光の射す方へ

弐式

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24.私たちは不自由だからこそ自由

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 無限に広がっているように見える広大な世界に、光以外の何もなかった。いつの間にか、バルドルの姿は消えていた。何もない世界に、アカリはたった独りで取り残されていた。

 バルドルはそれを"自由"だと言った。

 自分を縛る全てのものからの解放が自由だ、と。

 "灯"は解放……されたの、か?

 アカリは自分の手を見て驚愕した。アカリの手はそこにはなかった。手ばかりではなく足も、胴体も……。

 それだけではなく、アカリの手には空気を触れる感触はない。触れられないから、自分の体の部位が見えなくなっているのか、存在しなくなったのかさえ分からない。

 そのことに気付いた時、ここで考えていることさえ、これは本当に自分自身のものなのか――? という疑問が湧き上がってきた。

 こうやって疑問に思っている自分の思考が、自分自身のものなのか、他の誰かのものなのかさえ、その境界を見つけだすことができない。

 怖い――!!

 アカリの胸の中を恐怖が支配する。不安でいっぱいになった心。けれど、その心がどこにあるのかさえ分からない。

「それが……自由だよ」

 どこからともなく声だけが聞こえてきていた。それは今まで、聴いたこともないくらい硬質な声で、抑揚のない淡々とした口調だった。

「自由? こんなに恐ろしい世界が?」

「そうだ。アカリの姿を形作るものは何もなく、アカリと世界を認識するための色は存在せず、上と下の区別さえない。自分と他人の思考さえ隔てられていない。空気と同じ存在。本当の、自由の世界」

「……こんな希望も絶望もない世界が自由?」

「希望も絶望も無いのが自由なんだよ」

 自由――自分の姿形すらないのが?
 
 自分と他人の区別すらないのが?

 そんなものを自由と呼ぶのなら……。

 不自由とは何?

 アカリは目の前に、再びバルドルの姿が現れた。

「自分という存在を形作り、他人との境界を明確にするために不自由な肉体を手に入れた。自分と世界の姿を認識するために、無数の色で世界は彩られた」

 アカリは自分の手をまじまじと見つめた。やや赤みがかった手の甲が、自分がここにいることを明らかにしてくれる。

「そして、上も下も右も左もない世界に、足を付ける大地ができた。そうして、自分の立ち位置を確保することができるようになった」

 アカリは足を少し上げて地面をパンパンと蹴った。少しずつ、バルドルが招いた自由な世界が、アカリが知っている不完全な世界に変わっていく。

「アカリは一つ自由を失い一つ不自由になった。でも、一つ安心を手に入れた」

 アカリは、バルドルが静かに言った言葉を胸の中で反芻する。

 他人と自分の区別があることで得られる安心……。

 足をつける大地があることで得られる安心……。

 もちろん、何かの自由を失い不自由を手に入れた時に得られるものが安心だけとは限らない。

 自分と他人との境界がはっきりしたことで、自分の思考は自分のものだとアカリにも確信が持てるはまだ、心までは手放していない……そう思いたかった。

 でも、アカリの中にあるのは不安だけだ。

 自由だからこそ不自由。

 不自由だからこそ自由。

 それを理解するには、アカリも“灯”も、あまりにも若すぎた。

「自分のやるべきことを他人に決めてもらうことほど楽なことはないんだ。“灯”は母親が決めた道を離れて、自分で道を選んだ。それは“灯”の成長の証しだし、大人に一歩近づいた証しなんだ。でも、自分の道を自分で決めて自分で歩こうとしたときに、周りが必ずしも好意的に肯定してくれるわけじゃない。妨害されることもある。否定されることも、批判されることもあるだろう。でも、自分で決めたからには、死に逃げるなんてことは許されないんだよ」

「私だって……死にたくないよ。消えたくないよ」

 悲鳴のように叫んだ言葉が、だんだんしぼんで、最後は消え入りそうな呻き声になった。

「でも、どんな顔してママに会えばいいの? ママは、ピアノが弾けない私なんて望んでいないんだよ? 望まれていない私に生きる価値があるの?」

「人間は誰かのために生きているんじゃない。自分自身のために生きているんだ。自分の価値は、自分自身で決めるんだ」

「私は……」

「母親に遠慮することはない。分かってくれなければ、喧嘩すればいい。納得するまで罵り会えばいい。君自身で、生き方を決めて、納得できるように生きるんだ。死んだら、生きることはできない」

 本当にそれでいいんだろうか? アカリは自分の中の“灯”に尋ねる。母親の期待に添うように生きること以外に生き方を知らない。でも、それ以外の生き方が自分にあると言うのなら……。

「私は、生きても、いいのかな?」
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