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【1章】晶乃と彩智
33.これからどうしようか
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彩智が中学校を後にしたのは、掃除をして――ミノリが泣いているところを見るのはバツが悪かったのか、自発的に始まり、彼女が収まったころにはあらかた終わっていた――晶乃の着替えを待って、部員たちや杉内先生と少し喋ったりして、たっぷり1時間が経ってからだった。
「あの子らの何人かは、来年私の後輩になるのかなぁ」
校門を出ながら彩智は言う。高校の話は、受験を控えた3年にとっては重大事らしく、学校の雰囲気とか、嫌いな先生の話とか、色々聞かれた。彩智も、高校での些末な話などを話してみせたが、そうすると高校って結局中学の延長じゃないか、という思いが強くなってきて、高校生に大きな希望を持っているであろう彼女らに申し訳なく、最後は言葉を濁してしまった。
「かもしれないね」
晶乃の気のない返事に、少し不快感を覚えた。肩を並べて沈黙すること数分。
「ねぇ……晶乃は何でバスケをやめたの?」
彩智は、今日、一番疑問に感じていたことを口に出した。……ひょっとしたら、意地悪なのではないかと思いながら。
「別にやめたわけじゃないけれど……。帆南に何か言われた?」
「なんで、あの子の名前が出てくるの?」
「ウチの体育館の壁って意外と外の声が聞こえるんだ。もっとも、何を話しているか分かるって程じゃないけれど」
「そっか……別に、あの子は関係ないよ。あんなに上手いのにもったいないと思っただけ。それとも、何か続けられない“理由”があったの?」
「実は心臓に持病があって15分しか全力で動けない」
「え……」
突然の告白に彩智は絶句してしまう。
「……ってことにしておいて」
「おぃ」
質の悪い冗談だと知って彩智は胸をなでおろす。そして、横を歩く晶乃を見上げた。彩智と目を合わせようとしない。そんな晶乃の横顔に語り掛ける。
「私ね……最後の駅伝の大会の時、3位でタスキを貰ったのに、2つ順位を下げちゃったんだ。父がいたら、きっと見下したような眼をして、侮辱されていた。でも、今の義理の母や父や兄は、よく頑張ったって言ってくれて。それで、何だか満足しちゃって……。1番にならなくても褒めてもらえるんだ……って気づいたら、何だかもう走りたくなくなっちゃったんだ」
「何? 急に……」
「晶乃にバスケを辞めた理由を聞くのに、自分のことを話さないのもアンフェアかなって」
「……本当に、そんな劇的な理由はないんだよ。色々と小さな理由はあるけれど」
「それなら何で……今日、撮影することになった時、ここを提案したの? 後輩のことが心配で様子を見に行きたかったんでしょう? 特にあのキャプテンの三崎さん。理由なく行くことに抵抗があるから、写真撮影にかこつけて……」
彩智の指摘は図星だったらしく、晶乃は息を呑んだのが分かった。
「私が引退した時はまだ1年生のミノリにキャプテンを任せるって杉内先生が言い出した時には私は反対したんだけれどね。肩肘を張っている感じはあったけれど、ちゃんと役割を果たせているようで良かったよ」
「私は晶乃の先輩っぷりも見られてよかったよ」
「私のことは……それに最後にやりすぎちゃったしなぁ」
しみじみした口調で言っているのはミノリとの1対1のことだろう。
「部員の前でキャプテンが泣いているところなんて見せちゃいけなかったのに、ミノリがずっと上手くなっていたものだから、私も意地になっちゃって……。ああいう場面では、ちゃんとミノリに華を持たせないといけなかった」
「晶乃は……三崎さんが泣いていたのは晶乃に負けたからだと思っているの?」
彩智は、つい口調が荒くなってしまった。
それに対し、しばらく何かを言い淀んだ晶乃の返答は、「……フィルムは全部使いきったの?」という問いだった。話題を逸らされたのには気づいたが、彩智はそれ以上は食い下がらなかった。ミノリと晶乃のことをとやかく言えるほど、彩智だってバカになって何かに打ち込んできたわけではないのだから。
「あと15枚残ってる」
「20枚ほどしか撮影していないの?」
「動いているものをマニュアルフォーカスで撮影するのがこんなに難しいものだとは思わなかったよ。それに、フィルムには限りがあるからシャッターを切るのを躊躇う」
彩智は言い訳しながらがっくりと肩を落とした。
「フィルムが少ないならもう少し用意したら。結構高いのは分かるけれど、私も少し出すよ」
フィルム1本の代金、現像・焼き付けにかかる金額、あるいはデジタル化してCD-ROMに落とす代金。積み重なると意外といい値段になる。しかし、フィルムを追加して用意しなかった理由は別にあった。
「フィルムを装填できないんだよ……私」
「そのカメラのフィルムは……あぁ、お兄さんに入れてもらったんだ」
「こんなこと恥ずかしくて兄貴には頼めない。四季さんに装填してもらった」
「……どっちにしても、いずれお兄さんの耳には入るだろうね」
彩智は、その時ようやくその可能性に気付き、さらに四季に口止めしておかなかったことを思い出し、「しまったー!」と頭を抱えた。
くすっと晶乃が笑う声が聞こえた。晶乃の頬に少し赤みがさしている。学校を出てから、きびしい顔をしていた晶乃がようやく相好を崩した。
「じゃ、別の物を撮ろうか。動かないもの……あれなんかどう?」
晶乃が指さした先には雀ヶ丘市で一番高くて目立つビルがあった。
「……ちょっとぱっとしない」
彩智はちらりと一瞥してから却下した。
「中学校のころは、教室の窓からあのビルが見えていて3年間見てたんだよね。高校に入って、教室の窓からあのビルが見えなくなったのはちょっと残念に思ってるんだ。それじゃ……花とか景色とかは?」
中学の思い出を口にしながら晶乃は幾つかの案を提案してみる。
「山に行こうにも準備不足だし、今からじゃ時間がないかな……」
他に何を撮ったら良いだろうかと彩智は考え込む。
「郊外の森林公園とかは?」
「今日は三連休の初日で、今日はいい天気だから、人が多いんじゃないかな。できれば、落ち着いて撮影ができるところがいいんだけれど」
「海は? この時期だし、海岸には人はいないと思うよ」
「海か……。いいかも」
ということでバスに揺られて20分ほどの海岸へと、移動することにした。
「あの子らの何人かは、来年私の後輩になるのかなぁ」
校門を出ながら彩智は言う。高校の話は、受験を控えた3年にとっては重大事らしく、学校の雰囲気とか、嫌いな先生の話とか、色々聞かれた。彩智も、高校での些末な話などを話してみせたが、そうすると高校って結局中学の延長じゃないか、という思いが強くなってきて、高校生に大きな希望を持っているであろう彼女らに申し訳なく、最後は言葉を濁してしまった。
「かもしれないね」
晶乃の気のない返事に、少し不快感を覚えた。肩を並べて沈黙すること数分。
「ねぇ……晶乃は何でバスケをやめたの?」
彩智は、今日、一番疑問に感じていたことを口に出した。……ひょっとしたら、意地悪なのではないかと思いながら。
「別にやめたわけじゃないけれど……。帆南に何か言われた?」
「なんで、あの子の名前が出てくるの?」
「ウチの体育館の壁って意外と外の声が聞こえるんだ。もっとも、何を話しているか分かるって程じゃないけれど」
「そっか……別に、あの子は関係ないよ。あんなに上手いのにもったいないと思っただけ。それとも、何か続けられない“理由”があったの?」
「実は心臓に持病があって15分しか全力で動けない」
「え……」
突然の告白に彩智は絶句してしまう。
「……ってことにしておいて」
「おぃ」
質の悪い冗談だと知って彩智は胸をなでおろす。そして、横を歩く晶乃を見上げた。彩智と目を合わせようとしない。そんな晶乃の横顔に語り掛ける。
「私ね……最後の駅伝の大会の時、3位でタスキを貰ったのに、2つ順位を下げちゃったんだ。父がいたら、きっと見下したような眼をして、侮辱されていた。でも、今の義理の母や父や兄は、よく頑張ったって言ってくれて。それで、何だか満足しちゃって……。1番にならなくても褒めてもらえるんだ……って気づいたら、何だかもう走りたくなくなっちゃったんだ」
「何? 急に……」
「晶乃にバスケを辞めた理由を聞くのに、自分のことを話さないのもアンフェアかなって」
「……本当に、そんな劇的な理由はないんだよ。色々と小さな理由はあるけれど」
「それなら何で……今日、撮影することになった時、ここを提案したの? 後輩のことが心配で様子を見に行きたかったんでしょう? 特にあのキャプテンの三崎さん。理由なく行くことに抵抗があるから、写真撮影にかこつけて……」
彩智の指摘は図星だったらしく、晶乃は息を呑んだのが分かった。
「私が引退した時はまだ1年生のミノリにキャプテンを任せるって杉内先生が言い出した時には私は反対したんだけれどね。肩肘を張っている感じはあったけれど、ちゃんと役割を果たせているようで良かったよ」
「私は晶乃の先輩っぷりも見られてよかったよ」
「私のことは……それに最後にやりすぎちゃったしなぁ」
しみじみした口調で言っているのはミノリとの1対1のことだろう。
「部員の前でキャプテンが泣いているところなんて見せちゃいけなかったのに、ミノリがずっと上手くなっていたものだから、私も意地になっちゃって……。ああいう場面では、ちゃんとミノリに華を持たせないといけなかった」
「晶乃は……三崎さんが泣いていたのは晶乃に負けたからだと思っているの?」
彩智は、つい口調が荒くなってしまった。
それに対し、しばらく何かを言い淀んだ晶乃の返答は、「……フィルムは全部使いきったの?」という問いだった。話題を逸らされたのには気づいたが、彩智はそれ以上は食い下がらなかった。ミノリと晶乃のことをとやかく言えるほど、彩智だってバカになって何かに打ち込んできたわけではないのだから。
「あと15枚残ってる」
「20枚ほどしか撮影していないの?」
「動いているものをマニュアルフォーカスで撮影するのがこんなに難しいものだとは思わなかったよ。それに、フィルムには限りがあるからシャッターを切るのを躊躇う」
彩智は言い訳しながらがっくりと肩を落とした。
「フィルムが少ないならもう少し用意したら。結構高いのは分かるけれど、私も少し出すよ」
フィルム1本の代金、現像・焼き付けにかかる金額、あるいはデジタル化してCD-ROMに落とす代金。積み重なると意外といい値段になる。しかし、フィルムを追加して用意しなかった理由は別にあった。
「フィルムを装填できないんだよ……私」
「そのカメラのフィルムは……あぁ、お兄さんに入れてもらったんだ」
「こんなこと恥ずかしくて兄貴には頼めない。四季さんに装填してもらった」
「……どっちにしても、いずれお兄さんの耳には入るだろうね」
彩智は、その時ようやくその可能性に気付き、さらに四季に口止めしておかなかったことを思い出し、「しまったー!」と頭を抱えた。
くすっと晶乃が笑う声が聞こえた。晶乃の頬に少し赤みがさしている。学校を出てから、きびしい顔をしていた晶乃がようやく相好を崩した。
「じゃ、別の物を撮ろうか。動かないもの……あれなんかどう?」
晶乃が指さした先には雀ヶ丘市で一番高くて目立つビルがあった。
「……ちょっとぱっとしない」
彩智はちらりと一瞥してから却下した。
「中学校のころは、教室の窓からあのビルが見えていて3年間見てたんだよね。高校に入って、教室の窓からあのビルが見えなくなったのはちょっと残念に思ってるんだ。それじゃ……花とか景色とかは?」
中学の思い出を口にしながら晶乃は幾つかの案を提案してみる。
「山に行こうにも準備不足だし、今からじゃ時間がないかな……」
他に何を撮ったら良いだろうかと彩智は考え込む。
「郊外の森林公園とかは?」
「今日は三連休の初日で、今日はいい天気だから、人が多いんじゃないかな。できれば、落ち着いて撮影ができるところがいいんだけれど」
「海は? この時期だし、海岸には人はいないと思うよ」
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