切り取られた世界の中で、広がる世界 ~初心者カメラ女子高生のエンジョイフォト~

弐式

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【1章】晶乃と彩智

38.反省会とお気に入りの写真【2】

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「ああ。EE-MATICはいいカメラだ。露出とシャッタースピードを自動的に決めてくれるから撮影者はピントを合わせるだけ、という当時の素人向けのカメラということもあってクラシックカメラのファンからは人気はないが、40㎜/F2.8のヘキサノンレンズの写りはとても良く、条件がそろって、ピント合わせの失敗がなかったらこんな写真だって撮れる」

 Hexanonヘキサノンってのは小西六写真工業コニカが発売していた高級写真レンズのことな、とぶつぶつ言いながら、徳人は彩智の前にある重なりあった写真の中から、一枚取り上げる。

「ああ。本当。背景に何が写っているか分からないほどのボケじゃないけれど私はこのくらいが好み。光の当たり方もいい感じだし、構図もシンプルながら何を撮りたいのかはっきりしているのはいいよね」

 カウンターの向こうから四季も身を乗り出して、徳人の手の中の写真を覗き込み、感想を口にする。

 晶乃も立ち上がりその写真を見る。思わず「げっ」とカエルの潰れたような声が出た。

「勘弁してくださいよ。これじゃまるで後輩を泣かしているみたいじゃないですか」

「実際、後輩を泣かせていたんだしね」

 晶乃の不満の声に、彩智の笑いの混じった声が重なる。さっきまでダメ出しのオンパレードにしょげていたくせに、ちょっと褒められると元気を取り戻したらしい。

 それは、晶乃とミノリの写真だった。四季が言った通り、くっきりと浮き上がった晶乃とミノリの後ろの体育館の風景やほかの部員たちが、輪郭がはっきり分かる程度にぼんやりとぼけている。その結果、中心に据えられた泣いているミノリと、彼女の頭を自分に胸元に引き寄せて慰めている晶乃の表情が印象的なものになっている。

 何で……先輩は、いつまでも私の目標でいてくれなかったんですか!

 写真を見ていると晶乃の耳の中に、あの時の声が蘇った。

 ミノリの真剣な抗議に対して、どこか戸惑ったような、愛おしい人を見るような、そんな表情を浮かべている自分が酷く恥ずかしく感じる。ミノリの真剣さに対しての答えを持てず、はぐらかそうとしている自身の曖昧な心根が、カメラを通じて見透かされているような気がした。

「ポートレートはいいですよね」

 海辺の写真には、全てに晶乃が写っている。

「これいいな。ちょっと恥ずかしそうにしているところがまたいい」

「目線の外し方が個人的には好みですね」

 徳人や四季が次々と褒めてくれるので、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。

「結論としては」

「写真の良し悪しはモデルの良し悪しですよね」

 徳人と四季の夫婦漫才のような息の合った掛け合いに、

「ちょっと待てー!」

 と彩智が「私の腕は! 写真の腕は!」と悲鳴のような抗議の声を上げ、ばんっと手のひらをカウンターに叩きつけた。

「彩智と晶乃ちゃんは友達同士だからな。相手の表情も引き出し易いだろう。写真の腕を言うのなら、ほとんど知らない相手を撮影してからだな」

 徳人の言葉に再び彩智は肩を落とす。浮いたり沈んだり、忙しい子だと晶乃は思いながら一枚を手に取り、目を細めた。

「実は、私これが一番気に入っているんだ」

「あ――。実は私も」

 晶乃と彩智が同じ一枚を指して言う。それは、晶乃が子供たちと、談笑しながらクーラーボックスを覗き込んでいる写真だった。この中で、一番自然な笑顔をしているように、晶乃には見えた。

「写真教室の先生に見せたらダメ出しのオンパレードになりそうな写真だけれどね」

 同じ写真を見て目を細める四季。その言葉を徳人が継いだ。

「レンズが下を向いているから画は暗いし、晶乃ちゃんの頭が切れているし。クーラーボックスの――」

「あー! ダメ出しはもういい!」

 彩智が両手を伸ばして絶叫する。

「……でも、水谷晶乃ってこういう娘なんだって思える写真だよな」

 ぽつりと呟いた徳人の言葉は誉められているのだろうかと晶乃は首を傾げた。

「とりあえず。これとこれとこれ……あとこれを2Lサイズでプリントアウトして」

 晶乃が泣いているミノリを宥めている写真。岩場に腰かけた晶乃が海の方に目をやっている写真。波打ち際ではしゃいでいる写真と、クーラーボックスを覗き込んでいる写真。全て晶乃が写されていた。

 4枚を指で示した彩智は、少し大きめのサイズでプリントアウトするように四季に言う。

 四季は「しばらく店番お願いね」と客に対して店員にあるまじき台詞を残すと、店の奥へと消えていった。

「この写真は良かったのか?」

 徳人が取り上げた写真をひらひらとする。「何の……」と言いかけた晶乃は「ひゃっ」と声を上げた。写真には、晶乃が子供たちに説教しているところが収められていた。鬼の形相とまではいかないが、思っていたより目が吊り上がって怒っているのが分かる表情をしている。

「私、こんなにおっかない顔をしてないよ~」

 こんな写真は嘘だ嘘だと言いながら、カウンターに突っ伏して頭を抱えた。

「写真は嘘をつかないよ。嘘だと言っても、これは晶乃のホントの顔なのさ~」

 彩智も尻馬に乗ってはやし立ててきたので、晶乃は顔だけ上げて、あやふやな目で睨んだ。

「……写真って、見られたくないものや、見たくないものまで残ってしまうものなんですね」

「残したくなかったら燃やしてしまえばいい」

 徳人が笑って言ったところで、

「館内は禁煙。火気厳禁だからね~!」

 という四季の声が奥から飛んでくる。

「しないって」

 とポケットから取り出しかけていたライターをそそくさとしまう徳人。

 それから少し経って、奥から四季が出てきて、『藤沢写真機店』と店名と住所と電話番号が記された封筒が彩智に渡された。

 中身を確かめた彩智は小さく頷き、

「これで、明日、写真部の部長をぎゃふんと言わせられるね」

 と自信たっぷりといった感じの笑顔で笑う。

「う~ん。それはどうだろう」

 晶乃にしてみれば、自分がモデルなので、「きっと大丈夫」とも言えず、曖昧な笑みを返した。
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