上 下
6 / 44
【1章】晶乃と彩智

6.街角の写真と心霊写真

しおりを挟む
 衝立の端を少しずらして中に顔を突っ込むと、3人の生徒の姿があった。2人は女子、1人は男子。3人が一斉に晶乃と彩智に視線を向けてくる。その中に、晶乃が先日遭遇した部員の顔はなかった。

 ノートパソコンのディスプレイを見つめていた男子生徒が、立ち上がった。容姿も体格もこれといった特徴はない、ごく平凡な顔立ちをした生徒だった。

「いらっしゃい。話は聞こえていた。写真研究部にようこそ。僕は2年の谷口泰史。今日は、撮影をする日じゃないけれど、うちの部員が撮影した写真を見ていってよ」

「何であんたが仕切っているのよ」

 と言って泰史の肩を叩いたのは少し太め……というか大柄の女生徒だった。バーンというものすごい音が響き、泰史は「おぅっ」と潰れたカエルのような声を上げる。

 お気の毒に……と咳き込む泰史を見ながら晶乃は心の中で思う。

「私は横田博美。で、こっちが星野愛。ここにいるのは全員2年生だよ」

 そう言った博美に、小さく頭を下げた愛。愛の方は、ちょっとやせ形で、色の抜けた灰色というか銀色の髪が印象的だった。

「まだ、1年生は入部していなくて、後は3年生が3人いるんだけれど、今日は皆遅れるみたいで……」

 ようやく回復したらしい泰史が言いながら、ノートパソコンを操作してから、ディスプレイを晶乃たちの方に向けた。フォトビューアが立ち上がっていて画像が呼び出されていた。

「これは、うちの部長の平木真紀先輩が撮った写真。先輩は割と街角スナップを撮るのが好きなんだ」

「駅前商店街ですね。見覚えがある」

 駅をあまり使わない晶乃にとってはせいぜい“見覚えがある”程度の風景。メインストリートをぶらぶらと歩きながら撮ったのだろう。いきなり駅前薬局のケロちゃんのアップやや、尻尾を振りながら歩く野良猫の後ろ姿が映し出されることもある。買い物袋を提げた女性の後ろ姿なども出てくるが、人をアップで撮った写真は見当たらない。それがむしろ写真の中にある小さな世界をリアルに再現しているようにも見えた。

 写真の中に次々と出てくる、その中にある代わり映えのしない街の営みの一場面。しかし、街というのが色んな顔を持っているのだと改めて思わされる写真たちだった。

「……谷口先輩はどんな写真を撮られるのですか?」

 興味が沸いてきたのか、ノートパソコンの画面に見入っていた彩智が尋ねる。

「やめた方がいいよ。コイツの写真は悪趣味だから」

 博美がからからと笑いながら言った。見た目の通り朗らかな人っぽいと晶乃は思う。

「悪趣味はないだろ?」

 泰史はむくれながら、机の上に置いてあった封筒から一枚の写真を出した。

 この学校の制服姿の女生徒4人が横に並んだ写真だった。木々があり、校舎の春休みに塗装し直したばかりという白い校舎の窓が写っている感じから、中庭で撮影した写真のようだった。うち2人は目の前にいる博美と愛だった。

 一目見た晶乃はあっと声を上げた。隣にいる彩智もはっと息を呑み、両手で口を押えたのが分かった。

「これって」

 ただ立って写っているだけなのに、全員左足が写っていない。

「心霊写真?」

 と呟いた晶乃だったが、すぐに気が付いた。一番左に立つ博美は歯を食いしばって何かに耐えているようだ。右隣のモデルのように美人な女生徒の肩に、今にも手を触れようとしているようにも見える。他の3人は笑みをたたえた表情をしていて、真ん中の長い栗色の髪の女生徒はにこやかにピースサインまでしているのに。

 そして、スカートの後ろ側――本来あるはずの左足の部分に、不自然な皺もよっている。

「これ……皆さん片足立ちしているんですね」

 彩智もすぐにトリックに気付いたらしく、声を上げた。

「ばれたか」

「コイツ、こういうのが好きなんだよ。スプーンの上に首が乗っかっているような写真とか。透明ボードを使ったり、鏡を使ったりした心霊写真とかUFOの写真とか。古典的なトリック写真を作るのが」

 と博美が言い、

「今だったら、画像処理ソフトで簡単に合成できるんだから、そんな手間のかかることをする意味自体が分からないんだけれどね」

 と愛が続ける。

「何を言っているんだよ!」

 泰史が抗議の声を上げた。

「そういう、古き良き写真技術も大切なんだって。世界にある心霊写真とか、UFOの写真とか、98%は科学的に何らかの説明がつくんだけれど、2%は現代の科学を使っても解明できない、いわゆる”本物"なんだ」

「それって、2%は本物ってことですか?」

 晶乃が尋ねる。

「まさか! 本物である可能性を否定しきれないってことで、その中には、何十年もの間、多くの研究者をだまし続けた写真がたくさんあるんだ。だから僕も、そういった写真を撮って……」

「うわぁ。世間に迷惑をかける宣言」

「そうやって人を騙して悦に入る行為は人間として、いかがなものかと」

 同級生の女子2人に問答無用で否定された泰史は言葉にならない呻きを漏らす。そんなやり取り見て、彩智が苦笑めいたものを漏らすのが聴こえた。

「でも……私この手の写真作れるかも」

 同じく苦笑しながら再び手元の片足の見えない写真に目を落とした晶乃は、ちょっと思いつきを口にしてみた。
しおりを挟む

処理中です...