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いざ、王宮へ
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コンスタンスが案内された部屋は、彼女がお妃教育で王宮に通っていた当時に使用していた部屋だった。
婚約者であるコンスタンスのために設えられた美しい部屋であり、泊まったことはないが、勉強の合間に休んだり、王太子と会話を楽しんだ部屋だ。
部屋の中は当時よりさらに豪奢な装飾品で溢れ、美しく飾り立てられている。
その部屋で、王妃は待っていた。
かつては未来の義母とも慕った王妃だが、今は王妃と一介の貴族である。
コンスタンスは部屋に入ると優雅なカーテシーの姿勢をとった。
王妃から声がかかるまで、頭は下げたままである。
「お久しぶりね、コンスタンス」
「王妃様、ご機嫌麗しゅうございます。
本日はお目にかかれて本当に、」
「肩苦しい挨拶はいいわ。
ああ、会いたかったわ、コンスタンス」
王妃はそう言うなり、コンスタンスに抱きついてきた。
「王妃様、あの、」
「可哀想に!早く助けてあげられなくてごめんなさいね!」
「…色々ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
コンスタンスは王妃の腕の中で、そう謝った。
王妃が彼女を心配していたというのは事実なのだろうから。
顔を上げると、王妃の目には懐かしさと親しみがこもっているようにも思える。
だが、まずは色々誤解をしていそうな王妃の誤解を解かなくてはいけない。
やっと抱擁を解いた王妃にすすめられ、コンスタンスは椅子に腰掛けた。
侍女がお茶を淹れて部屋を出て行くと、王妃と2人きりになる。
王妃は優雅な仕草で、お茶を一口飲んだ。
「ごめんなさいね、コンスタンス。
フィリップから聞いたわ。
ヒース侯爵との縁談…、私は貴女に良いと思ってすすめたのだけれど、不幸な結婚になってしまったのですってね。
本当に申し訳なかったわ」
痛ましそうにコンスタンスを見る王妃の言葉に、嘘はないのだと思う。
しかし王妃は言葉を切ると、フッと、興味深そうにコンスタンスを見つめた。
「記憶を失っていると聞いていたけど、今の貴女は7歳ではないようね」
やっぱり王妃はコンスタンスの記憶喪失を知っていた。
7歳までの記憶しかなかったことも。
「ええ。事故に遭って一時期記憶を失ったのですが、今はすっかり戻りましたわ」
コンスタンスは注意深く今の状況を告げた。
「そうだったのね。可哀想に」
「いいえ。
もう本当に良くなりましたの。
王妃様のお心を乱すようなことも何一つございませんわ。
夫とも、仲良く過ごしております」
そう言ってニッコリ笑って見せると、王妃は悲し気に瞳を揺らした。
「私に隠さなくていいのよ、コンスタンス。
貴女の不幸な結婚生活のことなら、すでに報告を受けて承知しているわ。
新婚直後から貴女がヒース領に閉じ込められていたことも、夫の愛人を庇って事故に遭ったことも。
早く何とかしたかったのだけれど、隣国との絡みもあって、フィリップの成婚が成るまでは迂闊に動けなかったのよ。
わかってくれるわよね?コンスタンス」
夫の愛人…?
不穏な言葉を聞いたような気がしたが、コンスタンスは聞き流すことにした。
あの誠実な夫に愛人などいるわけがない。
王妃が何か誤解をしているなら、今はそれを解かなくてはならない。
「王妃様、本当に私たち夫婦は、」
「でも、貴女の記憶が戻っているなら話が早いわ」
王妃は悪戯っぽく笑い、コンスタンスの言葉を遮った。
「…?」
コンスタンスは訝し気に王妃を見つめる。
「ねぇ、コンスタンス。
貴女が望むなら私の裁量で離縁を言い渡すことも出来るわ。
侯爵側に非があるのは明らかだもの。
それに、フィリップが貴女を側妃に望んでいることは知っているでしょう?
元々貴女たちは想い合っていたのだから、それもいいと思うのよね。
ただね、私は側妃より、貴女はヒース侯爵の夫人のままで公式寵姫になるのがいいと思うの」
「……えっ⁈」
コンスタンスはあまりの驚きに、目を見開いた。
公式寵姫…、いわゆる、側妃でもない公の愛人である。
側妃と言われただけでも屈辱だったのに、よりによって慕っていた王妃にそんなことを言われるなんて。
「それは…、フィリップ殿下も同じお考えなのですか?」
「いいえ、フィリップは相変わらず貴女を側妃にと言っているわ。
でも隣国の手前、新婚早々側妃はまずいでしょう?
貴女とヒース侯爵との結婚だって王室主導で進めたのに、あっという間に離縁とはさすがにねぇ」
「お言葉ですが王妃様。
私は王妃様のお気持ちにお応え出来ませんわ」
「そう言わないで考えてみてコンスタンス。
貴女にとっても決して悪い話ではなくてよ。
身分が正妃ではないだけで、やがて国王になるフィリップが一番に想うのは貴女であって、要するに国最高のレディは貴女なのだから。
私だって貴女のことは本当の娘のように思っていたのよ?
だから貴女がいてくれたら私も嬉しいわ。
だって隣国の王女なのだけどね、大国から来たせいか気位ばかり高くてね、私のことも見下したような目で見るのよ?
フィリップに一目惚れしただなんて言っていたけど、それだってどうかしら。
あんな妃では、フィリップだって心が休まらないでしょう。
ねぇお願いコンスタンス。
フィリップを支えてあげて欲しいの。
やはりずっと婚約者として側にいた貴女が気心も知れて、フィリップを癒してあげられるわ」
勝手なことばかりをつらつらと述べる王妃に、コンスタンスは薄ら寒いものを感じた。
未来の義母とも慕った女性が、こんな勝手な人だったなんて。
婚約者であるコンスタンスのために設えられた美しい部屋であり、泊まったことはないが、勉強の合間に休んだり、王太子と会話を楽しんだ部屋だ。
部屋の中は当時よりさらに豪奢な装飾品で溢れ、美しく飾り立てられている。
その部屋で、王妃は待っていた。
かつては未来の義母とも慕った王妃だが、今は王妃と一介の貴族である。
コンスタンスは部屋に入ると優雅なカーテシーの姿勢をとった。
王妃から声がかかるまで、頭は下げたままである。
「お久しぶりね、コンスタンス」
「王妃様、ご機嫌麗しゅうございます。
本日はお目にかかれて本当に、」
「肩苦しい挨拶はいいわ。
ああ、会いたかったわ、コンスタンス」
王妃はそう言うなり、コンスタンスに抱きついてきた。
「王妃様、あの、」
「可哀想に!早く助けてあげられなくてごめんなさいね!」
「…色々ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
コンスタンスは王妃の腕の中で、そう謝った。
王妃が彼女を心配していたというのは事実なのだろうから。
顔を上げると、王妃の目には懐かしさと親しみがこもっているようにも思える。
だが、まずは色々誤解をしていそうな王妃の誤解を解かなくてはいけない。
やっと抱擁を解いた王妃にすすめられ、コンスタンスは椅子に腰掛けた。
侍女がお茶を淹れて部屋を出て行くと、王妃と2人きりになる。
王妃は優雅な仕草で、お茶を一口飲んだ。
「ごめんなさいね、コンスタンス。
フィリップから聞いたわ。
ヒース侯爵との縁談…、私は貴女に良いと思ってすすめたのだけれど、不幸な結婚になってしまったのですってね。
本当に申し訳なかったわ」
痛ましそうにコンスタンスを見る王妃の言葉に、嘘はないのだと思う。
しかし王妃は言葉を切ると、フッと、興味深そうにコンスタンスを見つめた。
「記憶を失っていると聞いていたけど、今の貴女は7歳ではないようね」
やっぱり王妃はコンスタンスの記憶喪失を知っていた。
7歳までの記憶しかなかったことも。
「ええ。事故に遭って一時期記憶を失ったのですが、今はすっかり戻りましたわ」
コンスタンスは注意深く今の状況を告げた。
「そうだったのね。可哀想に」
「いいえ。
もう本当に良くなりましたの。
王妃様のお心を乱すようなことも何一つございませんわ。
夫とも、仲良く過ごしております」
そう言ってニッコリ笑って見せると、王妃は悲し気に瞳を揺らした。
「私に隠さなくていいのよ、コンスタンス。
貴女の不幸な結婚生活のことなら、すでに報告を受けて承知しているわ。
新婚直後から貴女がヒース領に閉じ込められていたことも、夫の愛人を庇って事故に遭ったことも。
早く何とかしたかったのだけれど、隣国との絡みもあって、フィリップの成婚が成るまでは迂闊に動けなかったのよ。
わかってくれるわよね?コンスタンス」
夫の愛人…?
不穏な言葉を聞いたような気がしたが、コンスタンスは聞き流すことにした。
あの誠実な夫に愛人などいるわけがない。
王妃が何か誤解をしているなら、今はそれを解かなくてはならない。
「王妃様、本当に私たち夫婦は、」
「でも、貴女の記憶が戻っているなら話が早いわ」
王妃は悪戯っぽく笑い、コンスタンスの言葉を遮った。
「…?」
コンスタンスは訝し気に王妃を見つめる。
「ねぇ、コンスタンス。
貴女が望むなら私の裁量で離縁を言い渡すことも出来るわ。
侯爵側に非があるのは明らかだもの。
それに、フィリップが貴女を側妃に望んでいることは知っているでしょう?
元々貴女たちは想い合っていたのだから、それもいいと思うのよね。
ただね、私は側妃より、貴女はヒース侯爵の夫人のままで公式寵姫になるのがいいと思うの」
「……えっ⁈」
コンスタンスはあまりの驚きに、目を見開いた。
公式寵姫…、いわゆる、側妃でもない公の愛人である。
側妃と言われただけでも屈辱だったのに、よりによって慕っていた王妃にそんなことを言われるなんて。
「それは…、フィリップ殿下も同じお考えなのですか?」
「いいえ、フィリップは相変わらず貴女を側妃にと言っているわ。
でも隣国の手前、新婚早々側妃はまずいでしょう?
貴女とヒース侯爵との結婚だって王室主導で進めたのに、あっという間に離縁とはさすがにねぇ」
「お言葉ですが王妃様。
私は王妃様のお気持ちにお応え出来ませんわ」
「そう言わないで考えてみてコンスタンス。
貴女にとっても決して悪い話ではなくてよ。
身分が正妃ではないだけで、やがて国王になるフィリップが一番に想うのは貴女であって、要するに国最高のレディは貴女なのだから。
私だって貴女のことは本当の娘のように思っていたのよ?
だから貴女がいてくれたら私も嬉しいわ。
だって隣国の王女なのだけどね、大国から来たせいか気位ばかり高くてね、私のことも見下したような目で見るのよ?
フィリップに一目惚れしただなんて言っていたけど、それだってどうかしら。
あんな妃では、フィリップだって心が休まらないでしょう。
ねぇお願いコンスタンス。
フィリップを支えてあげて欲しいの。
やはりずっと婚約者として側にいた貴女が気心も知れて、フィリップを癒してあげられるわ」
勝手なことばかりをつらつらと述べる王妃に、コンスタンスは薄ら寒いものを感じた。
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