屋根裏の魔女、恋を忍ぶ

如月 安

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第一部

第35話 フランシーヌ

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「フランシーヌ、いつもありがとね」

 メイド仲間のロレーヌにそう言われて、わたしは笑みを浮かべた。

「いいのよ、ロレーヌ、体調が悪いんでしょ?ちょっと横になってるといいわ。ここの掃除はわたしがやっておくから」

 もう一度、ありがとう、と言って、ロレーヌは華奢な体を長椅子に横たえた。
 もともと色白の整った顔はもっと白くなっていて、本当に具合が悪そうだった。
 貧血だろうか? 最近、ロレーヌは体調が優れないことが多いようだ。

 主人であるマルラン男爵夫人があんなことになって、心労のせいかも知れない。あんな恐ろしいことに巻き込まれるなんて、線が細くて優しいロレーヌには耐えられないことだろう。

 ちょうど二週間前、マルラン男爵夫人は毒を飲んで死にかけているところを発見された。

 しかも、場所は自宅であるこの屋敷ではない。
 なんと、貴族のご婦人が決して出入りするはずのない、いかがわしい地域にある逢引き宿のベッドの上で倒れているところを治安隊の兵士によって発見されたのだ。

 夫人の相手の男はその場から逃げようとしたが、すぐに逮捕されたようだ。
 にも関わらず、この屋敷には、連日、王宮第三騎士団の騎士達が出入りして、捜査らしきものを行っている。
 つまり、相手の男は犯人ではなかったのだろうか?

「ねえ、ロレーヌ、マルラン男爵夫人の恋人って、誰だったのかしら?」

 暖炉の上を丁寧にハタキがけしながら尋ねると、ロレーヌは横になりながら苦笑いした。

「まったく、あんたもゴシップが好きなのね。フランシーヌ」

「だって、それがメイドの醍醐味でしょ?」

 いたずらっぽくそう言うと、ロレーヌは、確かにね、と言って緑色の瞳を細めて笑った。

「ロンサール伯爵よ」

 こともなげに、ロレーヌは言った。ロレーヌは、今は奥様が入院されていて仕事がないので、侍女頭から掃除を言いつけられているが、本当は奥様付きの上級メイドだ。
 奥様から可愛がられて、色々と話を聞いていたらしい。

「ロンサール伯爵って、あのランブラー・ロンサール伯爵?」

 驚いて聞き返すと、ロレーヌはまた苦笑を浮かべた。

「そうよ、びっくりでしょ。王宮一の美形政務官で女性達の憧れの的。
 社交界の華で未来のノワゼット公爵夫人、ブランシュ・ロンサールの兄……? 従兄だっけ? 通称『白馬の王子様』って呼ばれる美貌の貴公子らしいじゃない?
 だけど、やっぱり手が早かったのね。奥さまが前に王宮のパーティに出た時に、『マルラン男爵夫人、相変わらずお美しいですね、その情熱的な赤いドレスと素敵な靴が、よくお似合いで』って口説かれたらしいわ」

「あら、まあ」

「それで、奥さまは旦那様とは政略結婚だったし、最近じゃ会話もなし、食事も別、屋敷で会っても目を合わさない、って感じだったじゃない?だもんだから、ロンサール伯爵にすっかりのぼせ上がっちゃって、熱心にラブレターをしたためてるとこ、何度も見かけたわ」

「まあ、ほんと、びっくりねえ。旦那様もお気の毒にね。その上、奥様が毒を盛られて死にかけるなんて……。旦那様ったら、今朝お見かけしたときも、すごく落胆された風だったものね。確か、奥様が毒を飲まされた日は、旦那様は王宮の会議に出ていたのよね」
 
 今朝見かけた、落胆した風に俯き歩く旦那様の様子を思い出した。
 背が高くスラリとした、四十過ぎの男盛り。濃いブラウンの髪と瞳、高い頬骨や鼻筋の通った顔は、ハンサムと言える部類に入るのではないだろうか。
 いつも柔和な物腰で、使用人に対して声を荒げることもなく、使用人仲間からも評判が良かった。

 ロレーヌはまだ具合が悪そうだったが、話していると気が紛れるのか、横になったまま頷いた。

「そうよ、旦那様もこういった場合の定石として、多少の疑いはかけられたみたいだけど、すぐに晴れたみたい。だって、朝からずっと王宮にいて、その姿を貴族のお偉方たちに見られてるんだもん。鉄壁のアリバイよ。きっと、犯人はロンサール伯爵ね。奥様とはほんの火遊びのつもりが、奥様のほうがすっかり本気になっちゃったもんだから、面倒になったんだわ」

「そうかもね、ほんと、怖いこと。それにしても、連日、騎士が屋敷に出入りしていて、これじゃ落ち着かないわね」

「奥様は王妃殿下の侍女、ベスビアス夫人の妹だから。ベスビアス夫人に頼まれて、王妃殿下が騎士団長たちに頼んだって話よ。奥様とベスビアス夫人は特に仲の良い姉妹って感じでもなかったけど、それとこれとは話が違うんでしょうね」

「そうね、やっぱりいざとなったら、姉妹だものね。さ、ここの掃除は終わったわ。次の部屋に行きましょう」

「あんたって、ほんと手際がいいのね、フランシーヌ。ありがとう、助かったわ、お陰でだいぶ楽になった」

「いいのよ、次の部屋でも休んでるといいわ」

 そう言って部屋を出ると、第三騎士団の騎士達がちょうど廊下を歩いているところに行き会う。
 わたしとロレーヌは慌てて廊下の端に寄り、頭を下げた。
 廊下を歩く騎士の一人が、ロレーヌに気付いて声をかけた。
 浅葱色の制服が目の前に立つが、俯いているのでその顔は見えない。

 この王都にある三つの騎士団は、制服の色と紋章が違う。
 第一騎士団は白に獅子、第二騎士団は黒に鷹、そして、最近この屋敷でよく見かける第三騎士団は、浅葱に竜の紋章だ。

「やあ、君、ロレーヌとか言ったよね」

 若い騎士の声は嬉しそうだ。ロレーヌはとても美人だから、前から気になっていたんだろう。
 
「は、はい、さようでございます」

 ロレーヌは俯いたまま答える。
 威圧感のある騎士に話しかけられて、隣にいるわたしにまで、その緊張が伝わってきた。

「良かった、ちょうど聞きたいことがあったんだ。君、確か夫人付きのメイドだったよね」

「はい、さようでございます」

「夫人は、何か持病とかなかったかな? 定期的に薬を飲んだりしてた?」

ロレーヌは少し考えて、答えた。

「いいえ、騎士様、奥様はご健康そのもので、ご病気でもなければ、お薬も飲んでいらっしゃいませんでした」

「そうかそうか、ありがとう」

騎士は満足げにそう言ってから、隣に立つわたしに気付いた。

「君、見慣れないメイドだね。名前は?」

 俯いているのでずり落ちそうになる眼鏡を押し上げて、答えた。

「フランシーヌと申します。臨時雇いの下働きでございます」

 騎士は、ふうん、とだけ言うと、じゃ、またね、とロレーヌに言って去って行った。

 やっと顔を上げると、ロレーヌと顔を見合わせて息を吐いた。

「騎士様に話しかけられると緊張するーっ」

「ほんと、迫力ありすぎよね」

 そう言って、隣の部屋に入ろうとしたわたしを、ロレーヌが慌てて止めた。

「だめよ、フランシーヌ、そこは立ち入り禁止よ。旦那様の書斎と、地下室には絶対に入っちゃダメって言われたでしょ。叱られるわよ。」

「そうだった! あぶないとこだったわ。ありがとうロレーヌ、うっかりし過ぎね。……それにしても、書斎と地下室は、何だって立ち入り禁止なのかしら?」

「さあね、知らないわ。やめときなさいよ、フランシーヌ、好奇心は猫をも殺す、って言うじゃない。あたしたちはただ、言われたことだけやってましょ」

「それもそうね」

 ロレーヌに返事をしながら、書斎のドアを振り返って見つめた。

 書斎と地下室には、一体何が隠されているのだろう、と思いながら。



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