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【1章】晶乃と彩智
37.反省会とお気に入りの写真【1】
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「それは大変な目にあったわね」
多分に同情を含んだ口調で四季が言う。晶乃の前に紅茶のカップが置かれた。
「君の眼が兎の眼なのはそのせいか」
と言ったのは徳人。彼の口調には呆れが多分に含まれているような気がするのは晶乃の気のせいか。
「……子供を助けるのは仕方ないにしても、たかがフィルムのために何を考えているんだよ」
むすっとした表情で彩智が言う。
あれから1日置いた30日。祝日が日曜と重なったための振り替え休日である。藤沢写真機店は定休日は水曜に固定されていて、日曜・祝日は関係ないので今日も普通に営業している。
本当は撮影した28日に四季にフィルムを渡して、昨日――29日の日曜日に来る予定だったのだが、彩智が風邪をひいてダウンしたので今日にしたものだった。
「たかが、じゃないよ。あれは、あの日、彩智と一緒に歩いた大切な思い出じゃないか」
晶乃が答えると、彩智は赤みがさした顔をそむけて、クシャンと、小さくくしゃみをした。
「彩智こそ、マスクして、そんな厚いダウンジャケットにニット帽なんて完全防備で来るくらい調子が悪いのなら、今日も寝ていればよかったのに」
「絶対ヤだ」
再び小さなくしゃみをする彩智を見ていると、2日前のことが思い出されてくる。
ずぶ濡れで髪やスカートから、海水をぽたぽた滴らせながら海から上がった晶乃に、彩智がしがみついてきた時は少し戸惑ったけれど嬉しかった。
「晶乃のバカ! 何を考えているんだよ」
わんわんと声を上げて泣きながら、バカバカと繰り返している彩智を慌てて押し離す。
「ごめんね。でも、あったよ」
晶乃は握っていた右手を開いて見せる。掌の上の緑のパッケージの円筒状のフィルム。彩智は恐る恐るといった感じで摘まみ上げる。
「ごめんね」
と晶乃はもう一回繰り返した。
「すっかり海水に浸かっちゃったけれど、現像できるかなぁ」
「分からないけれど……」
そうしてバスに乗って市街地の方に戻った二人は、彩智は藤沢写真機店にフィルムを持っていき、晶乃は自宅に直行したのだった。
「しかし、この時期に海に潜った君がピンピンしているんだ?」
徳人が聞いてくる。
「頑丈にできていますから」
晶乃なりの冗談だったが、誰も笑わなかったので、すぐに真顔になって
「午前中の中学生との練習に備えて、トレーナーとか下に着るシャツとかタオルとか、たくさん用意していたんですよ。それですぐに乾いた服に着替えれたんです。彩智には、しばらく濡れた服で過ごさせてしまったから……」
彩智に申し訳ないと頭を下げる。しかし、彩智はまだ納得いかないという顔をしている。
「それにしても……。私は次の日熱出して寝込んだのに晶乃はどうしてそんなにけろりとしてるんだよ。晶乃はずぶ濡れになったばかりじゃなくて、着替える場所がないから岩場の陰でま――」
とんでもないことを暴露しかけた彩智の台詞を皆まで言わせず、晶乃は彩智の口をマスクの上から左手で塞ぐ。
「彩智~。そのことを他の誰かに言ったら、ポニーテールをゴムのところからちょん切るからね」
にっこりと満面の笑いながら右手の人差し指と中指で鋏をつくって、ちょきちょきと開いて閉じてをして見せる晶乃に、彩智は頭を押さえてウンウンと頷いた。
「ところで、現像はできましたか?」
晶乃の手から解放された彩智は、一息ついてからカウンターの向こうの四季に声をかける。
「うん。全部とはいかなかったけれど。何枚かかなり良く撮れている写真もあったよ」
言いながら、プリントアウトされた写真が並べられる。写真と言えばスマホとかパソコンで見るのが当たり前の晶乃にとってはこんなふうに四角い紙で写真を見るのは新鮮だった。
「フィルムを現像する時は何種類も薬品を使うからね。水に浸かっても――フィルムはナマモノだからノーダメージってわけにはいかないけれど――まぁ、何とかなるものだよ。ただ、水でフィルムが引っ付いてしまうと、現像機に負荷がかかるからね。濡れたフィルムの現像を嫌がるところも多いかもね」
晶乃はカウンターに置かれたL版――89㎜×127㎜のサイズの写真を一枚手に取った。
「練習風景の写真はあんまり上手く撮れていないね」
晶乃の口から正直な感想がするりと出た。しまった、と口を押える。彩智があからさまに肩を落としたので、なんとかフォローの言葉を探したが、その前に徳人が口を挟んだ。
「ピントが合ってないし、選手の動きについていけなくてブレてるし、人が遠くて小さくなりすぎて何を撮っているのか分からないし……」
「もういいよ」
ダメ出しの連発に彩智が今度は頬を膨らませて、カウンターの上の写真を自分の方に掻き寄せる。
「完全に被写体を撮るためのレンズの選択を誤ったな。動いている被写体をかなり接近しなければいけない40㎜の単焦点で、マニュアルフォーカスで狙おうなんて、彩智には10年早い」
「今回は、カメラもレンズも最初から決まっていましたから。被写体を中学校の運動部の練習風景って提案したのは私ですけれど、被写体にあわせて適切なカメラやレンズを選択することが大切だという、いい勉強になりましたよ」
さすがに徳人は言いすぎだと思い、晶乃がフォローに入る。
多分に同情を含んだ口調で四季が言う。晶乃の前に紅茶のカップが置かれた。
「君の眼が兎の眼なのはそのせいか」
と言ったのは徳人。彼の口調には呆れが多分に含まれているような気がするのは晶乃の気のせいか。
「……子供を助けるのは仕方ないにしても、たかがフィルムのために何を考えているんだよ」
むすっとした表情で彩智が言う。
あれから1日置いた30日。祝日が日曜と重なったための振り替え休日である。藤沢写真機店は定休日は水曜に固定されていて、日曜・祝日は関係ないので今日も普通に営業している。
本当は撮影した28日に四季にフィルムを渡して、昨日――29日の日曜日に来る予定だったのだが、彩智が風邪をひいてダウンしたので今日にしたものだった。
「たかが、じゃないよ。あれは、あの日、彩智と一緒に歩いた大切な思い出じゃないか」
晶乃が答えると、彩智は赤みがさした顔をそむけて、クシャンと、小さくくしゃみをした。
「彩智こそ、マスクして、そんな厚いダウンジャケットにニット帽なんて完全防備で来るくらい調子が悪いのなら、今日も寝ていればよかったのに」
「絶対ヤだ」
再び小さなくしゃみをする彩智を見ていると、2日前のことが思い出されてくる。
ずぶ濡れで髪やスカートから、海水をぽたぽた滴らせながら海から上がった晶乃に、彩智がしがみついてきた時は少し戸惑ったけれど嬉しかった。
「晶乃のバカ! 何を考えているんだよ」
わんわんと声を上げて泣きながら、バカバカと繰り返している彩智を慌てて押し離す。
「ごめんね。でも、あったよ」
晶乃は握っていた右手を開いて見せる。掌の上の緑のパッケージの円筒状のフィルム。彩智は恐る恐るといった感じで摘まみ上げる。
「ごめんね」
と晶乃はもう一回繰り返した。
「すっかり海水に浸かっちゃったけれど、現像できるかなぁ」
「分からないけれど……」
そうしてバスに乗って市街地の方に戻った二人は、彩智は藤沢写真機店にフィルムを持っていき、晶乃は自宅に直行したのだった。
「しかし、この時期に海に潜った君がピンピンしているんだ?」
徳人が聞いてくる。
「頑丈にできていますから」
晶乃なりの冗談だったが、誰も笑わなかったので、すぐに真顔になって
「午前中の中学生との練習に備えて、トレーナーとか下に着るシャツとかタオルとか、たくさん用意していたんですよ。それですぐに乾いた服に着替えれたんです。彩智には、しばらく濡れた服で過ごさせてしまったから……」
彩智に申し訳ないと頭を下げる。しかし、彩智はまだ納得いかないという顔をしている。
「それにしても……。私は次の日熱出して寝込んだのに晶乃はどうしてそんなにけろりとしてるんだよ。晶乃はずぶ濡れになったばかりじゃなくて、着替える場所がないから岩場の陰でま――」
とんでもないことを暴露しかけた彩智の台詞を皆まで言わせず、晶乃は彩智の口をマスクの上から左手で塞ぐ。
「彩智~。そのことを他の誰かに言ったら、ポニーテールをゴムのところからちょん切るからね」
にっこりと満面の笑いながら右手の人差し指と中指で鋏をつくって、ちょきちょきと開いて閉じてをして見せる晶乃に、彩智は頭を押さえてウンウンと頷いた。
「ところで、現像はできましたか?」
晶乃の手から解放された彩智は、一息ついてからカウンターの向こうの四季に声をかける。
「うん。全部とはいかなかったけれど。何枚かかなり良く撮れている写真もあったよ」
言いながら、プリントアウトされた写真が並べられる。写真と言えばスマホとかパソコンで見るのが当たり前の晶乃にとってはこんなふうに四角い紙で写真を見るのは新鮮だった。
「フィルムを現像する時は何種類も薬品を使うからね。水に浸かっても――フィルムはナマモノだからノーダメージってわけにはいかないけれど――まぁ、何とかなるものだよ。ただ、水でフィルムが引っ付いてしまうと、現像機に負荷がかかるからね。濡れたフィルムの現像を嫌がるところも多いかもね」
晶乃はカウンターに置かれたL版――89㎜×127㎜のサイズの写真を一枚手に取った。
「練習風景の写真はあんまり上手く撮れていないね」
晶乃の口から正直な感想がするりと出た。しまった、と口を押える。彩智があからさまに肩を落としたので、なんとかフォローの言葉を探したが、その前に徳人が口を挟んだ。
「ピントが合ってないし、選手の動きについていけなくてブレてるし、人が遠くて小さくなりすぎて何を撮っているのか分からないし……」
「もういいよ」
ダメ出しの連発に彩智が今度は頬を膨らませて、カウンターの上の写真を自分の方に掻き寄せる。
「完全に被写体を撮るためのレンズの選択を誤ったな。動いている被写体をかなり接近しなければいけない40㎜の単焦点で、マニュアルフォーカスで狙おうなんて、彩智には10年早い」
「今回は、カメラもレンズも最初から決まっていましたから。被写体を中学校の運動部の練習風景って提案したのは私ですけれど、被写体にあわせて適切なカメラやレンズを選択することが大切だという、いい勉強になりましたよ」
さすがに徳人は言いすぎだと思い、晶乃がフォローに入る。
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