使いっパシリのゾルゲさん

ゴエモン

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4 パシリ ゾルゲさんのお友達

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 話は軍議が終わりゾルゲが消え去った後に戻る。

 死霊王ブリコスの解散の合図とともに将軍達は退室していった。自分も執務に戻るべく立ち上がると、退室したと思われた次席アシュランが側にいた。敢えて無視をしていると、ブリコス殿、と普段は会議以外ではあまり口を開かぬ寡黙な男が珍しく話しかけてくる。

「なんじゃ? 人里が恋しくなったか?」

 カラカラと乾燥した顎を鳴らしながら、豪奢な法衣をなびかせアシュラムの方へ振り向く。

「お戯れを。あのゾルゲという者、いったい何者なんですか?」

「不思議か?」

「ええ。謎ばかりです。まず、あの先程のパラソルを使った転移。あんな魔術人間界でも魔王軍でも他に使用している者を見たことがありませぬ」

「ワシもじゃ」

「なんと? ブリコス様は死霊術のみならず、古今東西の魔術に通じていると専らの……」

「ふむ。その自負はある。人間界におるクソ忌々しいボンクラ大賢者にも負けぬよ。魔界の魔導も天界の神術でさえ知らぬ術はないじゃろな」

「そのブリコス様でさえ、ですか?」

「そうじゃ。お主も魔術の基礎くらい多少は知っておるじゃろ? 様々な元素に触れその元素を呼吸のようにイメージし発露するのがあらゆる魔術の基本じゃ。火なら火、風なら風、水なら水に一日中触れてな。ちと難しいが闇も光も死も生も皆同じだ」

「はい、私めはあまり得意ではありませんが、理論くらいは」

「他に召喚魔法がある。あれは少し毛色が違うがな。魔界の住人と近い我々であれば、悪魔と特殊な方法で契約し一定の秩序と契約に基づいて別次元から召喚する。人間の精霊召喚も根は同じじゃ」

「そのように聞いております」

「じゃが、なんじゃアレは。あやつは開いたパラソルの中に消えて、そのパラソルさえも消えていく。聞いたこともないし、全くもって法則性も秩序も理論もあったものではない。メアリー・ポピンズか!」

「は?」

「人間界の寓話の人物じゃ。知らぬならよい」

「はぁ、───まるで大道芸のような術ですな」

「そうじゃ。初めはワシも幻術や目くらまし、手品の類に召喚魔法などを混ぜ応用しているのかと考えた。じゃがな、無理だった。どうやっても無理じゃった。そもそも転移などという本来であれば大掛かりで莫大な魔力をつかう儀式魔術じゃ。一人でどうこうなるものではない。転移先の準備も必要じゃ。じゃがあいつは一人でたった数秒で遠方に確実に転移しているのが確認されている」

「であるからこそ、魔王軍唯一の諜報官となっているわけですな」

「さよう。───一度な、ワシの知る全魔術を教えるのでその秘術を教えろと言ったことがある」

「な! そ、そんことを」

「恥も外聞もなかったでな。そしたらあやつなんて言ったと思う?」

「さて、なんと?」

「それは鳥にどうやって空を飛ぶのか? 魚にどうやって泳ぐのか? 芋虫にどうすれば蝶になれるのか? と聞いているようなもので答えようがございませぬ。ときたもんじゃ」

「断られたと」

「軽く馬鹿にされながらな」

「あの男が─── では、もう一つ。彼に対する他の将軍達の言動。彼はこの魔王軍唯一の諜報官。あんな安易に扱っていい存在ではないのでは?」

「今のでわからんか? あやつ、敢えて周りにそう仕向けている節がある。能力がない。弱い。パシられます。自分だけ最前線ではない。でも将軍です。そのスタンスを敢えてやっておる」

「やはりそうでしたか……」

「ぬしも感じておったか。他の将軍達もそこまで馬鹿ではない。奴のスタンスにのって先程も色々試していたようじゃが顔色一つ変えなかったな。不気味な存在よの」

「いったいいつから魔王軍に?」

「ワシが十二将軍に抜擢されてどれくらいか知っておるか?」

「確か人間の王が五代かわるほどとか……」

「そう、あやつはその前からおる」

「なっ⁉」

「魔王様からはあやつのこと “捨て置け” と申し付けられておる。真にゾルゲのことを知るのは魔王様のみよ。ではな」

 スゥとその場から消える死霊王。しかしそのカラカラとした身体の音と、法衣の布ズレの音は、アシュランの耳には容易に入るのであった。

 
 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


 ゾルゲは森の奥にあったナニかと対峙していた。パラソルを開いて肩にかけてさしながら、何事も感じぬままスタスタとナニかに語りかけながら近付いていく。

 なぜここに? 貴方なら蒼火の星だろうと大気が凍りつく星だろうと硫酸の海の星だろうとどこの星でも住めるでしょうに? 
 え? かくれんぼしたまま誰も見つけてくれなかった? 天を分かつ山脈がそよ風に煽られ削られて、線が見える程の平らな大地になるほど待ったが誰も自分を見つけてくれなかったと。それで寂しくなって戻ったら、みんな何処かに行っちゃった。なるほどあの時確かにそんな感じだったかもしれませんね……
 寂しかった? あなたが? これは傑作だ。確かに貴方にとってあれはお遊戯でしたな。しかし、残念ながらもうお遊戯の時間終わって皆さんお家に帰られましたよ。
 え? 次の集合はいつかだって? ん~それは吾輩にもわかりませぬな。 
 え? じゃあ、僕がみんなを集める?

 んふ、んふ、んふふふふ……

 いやいや失礼。まだ皆さん帰られたばかりですから、もうしばらくは。
 え? どれくらいですか───そうですね、あの空に浮かびこの星を照らす燃える星ありますね、ええそうですあなたから見たら火の粉のようなやつ。あれがそろそろ燃え尽きますので、それくらいでしょうか。おぉっと吹き消してはいけませんよ。そんなことしても、時の流れだけはあの方以外変えられませんから。はい、それまで、そうですね、天に浮かぶ川がございます。そうですこの星を取り巻く川です。そちらをひと泳ぎされて来れば時間的にはちょうど良いかと。はい、行ってらっしゃいませ。

 それではまた後ほど───

 空を見上げて首を地上に戻したときには、もうその場には何もなかった。あのナニかはもとより、極彩色の草木もコンクリートの川も、立ち枯れした古木も何かもが、元から、そこに、何事も、なく、ごく普通の、普段の森の光景が、ゾルゲの目に、映っていた。


 いやはや、この世界全てが無に帰すところでしたねぇ。あぶないあぶない。


 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


 豚鬼の集落に戻るとブヒブヒフゴゴと鳴きながら、真っ正直に自分達の左牙を折り皮袋に用意していた。

「なんとまあ素直な豚さん達で。また生えるからいいんでしょうが。ああ、もう森の奥は大丈夫だ。そこで大繁殖して人間の村から略奪でもしろ。最初から街を狙ってはだめだ。小さい村からコツコツとやれ。始めは家畜とかバレないようにやるのがポイントだ」

 牙の入った皮袋を受け取り、軽く人間の村への略奪作戦をレクチャーしておく。ブヒブヒフゴゴと素直に聞いているところをみると、なかなか見どころがありそうに思えた。

「少なくともあの大木に果実が大量に実り、食糧にゆとりが出るまでは止めておけ。それまでは繁殖に精を出せばよい。では、たっしゃでな」

 その場で虹色のパラソルを振るうと、ゾルゲの姿はもういなかった。最初から、そこに、何事もなく、普通の、森の光景が、豚鬼達の眼に広がっていた。
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