草むしりクエスト【BL】

佐々木猫八

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一章

4、似合うエプロン★

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その後2日間は平穏だった。
ガトーは喋っていないのか、冒険者は誰も来ず、街の人たちの接客が殆どだった。
しかし依頼を受けて4日目の昼過ぎ、ついにこの時がやってきてしまった。
入口のガラス戸の向こう側が騒がしいような気がしてドアを見ると、そこにはガラス戸に鈴なりになっている冒険者たちが居たのだ。
思わず口元が引きつる。
なんであんなに来てるんだよ!と叫びたかった。
そして、なかなか入店してくる気配が無く、セドリックはため息をつくとガラス戸を開けた。
冒険者たちの間でどよめきが湧く。
セドリックは仕事仕事と念じながら気持ちを奮い立たせた。
「パンを買う気がないなら帰って下さい。営業妨害でギルドに報告しますよ」
冒険者たちは一斉に顔が青くなり、慌てて「入る!入ります!!」と店内へと駆け込んだ。
冒険者たちはそれぞれパンを選びながらちらちらとセドリック見てきて、セドリックの神経は限界間近だった。

笑いたければ笑え!

セドリックは覚悟を決めていた。
しかし結局誰一人笑う事無く会計を済ませ帰って行ったのだ。
誰も居なくなった店内でひとり愚痴る。
「なんだったんだよあいつら」
売上に貢献しに来た、なんて事はしそうに無いし、からかうわけでもなく帰っていったのが不思議でしょうがなかった。
その日の売上もなかなか良かったらしく、バートンさんは上機嫌だった。

そして依頼を受けてから5日目の朝。
オープン前の事だ。
バートンさん曰く、未だかつてこんな事は初めての事態だと言って、急ぎ店を開けた。
次々と入店してくるお客様たち。
みな、冒険者だった。
昨日はランクの比較的低い冒険者が多かったが、今日は上位ランクの冒険者も多数来ており、店内をしっかり見ていた。
その中の1人がセドリックに声を掛けてきた。
「日持ちしても美味しく食べられるパンってないかな?これから暫くダンジョンに籠もるから持っていきたいんだけど」
「はい、それならこちらのパンがお薦めです。水分が少なめなのでカビにくいです。しかも他のパンより、スープなどに浸すとよく水分を吸うので柔らかく食べられます」
「そりゃいいな、なら10個ほどもらおうか」
「ありがとうございます!」
上手く説明できた事と、それで買ってもらえた事が嬉しくて、セドリックは自然と笑顔になっていた。
「⋯⋯かわいい(ボソ)」
「えっ?」
「あっ、いやなんでもないよ。会計はこれでいいか?」
「はい、丁度頂戴します。またどうぞ」
それからは怒涛のラッシュだった。
パンについての質問攻めにあったり、大量買いを袋詰めしたりと、とて忙しくて気がつけば閉店時間となっていた。
冒険者たちも皆帰っていき、店内は物静かになる。
「いやー今日の売上も凄そうだねセドリック。もうウチに正スタッフとして雇われない?」
「俺は冒険者です!!」
バートンさんはとても残念そうに俺を見たが、俺が冒険者であることを辞めることはない。
「それじゃあ掃除したら帰りますね」
いつも通り掃除をして片付けて作業が終わったのでバートンさんに挨拶をして店を出た。

月の丘亭へ帰ると、ゾッファがご飯を食べていた。
俺に気づいたゾッファは片手をあげた。
「ゾッファ、今日のA定食は何?」
「川魚の大和煮とメンチ汁」
「俺メンチ汁好き!A定食にしよう」
カウンターに駆け寄り注文すると、いつものようにゾッファの隣に座る。
「仕事の方はどうだ?あまり話さないから何かあったのかと思って」
あったと言えばあったけども、それをゾッファに言うと「俺も行く」となりかねないので適当にはぐらかす。
「問題ないよ、毎日忙しくてあっという間に1日が終わっちゃう感じ」
「ふーん、そうか」
もぐもぐと定食を食べながら、ゾッファは何か考えているようだ。
「ゾッファの方はどうなの?ダンジョン攻略進んでる?」
「ああ、今日最下層に行ってきたんだ。けど、あのダンジョンはあまり強い魔物は出なかったな。すんなり下層まで行けた。初心者向けには丁度いい所だな」
「へぇそうなんだ」
街から徒歩で4時間の場所に小さなダンジョンが新しく見つかった。
お宝があるかもと冒険者たちは色めき立ったが、蓋を開けてみれば何も無いただの遺跡だったのだ。
「A定食お待ちっ!しっかり食えよ!」
「はい!」
運ばれてきた定食を食べ始める。
疲れた身体に美味しい料理が染みる。
あと2日なんとか乗り切ろう!

そして次の日、店内には一般客の人と冒険者が入り混じっていた。
最初一般客の人は冒険者を嫌そうな目で見ていたが、真剣にパンを選ぶ様子に次第に平気になってきたようだ。
マナー違反については即座に注意しているし、冒険者の人もしっかり説明すると納得してくれて一般の人のやり方に合わせてくれる。
これといって問題無いまま昼が過ぎていったときだった。
からんからんからん♪
音がなり慌てて顔をあげる。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃったぞセドリック。新妻スタイルとはなかなか良い趣味だ」
「ゾッファっ!!えっなんで!ダンジョン攻略は!」
「昨日最下層まで行ってきたから今日は休息日だ」
来てほしくなかった人ランキング上位のゾッファが来てしまった。
こんなエプロン姿を見られてしまうなんて⋯凹む。
「安心しろ似合ってる」
「何を安心したら良いんだよ⋯」
ゾッファはじろじろと一通り俺を眺めると、ふらっと棚を物色し、幾つかパンを買って行った。
帰り際に「もう暫く延長してこの仕事を続けてもいいんじゃないか?」と言い残した。
ゾッファ、お前もかっ!
今日は仕事が終わって月の丘亭に帰って定食を頼んだが、B定食にしてやった!ふんっ!


そして、ついに依頼の最終日がやってきた。
今日を平穏無事に勤め上げればまとまったお給金が貰える。
先程バートンさんからよく働いてくれたからと上乗せしておいたよと言われたので尚更待ち遠しい。
表情も自然と笑顔満点になる。
順調にパンが売れていき、補充に忙しくしているところにドアが開くのを知らせる鐘の音が聞こえた。
「いらっしゃいませ!!」
扉の方を向くと、久しぶりに合う来てほしくない人ランキング最上位かもしれない人がやってきてしまった。
「ラ、ライさんっ!」
「セドリック⋯」
ライさんは俺を見ても特に驚いた表情をするでもなく、戸惑った表情をするでもなかった。
あれ?今までの人たちと違うぞ?
それにお屋敷から出ているライさんは珍しい。
ライさんは俺に近づいてきた。
「久しぶりだな、元気だったか?」
「あ、はいこの通り元気に働いてます。あのライさんは?こんな所に来るなんて珍しいですね」
「ああ、ギルドマスターが教えてくれたんだ。エプロン姿のセドリックが居ると」
何してんだよあの人!!個人情報漏らすなっ!!!!
「そうですか⋯パン買いに来たんですか?」
「ああ、そうだな、折角来たんだし⋯セドリックのおすすめを頂こうか。選んでくれるかい?」
「分かりました、ちょっと待ってて下さいね」
俺は食べたことのあるパンの中で特に美味しかった上位5つのパンを選んだ。
「これなんですけど、いいですか?」
「ああ、ありがとう。美味しそうだ」
俺は会計をして貰うと、パンを袋に詰めてライさんに渡す。
「あ、この仕事今日で終わりなんです」
「そうらしいね、エプロン姿が見れて良かったよ。よく似合っている」
ライさんあなたもかっ!!
「その、もし良ければまた草むしりの依頼をお願いしたいのだが⋯今度はセドリックへの指名依頼で出したいんだ」
「はい、大丈夫ですよ!」
「良かった、じゃあまた今度」
「はい、ありがとう御座いました!」
ライさんからの指名依頼に少し浮かれる。
今日は良いことが沢山ある日だ。
その後も順調にパンは売れていき、初の完売を記録した。
バートンさんに散々引き止められたけれど、ライさんの依頼の事もある。
ミーナさんに相談してみようと掃除を済ませ依頼完了証明書を受け取り、冒険者ギルドへと向かったのだった。
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