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眠り姫には口づけを
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――コンコン。
保健室の面している廊下は涼しく静かだ。
暁生は慣れた様子でドアを開ける。
「失礼しまーす」
「あら、土岐君、まだ具合治らないの? 」
保健の坂上が、いつもの調子で書き物をしていた。
「まあ、そんなところです」
「なによ、そのふくみ返事は」
「いえ、あの、ベッド空いてますか?」
「今は、一つ使ってるけど、あとは大丈夫よ。その代わり、何でもないなら昼休みだけだからね。ここでサボるつもりなら、さっさと帰りなさいね」
「はーい」
すると坂上は、いままで手をつけていたプリントの束を片手に、椅子から立って言った。
「土岐君、ベッド使わせてあげる代わりに私のお願い聞いてもらえるかな」
「何ですか」
「私ちょっと職員室に用事足してくるから、戻ってくるまで店番しててくんない? 十分くらいだから、お願いね」
「はーい、お易い御用」
(というか、そのほうが助かる!)
「弥彦君も、ちょっと席外すね」
坂上は閉まったカーテンの向こうに声掛けたが、返事はなかった。やはり、中で休んでいるのは弥彦のようだ。
「寝てるのね、土岐君、騒がないでね」
そう言って彼女は保健室を出ていった。
「ういっす」
(騒ぎはしないが、ちょっと覗くぜ)
暁生は、ベッドへと近寄って行った。
カーテン越しに、耳を澄ますと微かな寝息が聞こえてくる。
(失礼するぜ、別に女子じゃねえし、いいよな)
暁生はカーテンを少しだけ開けた。
(え、こいつ男、だよな……)
音のない、白いカーテンの囲いの中で寝ていた男子生徒は、一瞬、女と見間違うくらい端正な顔立ちをしていた。
長く柔らかそうな前髪は、瞼の辺りに滑らかに下りている。頬骨が少し高めで、痩せて見える輪郭。閉じた眉間の中央から通る鼻筋は狂いのない上品なラインだ。
弥彦の肌は蒸気していない、石膏像のような色をしている。そのきめ細かな肌が静かに息をしている光景を目の当たりにして、暁生は一瞬で、いけないことをしているような気になった。
(なんだ、やっぱり、覗きは良くないよな)
カーテンを閉めて、先生の言ったように大人しくしていよう、そう思ったのに、今度は体が動かない。
(なんだ、まただ。体が言うことをきかない!)
あの感覚が再びやってきた。
やはり、この異様な感覚は弥彦が鍵を握っていており、またスイッチになっているようだった。
何かに体が乗っ取られる。けれども今回は暁生の意識ははっきりしていた。体だけが思うように動かない。
(くそー、負けるな俺! 一体、何だっていうんだ)
酷い頭痛に襲われる。
暁生の意識はまるでプールの底を漂っているような感じだった。
不思議な感覚に囚われたまま、暁生の体は勝手にゆっくりと動き始めた。閉めたカーテンの中に侵入し、少しずつ、少しずつ、弥彦の顔を覗くようにして、暁生の顔が接近していく。
(おい、止めろ、こんなところで目を覚まされたら完全に誤解される!)
暁生の意識は必至で抵抗したが、体は一向に自由がきかない。
(や・め・ろーーーー! 何やってんだよーーーー)
????
それは、時間にして数秒のことだった。しかし、暁生にとっては長い抵抗となった。
弥彦の唇に自分の唇を重ね合わせる……、一、二、三、四秒くらいの間だった。
(お、俺のファーストキスが……)
落胆して間もなく、重なり合っていた柔らかな唇同士は何事もなかったかのように離れた。
(おーい、俺のばかやろう! 何やってくれちゃってんだ)
暁生の意識は完全に取り乱しているのに、肝心の体の方はというと、一向に涼しそうな表情で、そして愛しいものを見るかのような目で弥彦を見ている。
(気持ち悪いぞ、俺!)
暁生ははっきりとした意識の中、この場をどう切り抜けようかを考えていた。もしも、この状況で先生が戻ってきたら……体が言うことをきかないのではごまかしようもない。
しかし自体はそれよりもヤバイ展開になった――。
(あ……あ~あ、終わったよ俺……)
無慈悲にも、眠り姫が王子の口づけで目を覚ましてしまったのだ。
そして青白い顔をしたお姫様は、機嫌悪そうに言ったとさ。
「昼休み、終わったの?」
(いやいや、そこじゃねーだろっ!あ!!)
金縛りが解けた。と同時に、自由になった暁生の体は大きく後ろへ仰け反った。
弥彦は、大きな欠伸をして、何となく髪を整えている。どうやら動揺しているのは暁生の方だけだった。この調子なら、キスをしたことを知られていないのかもしれない。
暁生は、少し落ち着きを取り戻し、弥彦に掛ける言葉を探していた。
「あ、のさ、俺、土岐暁生っていうんだけど」
「……ああ、知ってるけど」
(あれ……知ってんだ、俺って有名人!? か……)
「あんた、事故った人でしょ」
そうだ、そうだった。暁生は巷では時の人だった。それよりも、暁生が知りたいのは弥彦のことだった。弥彦が自分にとって何なのか、知りたいのだ。だけど、いきなりそんなことを、この人に聞けるものか。頭がおかしいと思われるだろう。暁生は、言葉に詰まり困っていた。
弥彦は、ふわあ、と欠伸をして言った。
「ねえ、それよりさ、あんた、なんで」
(うわ、やっぱりキスしたのバレてる!? どうしようっ)
「な、なに?」
「なんで、泣いてんの」
「泣いて、え? 泣いてる??」
そう言って、暁生は自分の目じりに触れると、驚くことに、眼元は濡れていた。
「なんでだ!」
(またかよーー)
我ながら質の低いコメディアンのようなリアクションだ。
「知らねえよ、うるせーな」
弥彦は、布団を剥いで足を寝台から下ろし、靴を履いている。
この間、暁生は涙を拭くのに必死だった。もう、何が何だか訳が分からない。
靴を履いた弥彦が立ち上がる。長身の暁生より十センチくらいだろうか、小さい。華奢な体つきだった。首が思いの外細い。
弥彦は暁生と肩がぶつか擦れ擦れで肩を並べ、擦れ違いざまに、思い出したかのように振り返った。
「な、なんだよ」
弥彦は暁生を見つめ、付け加えるように言った。
「あのキスは何?」
(!!!!!!!!)
保健室の面している廊下は涼しく静かだ。
暁生は慣れた様子でドアを開ける。
「失礼しまーす」
「あら、土岐君、まだ具合治らないの? 」
保健の坂上が、いつもの調子で書き物をしていた。
「まあ、そんなところです」
「なによ、そのふくみ返事は」
「いえ、あの、ベッド空いてますか?」
「今は、一つ使ってるけど、あとは大丈夫よ。その代わり、何でもないなら昼休みだけだからね。ここでサボるつもりなら、さっさと帰りなさいね」
「はーい」
すると坂上は、いままで手をつけていたプリントの束を片手に、椅子から立って言った。
「土岐君、ベッド使わせてあげる代わりに私のお願い聞いてもらえるかな」
「何ですか」
「私ちょっと職員室に用事足してくるから、戻ってくるまで店番しててくんない? 十分くらいだから、お願いね」
「はーい、お易い御用」
(というか、そのほうが助かる!)
「弥彦君も、ちょっと席外すね」
坂上は閉まったカーテンの向こうに声掛けたが、返事はなかった。やはり、中で休んでいるのは弥彦のようだ。
「寝てるのね、土岐君、騒がないでね」
そう言って彼女は保健室を出ていった。
「ういっす」
(騒ぎはしないが、ちょっと覗くぜ)
暁生は、ベッドへと近寄って行った。
カーテン越しに、耳を澄ますと微かな寝息が聞こえてくる。
(失礼するぜ、別に女子じゃねえし、いいよな)
暁生はカーテンを少しだけ開けた。
(え、こいつ男、だよな……)
音のない、白いカーテンの囲いの中で寝ていた男子生徒は、一瞬、女と見間違うくらい端正な顔立ちをしていた。
長く柔らかそうな前髪は、瞼の辺りに滑らかに下りている。頬骨が少し高めで、痩せて見える輪郭。閉じた眉間の中央から通る鼻筋は狂いのない上品なラインだ。
弥彦の肌は蒸気していない、石膏像のような色をしている。そのきめ細かな肌が静かに息をしている光景を目の当たりにして、暁生は一瞬で、いけないことをしているような気になった。
(なんだ、やっぱり、覗きは良くないよな)
カーテンを閉めて、先生の言ったように大人しくしていよう、そう思ったのに、今度は体が動かない。
(なんだ、まただ。体が言うことをきかない!)
あの感覚が再びやってきた。
やはり、この異様な感覚は弥彦が鍵を握っていており、またスイッチになっているようだった。
何かに体が乗っ取られる。けれども今回は暁生の意識ははっきりしていた。体だけが思うように動かない。
(くそー、負けるな俺! 一体、何だっていうんだ)
酷い頭痛に襲われる。
暁生の意識はまるでプールの底を漂っているような感じだった。
不思議な感覚に囚われたまま、暁生の体は勝手にゆっくりと動き始めた。閉めたカーテンの中に侵入し、少しずつ、少しずつ、弥彦の顔を覗くようにして、暁生の顔が接近していく。
(おい、止めろ、こんなところで目を覚まされたら完全に誤解される!)
暁生の意識は必至で抵抗したが、体は一向に自由がきかない。
(や・め・ろーーーー! 何やってんだよーーーー)
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それは、時間にして数秒のことだった。しかし、暁生にとっては長い抵抗となった。
弥彦の唇に自分の唇を重ね合わせる……、一、二、三、四秒くらいの間だった。
(お、俺のファーストキスが……)
落胆して間もなく、重なり合っていた柔らかな唇同士は何事もなかったかのように離れた。
(おーい、俺のばかやろう! 何やってくれちゃってんだ)
暁生の意識は完全に取り乱しているのに、肝心の体の方はというと、一向に涼しそうな表情で、そして愛しいものを見るかのような目で弥彦を見ている。
(気持ち悪いぞ、俺!)
暁生ははっきりとした意識の中、この場をどう切り抜けようかを考えていた。もしも、この状況で先生が戻ってきたら……体が言うことをきかないのではごまかしようもない。
しかし自体はそれよりもヤバイ展開になった――。
(あ……あ~あ、終わったよ俺……)
無慈悲にも、眠り姫が王子の口づけで目を覚ましてしまったのだ。
そして青白い顔をしたお姫様は、機嫌悪そうに言ったとさ。
「昼休み、終わったの?」
(いやいや、そこじゃねーだろっ!あ!!)
金縛りが解けた。と同時に、自由になった暁生の体は大きく後ろへ仰け反った。
弥彦は、大きな欠伸をして、何となく髪を整えている。どうやら動揺しているのは暁生の方だけだった。この調子なら、キスをしたことを知られていないのかもしれない。
暁生は、少し落ち着きを取り戻し、弥彦に掛ける言葉を探していた。
「あ、のさ、俺、土岐暁生っていうんだけど」
「……ああ、知ってるけど」
(あれ……知ってんだ、俺って有名人!? か……)
「あんた、事故った人でしょ」
そうだ、そうだった。暁生は巷では時の人だった。それよりも、暁生が知りたいのは弥彦のことだった。弥彦が自分にとって何なのか、知りたいのだ。だけど、いきなりそんなことを、この人に聞けるものか。頭がおかしいと思われるだろう。暁生は、言葉に詰まり困っていた。
弥彦は、ふわあ、と欠伸をして言った。
「ねえ、それよりさ、あんた、なんで」
(うわ、やっぱりキスしたのバレてる!? どうしようっ)
「な、なに?」
「なんで、泣いてんの」
「泣いて、え? 泣いてる??」
そう言って、暁生は自分の目じりに触れると、驚くことに、眼元は濡れていた。
「なんでだ!」
(またかよーー)
我ながら質の低いコメディアンのようなリアクションだ。
「知らねえよ、うるせーな」
弥彦は、布団を剥いで足を寝台から下ろし、靴を履いている。
この間、暁生は涙を拭くのに必死だった。もう、何が何だか訳が分からない。
靴を履いた弥彦が立ち上がる。長身の暁生より十センチくらいだろうか、小さい。華奢な体つきだった。首が思いの外細い。
弥彦は暁生と肩がぶつか擦れ擦れで肩を並べ、擦れ違いざまに、思い出したかのように振り返った。
「な、なんだよ」
弥彦は暁生を見つめ、付け加えるように言った。
「あのキスは何?」
(!!!!!!!!)
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