光の射す方へ

弐式

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4.檻の中の少女

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 鉄の棒を握ってまず上に上がってみる。すぐに上に蓋らしきものがあるのが分かった。

 それから同じように鉄の棒を握ったまま下に向かう。水泳のようにバタ足しながら降りていくとすぐに手が付いた。上に遭ったのと同じような蓋を逆さにしたようなものがあると思えた。

 次に右側に向かって手を伸ばす。

 左手で掴んでいる鉄の棒と同じものが、15センチほど間隔を開けて設置されている。その更に右横にも。その次にも。その次にも。

 一本一本握って確かめて、おそらく2周ほど回ってこれが檻だとようやく確信に至った。檻だとしばらく確信が持てなかったのは、自分がさらわれる心当たりも、こんな所に入れられる理由も、全く思い当たらなかったからだ。

 第一、ここが何処かも、全く見当がつかない。

 ファントムに連れ去られたのか、ファントムによって死をもたらされた人間の魂の行く先がここなのか……というところだろうかと、アカリは考えた。

 前者のようなことをされる身に覚えはない。

 後者に関しては死ぬのは多分初めてだからこの先どうなるのかは分からない。

 少し、ぐいぐいと鉄の棒を引っ張ってみたが、アカリの細い腕の力でどうにかなりそうな代物ではなかった。

 とりあえず……向こうから状況が動くのを待つしかないか……と考えてため息をついた瞬間、ぞくりと背中に冷たいものが走った。

 なぜ今まで気付かなかったの……?

 アカリは額に浮き出た冷や汗を手の甲で拭った。その掌の中も、汗で滲んでいる。背中も冷たい汗をかいているのを感じる。体温が2、3度ほど下がったような気がした。

 囲まてれいる。

 闇の中の無数のファントムの、無数の双眸が自分のほうを見つめている。

「……」

 恐れおののき、何歩か後ずさると、背中にガンと檻の鉄棒がぶつかった。

「痛っ!」とアカリは声を上げた。

 振り返った先にもファントムたちの気配を感じる。一体どれほどの数がいるのか……。アカリは恐怖のあまり失神しそうになるのを懸命に堪えた。

 胸の上から心臓をわしづかみにして、アカリは何度も息を吐いた。しばらくすると、早くなっていた心臓の鼓動が収まってきた。

 気持ちが落ち着いてくると不思議と余裕ができてきた……ような気がする。

 ファントムは、ただ遠巻きにして自分の方を見ているだけだ。

 これほど大量のファントムが取り囲んでいながら、アカリには指一本触れてこないことにも、何かの理由があるはずだった。

 その理由が分かれば、脱出する方法も見つかるかもしれない。

 それが、ささやかな希望的観測にすぎないのは分かっているにしても……。

 一度落ち着くと、アカリは自分の胸の中に自分でもよく分からない奇妙な感情が湧き上がっていることに気付いた。

 無数のファントムに見張られ、檻の中に閉じ込められている。それなのに、不思議と感じるのは恐怖ではなく安心感なのだった。

 そのことに気付いてアカリは戸惑う。

 アカリはギュッと両膝を抱えてうずくまった。足やお尻を付けることができないため、ふわふわとした浮遊感を感じる奇妙なものだった。

 真っ暗闇で足下がないと、上と下の感覚が分からなくっているな――そう思った瞬間だった。

 激しい爆音が轟き、檻全体を照らし出す閃光に、部屋全体が揺れるかのような衝撃に見舞われた。

 その反動でアカリはぐるぐると何回転もした。

 悲鳴を上げながら手を伸ばして鉄棒を掴んで、やっとアカリの体が回らなくなったものの、今度はさっきまで辛うじて認識していた上下左右の区別がつかなくなっていた。

「目が回って……気持ち悪い……。一体、何が起こったの……?」  

 爆音がした方に視線を向けて目を凝らすと、何か光る大きな存在が現れたのが分かった。

 その後ろから、灯りが入り込んで照らしている。それで、ここが無限に拡がる闇の空間ではなく、どこかの石造りの壁に囲まれた閉ざされた広い一室であることに気付いた。

 現れた光り輝く灰色のずんぐりした生きものにも見覚えがあった。

「……バルドル?」

 はぐれてしまった神獣の姿がそこにあった。

「バルドル!」

 今度は強くその名を呼んだ。
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