」



(またか……)





「先生、さっきの、俺の横で寝てたやつ。ヤヒコっていうんすか?」
「?……ああ、弥彦くんね、あなたと同じ学年の、二組の生徒よ。知らない?」
「知らない」
 マンモス校である本校では、三年間顔も合わせない生徒がいてもおかしくないことであった。

「彼がどうかした?」
「いえ、知り合いがそいつの……話をしていたから、どんなやつかなと思って」
「急に倒れたあなたを見て私を呼んでくれたのよ、彼。まあ、あなたと違って仮病は使わない、真面目な生徒ということは言えるわね」
「なんですか、それ」
 暁生は罰悪そうに笑った。
 体がだるい。保健室に来て、休む前の方が元気だったなんて、馬鹿げた話だ。

 そのまま早退し、家でもう一眠りすると、だるさは気にならないほどに回復した。だが暁生は、このとき既にに憑依された状態だった。そして、そのせいでこれから自分の身に降り掛かることとなる災難を、まだ知らない。
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