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長話をしようか

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あ、この人だ。
鑑定したら名前が出てきたけど覚える必要はないよね。
春に入り浸っていた男。
Bランク冒険者らしく装備がしっかりしてるけどガチャガチャしてなくて、軽そう。
あー、スキルに隠蔽とか認識阻害とかあるわ。
そのスキルで兄ズからも、街でもギルドでもこの男の名前が出なかったのかな。
簡単に盗みもできたろう。

そんなこと考えながら広めのバリア張って半径2m以内近寄れないようにした。

「私たちにお父さんはいないよ」

もうちょっと洒落た返事を考えればよかった。

「お母さんが死んで辛かっただろう」

いいえ、全然。

今度は長話してみようかな。

「あー、あの女の人がお母さん?
 そうだね、死んだね。でも全然辛くないよ。
 だってさー私が生まれてからずっと気味悪いって言ってて、全然お世話しなかったんだよ?
 オムツ替えてくれないし、母乳だってたまにしかくれない。そんなの母親じゃないよねー。
 貧乏で金がないのはしょうがないとしてもさー、ひとりじゃ生きていけない赤ちゃんの世話は最低限しないとダメだよ。
 そんでなに?赤ちゃんの世話ができない女がまた子ども作るって、どんだけアホなの?
 そのくせ、堕胎しろって言ったら激怒して死ぬくらい殴る蹴るされたわ。
 ネグレクトと暴力の虐待女。
 愛する人の子どもは大事だとかなんか言ってたくせに、やっぱり赤ちゃんの世話しなかったよね。
 あ、この子ね。心配しないで。今は私が立派にお世話してるから。
 あの人、オムツ替えないからめちゃくちゃお尻かぶれっていうか、爛れてたよ。
 常に空腹だったろうしね。
 一日中ギャンギャン泣いてたよ。
 声が枯れても泣いてたよ。
 うるさくて私達も夜眠れなかったし、近所からもうるさいって怒られたし。
 ほんと、家にずっといるのに赤ちゃんの世話しないって、何者なの?
 まさかあれが母親?笑えるー
 料理もしないし、洗濯もしない、掃除もするわけない。
 可愛いはずの赤ちゃんがギャン泣きで心がいかれちゃったんだと思うよ。
 だってそうだよね、私が赤ちゃんだった時は全然泣かなかったでしょ? 忘れてたんじゃない?
 赤ちゃんが泣くってこと。
 お世話しなかったらもっと泣くってこと。
 もーなんで泣くの?泣き止んでよー!って怒り狂ってたこともあったっけ。
 あー、死んでた時の話もしてあげるよ。 
 ギルドから帰ったらね、床が血の海になってた。
 手のそばに切れ味の悪い包丁があってね、首に刺し傷があったよ。この辺ね。ここ。
 あそこから大量の血が噴き出てたんだろうね。
 でも私が見た時にはもう血は出てなかったよ。
 部屋中血の匂いで臭かったよー。
 あの鉄の匂いはやだね。
 どうしたらいいかわからないから、あの部屋の中でお兄ちゃん達の帰りをずっと待ってたの。
 ちょっと世話をしたら赤ちゃん泣き止んだし。
 抱っこしてずっと待ってた。
 あの血の匂いが充満してた部屋でさ。
 いやーせいせいしたよ。ほんと。
 食費がひとり分減ったしね。
 あー、ごめん。
 遺髪とか、遺品はないよ。
 全部燃やしたから。
 要るか?って聞かれたから断ったんだ。
 あんた、欲しかった?
 気が利かなくてごめーん。
 でもお兄ちゃん達も要らないって言ってたし。
 私達まだ子どもだからー、わかりませーん。
 お兄ちゃんたちもさー、あれを見て泣かなかったよ。
 それどころか、誰かに連絡する前に家の中に金目のものがないか探せって言って、みんなで探したんだ。
 そしたら魔石入りの大量アクセサリーが見つかったんだよ!へそくり!
 気持ち悪いから魔石は貧民街のボスにくれてやったよ。
 あと盗品のアクセサリーは冒険者ギルドに渡したからね、あんたはきっと指名手配されてるよ。
 賞金首ってやつ?いくらかな?
 父親が賞金首?
 どうやって賞金もらうのかな?
 首を切り落として持っていけばいいのか?
 でも私の細い腕じゃ、うまく切れないよね。
 ノコギリだったらいけるかもー!」

最後に笑ってない顔であははははと笑ってみた。

私の長話の途中で、ちょっと呆気に取られていた父親は数名の冒険者達に組み伏せられ、縛られていた。

ここにいるみんな、私のこと、異常な子どもだと思ったに違いない。

あの冒険者達は護衛さんだろうか?
私の話を聞きながら隙をみて標的を捕まえるなんて、優秀な人たちだと思う。
ありがとう。
まぁ、私もアイツが逃げないように、気付かれないように足元を地面に縫い付けていたけどね。

まだ笑いながら、カートから取り出したかのようにノコギリを収納から出して父親に近寄ってみた。

「ほら、その首切るから、力を抜いて?力が入ってると固くて切りにくいんだよ」

冗談なのに「うわー!やめろー!」って叫んでジタバタしてた。

冒険者さんもこれ以上は近寄るなって優しく制止してきた。

冗談ですってば。
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