切り取られた世界の中で、広がる世界 ~初心者カメラ女子高生のエンジョイフォト~

弐式

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【1章】晶乃と彩智

34.モデルはするけれど……

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「何で!」

 海岸線に立った彩智が、空に向かって絶叫した。バスに乗るまで広がっていた青空は、いつの間にか白い雲にすっかり覆われていた。

「これで、海を写してもイマイチ映えなさそうだね」

 晶乃は彩智の横に立って、沖に向かって目を凝らす。

「イマイチどころじゃない~。青い空があってこその海じゃないか!」

 今度は頭を抱える彩智を見下ろした晶乃は、ポケットからスマホを取り出し手早く天気予報を探る。明日以降は、さらに天気が崩れそうだと気象庁の予報は告げている。撮影するときは天気予報を確かめて外に出るべしという、貴重な教訓を得た晶乃であった。

 周りを見渡す。

 白い海鳥、黒い海鳥の姿がちらほらと見える。砂浜は、ここ数日間天気が良かったおかげでサラサラな砂である。これらを使えば、いい写真が撮れるのではないか、とも思うが、具体的なことは思いつかなかった。

「決めた」

 しばらくしゃがみこんでブツブツと考えをまとめるように呟いていた彩智が立ちあがった。

「空を、入れなきゃいいのよ!」

 妥当に思える結論である。

「海鳥でも撮るの? 海の中に入ると危ないよ」

「大丈夫」

 彩智がにんまりとした人の悪そうな笑みを浮かべたのを見て、晶乃は嫌な予感がした。突然拭いた強い風が砂を巻き上げる。

「海に入るのは晶乃だから」

「……はぃ?」

 ――数分後。ソックスとローファーを脱いだ晶乃は波打ち際に立つ。押しては返す波が晶乃の足を洗う。押し寄せる海水が到達するギリギリの所に晶乃は立っていた。

「凄く、冷たいんですが」

 苦笑いしながら言った晶乃に、彩智の持ったEE-MATICのレンズが向けられる。彩智の結論は晶乃をモデルにすることだったらしい。

「もっとにこやかにして」

 早速、カメラマンを気取った彩智が注文を付けてきた。

「冷たいのに……」

 言いつつ顔をいったん無表情にしてから口角を上げる。少し目を細め、視線をカメラの方に向ける。ちゃんと笑った顔が出来ているだろうか。晶乃からほんの3歩ほど離れた場所でカメラを構えた彩智はシャッターを切った。

「もっとはしゃいだ感じで。スカートをひらひらさせて」

「全く……」

 呆れながら、波をかわすようにステップを踏むと、自然にスカートの裾もひらひらと舞った。両手を広げてくるりと回ってみせる。

「いいね。凄く自然な表情。晶乃はきっとモデルの才能があるよ」

「ないない。何を言っているのよ」

 褒められて悪い気はしない。ぐっと姿勢を低くしてシャッターを切ったり、場所を変えてレンズを向ける方向を変えたりしている彩智にサービスのつもりで、フィギュアスケートのスピンのように、さらにくるくると回って見せると、「速すぎ」とクレームが付けられた。

「次は、スカートの裾を持ってにっこりとして見せて」

 次の指示に従ってスカートの裾を持ち、ちょこんと膝を曲げる。可愛い女の子ならとにかく、自分には似合わないポーズだと晶乃は思う。

「う~ん。もっとスカートの裾を上げて」

 納得いかないという表情で首を捻っていた彩智が注文を付けてきた。

「膝が見えるくらい?」

「う~ん。もうちょっと」

「太腿が見えちゃうよ」

「……ていうか、スカートの中が見えるか見えないかくらい」

 無言で晶乃はちょうど押し寄せてきた波に合わせて右足を蹴り上げる。海水の飛沫が彩智の方に飛んだ。

「何するのよ! カメラに海水は天敵なんだよ!」

「それはこっちの台詞。人に何をさせるつもりなのよっ!」

「ゲージュツに性的な視点は必要不可欠なのよ。私は感動作を撮りたいいの!」

「感動とリビドーを一緒にするな」

 ぶぅ、と頬を膨らませた彩智に、晶乃は少し強い口調で言葉を発した。

「モデルをする程度なら、力不足ながら付き合うけれど、私の恥ずかしい写真は絶対に撮らないで。それを守ってくれないなら、もう二度と付き合わないから」

「……やだ」

 2秒くらいの沈黙の後で、彩智が口を開いた。「晶乃は美人だから」とぽつりと続ける。

「晶乃は足長いし、晶乃は指が細くて長いし、晶乃の二の腕の筋肉の付き方もいいし、晶乃の締まったふくらはぎは細いだけの女の子よりよっぽど魅力的だし。もっと色々と撮りたい。だからヤだ。でも、晶乃と一緒に出られなくなるのは、もっとヤだ。晶乃に嫌われるのは、もっとヤだ」

 ストレートに内心をぶつけられ、晶乃は少し困惑する。怒っているわけじゃないという気持ちを伝えるにはどうしたらいいだろうかと考え、ぽんと彩智の頭に手を置いた。

「スカートを捲れとか、Tシャツを脱げとか、そんなので無かったら付き合うから。あっちの岩場の方に行ってみよう。きっと、良い風景があると思うよ」

 彩智がちょっと泣きそうな顔をしているので申し訳なさを覚えながら、くしゃりと彩智の頭をなでる。それから靴を履きなおすためにタオルで足を拭いてソックスに足を通した。
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